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海の見えるこの町に、私が来た話(3)

 お客のまばらな喫茶店の中、カウンターに座らされた私は、持参した履歴書を店主に渡し、相手が読み終わってから、なにか話しかけてくるのを待っていました。アポイントも取らずに、飛び込みで応募するという、今までしてきた就職活動とは全く違う状況に、やはり失礼でしたでしょうか。と思うと、心なしか相手の表情も険しく見えます。


 田舎の人は余所者に厳しいと聞くし、何か怒られたりするのでしょうか。

 店主の様子をちらり、と伺うと、その表情からは疑惑の色が視てとれました。

 何か履歴書に不備があったのでしょうか。と、どんどん不安の芽が伸びてくる。私は、不安の蔦に絡め取られて、息もできない思いでした。


 そんなことばかり考えている時間は、永遠にも感じられて。やがて、店主は履歴書から目を離すと、私と目を合わせました。


「えーと、春日井さん? うちで働きたいのは分かったよ。東京のお嬢様学校を出て、うちで働きたいなんて、変わってるとは思うけれど、近頃は東京のほうじゃ、田舎で暮らすのが流行っているみたいだし、春日井さんも、その口なのかな?」


 どこか肯定的に感じられる、もしかすれば、雇ってもらえそうな店主の雰囲気に、私は全力で食いついきました。


「えっと、はい! そうなんですよ。それで、働くところを探していまして。表に張ってあった、アルバイトの募集を見て来たんです!」


 私の中の渾身の笑顔で、必死にアピールをします。まだ一軒目だというのに、早くも仕事が見つかりそうな予感に、私の脳内はファンファーレを奏でました。

 田舎の人は、余所者に厳しいということと、同じくらい耳にする、田舎の人は人情に厚い、という噂は本当だったんだ。と人の温かみを噛みしめます。


「なるほどね。うちとしては、雇うのは大丈夫だけれど、いつこっちに引っ越してくるのかな? 住むところはもう見つかっているのかい?」


「はいっ。実はもう引っ越してきてまして。ですが、その。住む所がなくてですね……。出来るなら、こちらに住み込みで働かせていただけたらな、と思っているのですが……」


「え? 引っ越してきているのに、住む所がないっていうのはどういうことかな?」


 私は、急速に雲行きが怪しくなってきたことで、やっぱり、田舎の人の温かさを持ってしても、無理がありましたか。と後悔が浮かびます。

 それでも、ここを越えなければ、私に明日はないのです。と覚悟を決めます。

 すると、私の覚悟が伝わったのか、店主も先程よりも真剣な表情になって。

 私は、事情を説明するなら、ここしかない。と思い、説明をしました。


 「実は……」


 私が、ここまで至った経緯を一通り説明すると、住んでいた家を解約したことを話している辺りで、店主は難しい表情になり、ノープランでこの町にきたことを話したところで、堪えきれない。といった風に、吹き出しました。私はほんの少し、失礼だ。と思ったけれど、どう考えても私が可笑しいのは事実なので、何も言えずに顔を赤くしました。


「いやいや、ごめんね。まさか、今時そんなことをする若い人がいるとは思わなくて、ついね。確かに、事情を聞くと、雇ってあげたくなるなぁ」


「本当ですか!? それなら、ぜひ……」

 お願いします。と、続けようとしたところで、店主の顔に、困惑の色がとって視えると、言葉は次第に、しぼんでいって。


「雇ってあげたい。あげたいんだけれど、住み込みとなると、うちではちょっと難しいなぁ。多分だけれど、この辺りは皆同じことを言うと思うよ。何年か前なら、そういう子を面白がって、雇ってくれそうな人がいたんだけれど、去年亡くなっちゃってね……。でも、お店は残っていて、後継者を探してるってことだったから、ひょっとしたら住み込みでも働ける……かも?」


 店主の話を聞いて、この町で働けなかったらどうしよう。と、不安になりましたが、後継者を探しているお店の話しを聞いて、少しの希望を持ちました。


「そのお店は何のお店なんですか? それと、どうすればそこで働くことができますかね?」


 最悪、数日なら野宿しながら、後継者になるための交渉をしようと考えて、手帳と万年筆を取り出して尋ねると、店主はにやり、と笑って、指を一本だけ立てました。


「店はうちと同じ喫茶店さ。後継者になる条件はひとつだけ。猫神様に認められること。それだけさ。詳しいことは、その店の店先に張り出されているし、見てくるといいよ。あぁ、場所がわからないか。地図を描いてあげるね」


 店主はそういうと、カウンターに置いてあったメモ帳に、さらさらと地図を描いていきます。横から見ていると、そう遠くはないようでした。

 けれど、そんなことよりも気になるのは、店主の教えてくれた、後継者になる条件でした。

 私は、からかわれているんでしょうか。と、思いましたが、なんとなく、そんなことはなさそうだと思い直します。

 聞き間違いかなと思い、念の為に確認をしようとしたところで、地図が完成して、確認するタイミングを逃してしまいました。


「よし、出来た。ここから十分も歩けば着くはずだよ。もしも、君があの店を継ぐことが出来たら、同じ喫茶店同士だし仲良くしようね」


「ありがとうございます。そうですね。もしも私が後継者になれたら、ぜひ」


 地図を受け取ると、店主を視ました。すると、優しさの色が視えて。やっぱり、人を騙すような人には思えませんでした。

 私は、ひとつうなずくと、思い切って尋ねてみることにしました。


「あの……。猫神様っていうのはいったい……?」


 すると、店主はいたずらっぽく笑うと、不器用なウィンクをして言いました。


「そいつは、その店に行けばわかるさ。今の時間なら、空振りにはならない筈だから」


「はぁ。とりあえず行ってみます。貴重な情報をありがとうございました! 次は、この町の住人として、お邪魔できればと思います」


 私は、えいやっ。と、気合をいれるてトランクを持ち上げると、店主に頭を下げて、喫茶店を出ました。

更新が遅くて申し訳ありません。のんびり待っていただければと思います……。

今日は2話分更新しておきます!

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