退魔(物理)師 ブレイブ ワン!10
「あなたは、あの日落ちるなんて思っていなかった。
歌手になるのが彼女の夢だったことをあなたは知っていた。中学になっても子供の頃のまま自信満々に歌手になると言い放つ彼女の夢。
自分の限界を知ったあなたにはうざく聞こえたんじゃないんですか?
だから追ってやろうと思ったその希望を、彼女が求めるものを手にしてあっさりと捨てる。
その優越感があなたは欲しかった。」
「まさか、彼女は才能もあったし当然よ。」
「雑誌の記事で読みました。彼女小学校の頃からお年玉を貯めて中学1年の頃にエレキギターを買ったんですってね。
最初はヘタでまともに引けるようになったのは、事務所に所属した後だって。
歌だってずっとうまい親友がいて、いつも周りの人はその人の事を褒めていたって。
そう、だれも彼女の才能には気づいていませんでした。それが今じゃ、メジャーデビュー間近、聞きましたよ、プロモーション。音楽に興味のない俺でもいい曲だって感じます。タイアップのゲームのテーマソングじゃなくても、上がるいい曲です。
とてもじゃないけど信じられない。そんな彼女が数年前まで。歌もギターも下手だったなんて、つまりはそれだけ努力をしてきた。学校も中退して、一生懸命夢に賭けた。
俺にはできない純粋に尊敬できる人です。
だから許せなかったんでしょう彼女の存在が、
才能もなくただ努力だけで自分のはるかに上に言った彼女が、」
「何を言っているの、私は彼女の事を認めているし、評価しているわ。」
「だったら、なんでそんな表情をするんですか?いつもの様に作り笑顔見せてくださいよ。
調べてもらいました。当時新人発掘オーディションで、審査員の評価を、
軒並み、雑誌の記事通り、歌唱力も、見た目も、ほとんど全員があなたを推しています。
それこそ、彼女がいなければ、2次審査を通っていたのはあなただったはず。
でも、あるプロデューサーの目には五十嵐さんの情熱が伝わった。
全員のチェックを終えた後、あなたを推す審査員を前に、その人はこう言ったそうですね。
確かにあなたは、いいものを持っている。でもそれだけだ、とどこにでもいるありきたり、心には何も届いてこないと、逸材を発掘するためのオーディションだ。お前たちに彼女を一番にする自信はあるかと、皆その言葉に黙ったそうです。
そのプロデューサーは五十嵐さんの情熱が本物だと見抜いていた、そして彼女には努力する才能がある、決して諦めない。自分を信じて進むだけの力があると。
後日、彼女から合格の結果を聞いてあなたは信じられない様子だったそうですね。
間違いじゃないかと審査委員会に猛烈な抗議があったと覚えていらっしゃいましたよ。
表面上はあなたは彼女の事におめでとうと言っていた。でも実際は違っていた。
だから一番最初に彼女を呪った。そうですね。」
「……何の話かしら」
「彼女は呪いのお守りなんて手にしていない。元々の予定はこの噂がもっと大きく広まったところで、彼女のファンレターにでも混ぜて呪いのお守りを送るつもりだったんでしょ。
受け取った彼女が他人に押し付けるそれがあなたが本当に見たかったものだ。
彼女の闇の部分を見て安心したいそして広げたかったんだ。彼女を貶めるために。
でも、その前に俺にそれが邪魔をされた。呪いのお守りはここで終わり、
そう終わるはずだった。
でも、あなたはどういう理由か、呪いのお守りの呪いを本物にしてしまった。
いや違いますね、いの一番で彼女を呪っている時点で、あなたは人を呪う力を手に入れた
といったほうが適切でしょうか。
こっちの極秘ルートで確認してもらいました。彼女は一週間くらい前から体調を崩して今は表沙汰にはなっていませんが40度近い高熱が出て、入院しています。
確認してもらいましたよ。彼女にも首の所に痣があると。」
「それでその、呪い?だっけそれが私のせいだとでも?」
「そうだと俺は思っていますよ。どうしたんですかもういい加減教えてくださいよ。」
「何の話だか身に覚えはないわ。」
「ちなみにですが、彼女は明日舞台に立ちますよ。
灯さんのお守りの効果で少しですが熱は下がっています。
とは言えとても舞台に立てる状況じゃない。それでも彼女は舞台に上がります。」
暗がりの中、彼女の口元が歪み、心の舌打ちが勇騎に届く。
「それだけの意志がある。いい悪いはともかく、彼女は本物です。」
「本物って何よ。そんなの馬鹿じゃないの?」
「えぇ、そう思います。実に非合理的です。」
「それでどうなるわけでもない。別にサボっているわけじゃないでしょ」
「そう、その通りです。だから、俺もあなたもここにいる。所詮は偽物。頭のいいふりをして安全圏で、いつも勝てる勝負しかしない。それで人の上に立つ。」
「賢い生き方ってことでしょ。」
「えぇだから偽物なんです。理解できる。想像できる。でも、感じない。」
「……」
「いつだって対岸の火事で、安全なところから自分はそれを楽しんでいる。」
「……」
「負けない勝負、でもその火から目を離せない。だからこそ、求めているその火を、安全に楽しめるその火を、そしてあなたは手に入れた。そうでしょ」
勇騎の挑発的な目に、姫瑠は吐息を声にだし、深呼吸をする。
「……仮にそうだとしても、私はあなたにそれを見せはしない。私はね。勇騎君。
あなたが思うほど激情にかれれる事もなければ、あなたが思うほど浅はかじゃない。」
(さてどうする。どう怒らせる。どうすればボロが出る、時間が、)
「ちなみに、勇騎君。私が仮に人を呪う力を持っているとして。私が一番呪いたいのは、誰だと思う?」
姫瑠は上に羽織っていたストールを艶やかに橋に落とすと。まるで誘惑しているかのように、腰をくねらせ、勇騎に迫る。
「無礼で、横柄で、攻撃的で、人を馬鹿にしたように物を語り、何より根拠のない持論で、私の事を値踏みする。そういう男。旧社会然とした『男』」
「つまりは僕だと、」
「さぁ、どうでしょう。」
ガンとを飛ばされ、メンチを切られ、迫られれば本能的に手足が前に出る勇騎だが、
悪意に満ちた敵意なき彼女の得体のしれない笑みに思わず後ずさりする。
「北風と太陽、孤高を気取る風来坊に有効なのは太陽。分かっていてもあがらえないものってあるわよね。間違っていても、求めるものはあるわよね。
嫌いだとしても理解してあげられる。だってあなたと私は同じ人間。理解者だから。
心の底から理解されたいと思ったことはない?私ならあなたの事を愛してあげる。」
「き、姫瑠さん」
「怖がらないで、私を受け入れなさい。それですべてが、」
姫瑠の指が勇騎の唇に重なろうとした時、二人の頭上に星明りを遮る影が落ちる。