狂と凶と興と今日5
「きてください、起きてください!烈火さん」
「ここは……」
「やっと起きてくれましたか。烈火さん、この状況の説明を」
「!!きらら!」
烈火は目から溢れだす涙をそのままに、近くに横たわるきららに駆け寄る
「烈火さん、きららさんは生きています。それよりこの状況の説明をしてもらえませんか、灯さんは目を覚ますなりすぐにあの有様で、何が何だか」
「五月蠅い、それよりきらら、生きているのか!本当だな」
「本当ですって、というか、人の話を聞いてください。」
悪夢を見続けた烈火は混乱していた。周りを見る余裕も失いきららの事しか頭にない。
「あれは灯の本来の仕事、今神様と話をしているの」
「隊長気が付きましたか?!!た、隊長?」
勇騎見ると、麗華は勇騎に抱き付く、勇騎は初めこそ状況が理解できなかったが、震えるその手で理解した。
「ご、ごめんなさい。すぐに立ち直るから、今は何も言わないで。」
「大丈夫ですから、全ては悪い夢です。灯さんの代りでもお役に立てるなら」
この状況だが、普段強気な大人な女性が弱気なところを見せてくれるときゅんとするな、とついつい、よこしまな考えが巡る。が、それも長くは続かない。麗華はすぐに自制心を取り戻し、勇騎から離れる。
「あれは水神様よ。それもかなり徳の高い。」
「水神様って、あの血染めのお守りは、」
「噂が嘘かどうかは関係ない。神様も力を支えるものは人の信仰よ。
人が神様を作った、少なからず人格を持つ神様はね。人の信仰心、畏敬それらが集まり神をなす、集合的無意識に存在する神様。ベクトルこそ違うけど同じくここならざる世界に存在する存在。でも、信仰心は今のこの国じゃかつてのそれとは比べるべくもない、神様は昔ほどの力を持っていない。だからこそ、時として憎悪の都市伝説に巻き込まれることがある。あの水神様はそういうものに巻き込まれてしまった」
「噂の根源こそ偽物であれ、それが信じられることでやがて本物さえも呑み込むという事ですか?」
「まぁ、そう解釈してもらっても問題ないわ。ほら、見えるでしょ、あのお守り、イロハ違うけどあれが血染めのお守りの正体。おそらく管理する者のいなくなった廃神社のお守りでしょう」
「それより、あの神様が現れて、あの光の中に姫瑠さんがいるんです。助かりますよね。」
「それは、」
「勇騎君!水神様が君にお礼を言いたいそうだよ。」
詞と終えた灯が、水神の意志に従い勇騎に呼び寄せる
「言って直接聞いてきなさい。」
言われるがままに勇騎は灯の所に近づく、目の前にはゴーグルを付けなくてもはっきりとした大きな白蛇の姿が見て取れる。神々しいさまという言うものがまさに自分の目の前にあるものだと理解できた。」
言葉ではないが、この神様が自分に感謝をしているという事は理解できた。
「下がっていいよ、後は私が、」
「ちょっと待ってください、それより姫瑠さんはどうなったんですか、無事なんですか?」
「……彼女は水神様の御力を悪用した。水神様を呪い、封じ込める一端を担った存在。罰を受けなくちゃいけない。」
「そんな、彼女は偶然力を手にしただけでしょうが」
「違うよ、彼女が引き寄せたんだ。悪しきものを、そして彼女自身の憎悪が水神様を縛り苦しめたんだよ。」
「だとしても子供のやる事でしょうが、神様なら寛容に許して下さいよ」
その言葉を口にした瞬間、温厚で暖かだった。その場をつつく空気は一瞬に凍り付いた。
灯はすぐさま神様を鎮める詞を口にし、勇騎も麗華も、目覚めたばかりのきららも、敬意を込め、首を垂れる。
だが、その圧倒的な威圧感の中でも、勇騎は一歩も引かず、その攻撃的な水神の目にガンを飛ばす。
「何をやっているんだ勇騎君!頭を下げるんだ。」
「メンチ切られて引いたらチキン野郎ですよ。神様なんでしょ、温厚な威厳ある神様の余裕の一つも見せたらどうですか、こんなガキの言葉一つで苛立って、何になるんですか!」
「勇騎!」
「勇騎!」
「勇騎!」
「勇騎君!」
言葉を慎めと皆がその名を呼ぶ中、勇騎はさらに一歩前に出る。
