時をかけるヤンキー2
「さてと」
保田警部が去って、改めて床に勇騎を正座させると、烈火を中心に4人がソファーに座り、見下すように勇騎を見つめる。
「それじゃ改めて、ここが何か、俺たちが何かを説明するぞ、」
「うっす。」
「まず、俺は二堂烈火。この幽霊屋敷の持ち主で、この都市伝説研究所の所長だ。」
「幽霊屋敷、お化けが出るんですか?」
「そう呼ばれているだけだ。丑三つ時に見えるが、誰もそこにたどり着けない屋敷。
ここは築80年の立派な木造西洋建築だ。
ただ立っている場所が特殊でな。存在するが認識できない。
ここはそういう意識の狭間にある場所だ。君のすることはまずはこの屋敷にしっかり覚えてもらう事そうじゃないと一度外に出れば一人では決してたどり着けない。
ここはそういう場所だ。理解できたか?」
「……なんとなく、大丈夫っす。でも家に覚えてもらうって、」
「まぁ、いい、もし、ここに帰って来れなくなったら安田警部に頼め、あの人はこの屋敷に認められた一人だ。君一人くらい連れ込める。さて、それでこのトケンの話だが、君は都市伝説というものを知っているか?」
「いいえ、全然、ゼルダの伝説なら。」
「……都市伝説というのは、現代に広がった噂話だ。
人々の間に広まっている不条理で怪奇で不可思議でいびつな物語だ。
その性質上怪談に非常に似ており、人の恐怖を誘発させるものが多い。
古いものでは口裂け女や人面犬などがそれにあたる。」
「俺の知っているのでは十字路のピエロや、忠霊塔の殺人鬼とかですか?」」
「まぁ、おそらくそれもその類だろう。怖いものが全てという訳ではないが、奇妙な噂話全般を俺たちは研究の対象にしている。」
「はー、これだけ未来になってもまだそういう話があるんですか」
感心なさげに感心する勇騎にイラッと、来たのか烈火の話を遮り、隣に距離を空けて体操座りしていた、おそらく一番年下だと思われる女の子が攻撃的に口を開く。
「あなたのいた時代よりも今の方が都市伝説ははるかに多い。
個の価値の向上、かつて家族が補っていた責任と義務は社会が補うようになってきた事で、
顔の分からない隣人、孤立する子供、大人。そして何よりSNSと携帯の普及。
今は昔とは違う、直接にコミュニティよりも文字や電波を通じでのコミュニティに価値がある。そこに属するしかなかったかつての世界。でも今は距離の障害はなくなった。
親よりも信頼できる顔の見えない人なんて今の世の中、いくらでもいる。
そういう世界であることをまずは理解しなさい。
だれでも簡単に情報発信でき、だれでも手軽に情報を得る事が出来る。
動画、写真、音声、音声メモ、情報収集もボタン一つ、あなたのいた96年ではほとんど普及していなかったコンピュータも今や1人1台、ううん。若い人はもうこれ一つあればパソコンすら持っていない。」
そう言って彼女はケースを付けていない傷だらけのスマートフォンを見せる。
「情報の価値が下がり、情報の重要性が上がり、コミュニケーションのあり方もかつてのそれとは変わってきた。
そういう情報の溢れる社会の中で、情報は拡散し、同時に人の闇も拡散した。
誹謗中傷、顔の見えない事であふれる悪意、同意による正義の行使。
簡単に人を傷つけられ、簡単に人は傷つくようになった。」
「そこら辺は、おおよそ、理解はしています。情報収集はそれなりにしてますから、
でもその上で、あえて言いますと、俺の感覚ではそれ程今も昔も変わっていないかと、物事の本質は同じです。大仰しく言う事もありません。」
「あなたの理解なんて聞いていないわ。教えてもらう立場なんだからおとなしく聞いていないさい!」
彼女の性格を理解した勇騎は軽薄に謝り、話を続けるように促す。
「かつては一つだった精神病も無数の名前を持ち、それと同時に多くの人を患者認定して、多くの患者を生み出した。
今や心の病を患う人の数はうなぎのぼり」
「それはただ単に潜在的には元々あったものが顕在化したとは言えませんか?」
「は、甘いわね。発言の元が自分と分からない、守られた状況では人の悪意はその鋭さを増す。ましてや今の世の中、言葉狩りが横行するような社会。あらゆることに神経を使いながら、生きて行かなくちゃいけない。
ベビーカー一つで叩かれて、その叩いた方も別の方でも叩かれる、喫煙者は既に犯罪者のような扱いを受け、あなたなんて昼間に街を歩けばすぐに不審者情報で拡散よ。
何にでも神経質になり、病的に繊細で、でも今の世の中、ネットでつながればそういう人も相応の同意者を得て声が大きくなって正義になる。
声が大きなものが、数が少なくても正義を振りかざして傷ついたと傷つける。
あなたに分かる?
こっちはそんなつもりはなかったのに、悪人にされて、執拗に攻撃される、そっ」
「きらら、落ち着いて、話が逸れているよ。大丈夫だから」
烈火は今までになく優しい声と表情で興奮する彼女の口をふさぐ。
その瞬間、彼女は顔を赤くし、傍にあったクッションで顔を隠し、体操座りをし直し、横に転がる。
「あぁ、彼女は美森きらら、情報戦が得意な内の研究所の要だ。おそらく君の事が嫌いだが、元々極度の人見知りだ。軽くパニックになるが、あまり気にしないでくれ。」
「かわいいっすね。」
「……」
「え、何っすか、別に他意はないですよ。なんですかその表情。」
「別に、代わりに話をつづけるぞ、今の世の中、そういう状況で都市伝説の手の者は非常に生まれやすい状況だ。嘘をついて注目を浴びる。冗談で皆を楽しませたい。そういう事がしやすい環境だ。もし何かあっても個人にかかわる情報を載せてなければアカウントを消せばいいだけの事だからな。」
「まぁ、その分、個人と紐づくと容赦ないんだけどね。あらゆる過去は掘り起こされ、一生に消えないものに消化する。」
「いい悪いは別にして、今は誰もが情報発信できる、今まで気にならなかったものが気になりだし、今まで発信者の顔が見える事で自制されていた人の憎い部分がさらけ出しやすくなった。恥じるべき趣味や性癖だって他人と共感できる。」
「そして恐怖も多くの人に伝播する。」
「今やネットの世界は理性の場から本能の場へとその役割を変えつつある。
仮想現実世界でも気を使い。コミュニケーションが重要視される。君の好きなドラクエも主人公である君の言葉も「はい」「いいえ」では成り立たなくなっている。」
「……少し見ましたすごく楽しそうでした。」
「君は新しいものに積極的だな。そういう感性嫌いじゃないよ。私は士条灯。今日との名門陰陽師士条家の総家当主、士条秋明の愛娘だ。私は男も女もみんな好きだが、面食いでね。残念ながら君は対象外だ。私への欲情は避けてくれたまえよ。」
先ほどから横やりを入れていた巫女服の女性は自信満々に握手を求めてきた。
「大丈夫です。俺、士条さんみたいなのタイプじゃないんで、」
それに勇騎も作り笑顔で答える。