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海の見えるこの町に、私が来た話

「そう言えば、日向はなんでまたこの町に来たんだ? 前は東京にいたんだろ?」


 今日の営業も終わって、店内の清掃をしていると遥が私に問いかけてきました。


「急にどうしたんですか? 女性に過去を尋ねるなんて野暮ですよ遥?」


 私は誤魔化そうとしましたが、足下からそれを阻止する声が。


「ヒナはねぇ、自分を探して、救うためにこの町に来たんだよ~」


 この喫茶店の本当の主とも言える黒は私が誤魔化そうとしているのが分かっているはずなのに、私に話すように促しているようで。


「まったく……。仕方ないですね。そうですね、私は確かにここに来る前は東京に住んでいました。生まれも東京で、大学までずっと」


私は掃除道具を片付けると、暖かいミルクティーを淹れて、二人に座るように勧めました。


「少し、長い話になりますから紅茶でも飲みながら、のんびりと聞いてくださいね。なんだか自分語りをするっていうのも恥ずかしいですけど……」


 私はそう前置きをして、カップの中身をかき混ぜながらゆっくりと話し始めました。



――マズいですよねぇ……。

 流れていく景色を眺めながら、穏やかな振動を感じる。平日の昼間で、人の姿もまばらな電車内で、ため息を零します。

 少女と言い張るには苦しくなった、二十代の私が、電車の窓に映っていました。明るいはしばみ色の髪をハーフアップに纏め、黒目がちの目には、どこか憂いを感じました。

 大きなトランクを足元に置いた私は、他の人から見れば、きっと旅行者に見えることでしょう。


「鞄ひとつで地元を飛び出して、海を目指して電車に乗り込むまでは、青春映画のワンシーンみたいで、我ながら、絵になっていたんですけどね……」


 私は、周りに聞いている人が居ないことを良いことに、つい独り言が大きくなります。

 けれど、それも仕方のないことだと思います。私は片道分の代金しか持っていなくて、文字通り退路がないのです。そして、そんな私が旅行者であるわけもなく。


「これは、あれですね。職なし所持金なし、住まいなしの私が、海の見える町で立身していくという、サクセスストーリー……。絶望しか見えません。人は食べねば死ぬというのに、飴しかないなんて……」


 私は、遠い目をして、いっそ、このまま改札を通らずに、元の駅の方へ戻る電車に乗って、引き返しましょうか。なんてことも浮かんできますが、そもそも、住んでいた部屋を解約して来ているので、サクセスストーリーの舞台が、都会か田舎かの違いでしかないうえに、私は都会が嫌でこの電車に飛び乗ったので、頭を振って、そんな考えは捨てます。

 目を閉じて、都会に住んでいた頃のことを思い出すと、瞼の裏には、様々な色が浮かんでは消えて、ひとつの色が浮かぶたびに、誰かの声が、脳裏を過る。


「あんたなんかに私の何が分かるのよ! 勝手に私のことを決めつけないで!」


「お前、そんな奴だったのか。もっとノリの良い奴かと思ってたのに、違ったんだな」


「ごめん。お前とはこれ以上一緒にいられない。お前、なんか俺の感情を見透かしてるみたいで、なんか時々気持ち悪いんだよな」


 私は、そんな言葉たちから逃げるように、耳を塞いだけれど、それでもその声たちは消えなくて。瞼の裏の色は、次第にヘドロのような、どどめ色に変わっていきました。


(考えないほうが良いなんて、とっくに分かってるのに、また考えちゃってる……)


 私は、そんな記憶から逃げるように、音楽プレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に挿して、音楽で気を紛らわせます。

 そんなことをしていると、車内アナウンスが流れてきて。


「終点~。終点です。本日はご利用ありがとうございました。お荷物のお忘れ物のないよう、ご注意ください」


 重い腰を浮かせて、トランクを持ち上げる。

 車窓からは、いつの間にか、海が見えていて、私はそれを確認すると、ホームへと下りた。

 潮風を胸いっぱいに吸い込むと、胸の前で拳を握り、むん。とひとつ気合をいれました。


「えぇ。やってやりますよ。昔の人は言いましたっ。為せば成ると!」


 私はこの春に大学を卒業して、見事に就職活動に失敗しました。

 面接までは何度かこぎつけることが出来ましたが、毎回同じことを言われて、不採用になっています。


「君は、なんだか小賢しいな。もう少し、若者らしくしたらどうだ」


 そんなことを言われても、私にはどうしようもなくて只々、辛い日々でした。

 そんな現実から逃げるようにしてたどり着いた、海の見えるこの町で、私は新しい生活を始めようと思います。例え何が“視えて”も、決して口には出さないと、心に決めて。


「まぁ、それがちゃんと出来るなら、こんなに苦労はしてないんですけどね」


 少しというには、重たい不安と、僅かな希望を胸に、私は一歩を踏み出しました。


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