水神様は大きく口を開き、咆哮を上げる。皆吹き飛ぶが、勇騎だけは凰綬の護符で作られた雑誌がその身を守るために盾となり燃え尽きる事で、その場にその身を留めた。
「一撃で、マジかよ」
『奢るな、人間よ』
勇騎の頭に直接声が届く、それが水神様の声であることはすぐに理解できた。
「神様ってこんな声をしているんですね」
『我に声も言葉もない、これはお前の次元で理解するためにお前自身が作り出した言葉だ』
「なるほど、でもこれで直接話せる機会をもらえたそう解釈してよろしいでしょうか」
『否、我は奢り高ぶった汝に、警告しているのだ。』
「俺は別に奢ってもいません。ただ納得ができないと言っているだけです。」
『汝の理解は関係ない。この娘は罰を受ける、その身も魂も供物として捧げられた。
我が身を穢した人の憎悪、その身で受けるは当然の理。それをもって我は神として再び浄化され、人々に加護を与える存在に帰らん』」
「憎悪を受けるってそれで彼女じゃどうなるんですか?」
『その者たちはその一端をその身で理解したのだろう、おおよそそれと変わらぬ、ただ永遠とも思える精神の中で無限に来る返される憎悪、孤独。やがて気が狂い、魂が擦り切れ、心なき人形となる。そして死してもなお、天の国にも、地の獄にもいかず、ただ心なき存在としてこの世で彷徨う存在となる。永遠の孤独、終わりなき存在。生も死もなく輪廻よりはじかれた存在となる。』
「……止める方法はない」
『然り』
「そうするための目的は、彼女を苦しめる事ですか?」
『否、これは当然の理、この娘など取るに足らぬ』
「取るに足らない、つまりは彼女でなくともいいという事ですね。重要なのはあなたが人の憎悪から解かれ、神のあるべき位置に戻る事」
『何が言いたい?まさか、汝が変わり身になるというのか?』
「まぁ、それで手打ちでどうですか?」
「止めろ、勇騎君、これは君が考えているほど甘いことじゃない。」
言葉こそ聞こえないが、状況から勇騎の考えを理解できた。
「まぁ、そういう事で、元々20年前に死んでるようなものだし、いまさらね。」
「勇騎、あなた死ぬつもりなの」
「結果的にそうなるなら、まぁそれで」
「家族は弟さんはどうするの?」
「覚悟の上です。弟はよくできています。俺の思考を唯一真に理解できる相手です。」
「だからって勇騎君、君が死ぬ事はない!君に何の非がある、少なからず彼女はそうなる選択をした、できる事もした、自らその手を振りほどいたのは彼女だ。
その上で彼女が罰を受ける大人になれ勇騎君。」
「結構皆さん彼女の事恨んでいます?そんなに怖い夢でした?」
「茶化すな、いいか、」
「もし、きららさんなら」
「!」
「もし、彼女がきららさんだったらあなたは諦めるんですか?同じ状況、同じ選択をしたとして、彼女がきららさんでも、あなたは同じ理屈で納得できますか」
「そ、それは、」
「大切な誰かが過ちを犯した。取り戻せないほどの過ちじゃない、でも相手が神様だからって引くんですか。」
その言葉に誰も言い返せない。愛する人が同じ状況に置かれたら、きっと考えるまでもない。
「勇騎君、君は彼女を愛しているのかい?」
「いいえ、別に」
「だったらなんで」
「特別がないんですよ、俺には、全ては等しく平等であるべきだ
大切な誰かと知らない誰かどちらを助けるべきか、
もちろん答えは確率の高い方。状況を判断し最善を選択できる。
その為の日々の精進です。その結果がどうであれ、どう恨まれようが自分の選択に間違いはないというために、合理的な理屈が必要です。
でももし、完全に同じだとしたら俺はきっと犀を振る。
人の命に重みはないんでしょう、善人悪人であっても、俺はその建前の社会道徳を実行します。
そうして俺は生きてきた。まぁ、実際、今まで人の命を救う機会なんてなかった。
でもそれに似た状況で、そいう言う判断をしてきた。その自信があるから俺はこうしてここに立っている。だからここで、彼女が悪人だからと見捨てれば俺は本当に化物になる。
いや一生逃れられない偽物になる。」