子供の世界11
残された、姫瑠は最後の勇騎の目を思い出し、感情のままに机に置かれた教科書を思いっきり投げ捨てた。叫びこそしないが、その怒りは今まで姫瑠が味わったことの怒り、自分自身で冷静にその感情を処理しようとするが感情を処理できずに、その手であたりをめちゃめちゃにする。が、それで感情が収まるわけではなく、むしろ殴った手の痛みが怒りに拍車をかける。
あの男のあの目、完全に私を見下しだ。憐れみで見る様に、興味のない汚物を見る様に、私を見下した。
前回、姫瑠を尋問しに来た際、彼女は勇騎に尋ねた。
『意外に敬語が使えるのね』と、粗暴な態度で、敬意のかけらもないような彼に対しての当然の疑問だ。
その時からはこう答えた。『どんな人間にも尊敬すべき優れている所はあります。要はそれに気づくか気づかないか。俺は俺の持っていないものを持っている全ての人に敬意は持っています。ですが謙るつもりはありません。全ての人に敬意を、その上で俺はその人の全てを奪わせてもらいます。
あぁでも、そうですね。そうじゃなくても僕は敬語を使います。
いかに立派な自分物でもゴミを捨てる人間や、子供の前で酔っぱらったり、タバコを吸ったりするような人間はクズだと思っています。そんな人間からは何も学ぶことはない。
関わり合いになるだけ時間の無駄です。だからそういうクズにも敬語を使います。』
最後のあの目、あれがそうだ、あれは彼が何も学ぶものがないと決めつけ、蔑んだ目だ、
私の事をクズ呼ばわりした、クズの分際で、私の事を見透かしたつもりになって、
人生で経験したことのない屈辱だ。
誰もが私に憧れる。私は世界一の才人で、世界一優しくて、世界一美しい。
小学校の頃、世界三大美女を見た時、ミロのビーナス像を見た時、なぜ人がこれを美の象徴というのか理解できなかった。少しも私に似ていないのにと純粋な疑問を持った。
ただ私は目立ちたがり屋の馬鹿じゃない、承認欲求まみれで道化になるアイドルじゃない。
私はただ普通を望むごく当たり前の慎ましやかな才能の塊だ。神に望まれた特別な人間だ。
私にはその資格がある、当然の権利だ。
それなのに彼は僅かばかりの恋心も、憧れも持たずに私を値踏みした。
それに『あれ』の話も、ただの強引さと下品なパフォーマンスで、私がいるべき地位を奪った『あれ』を、知ったような口ぶりで私に勝ったと断言した。
「ふざけるなよ、何も知らないくせに、殺してやる、社会的にも物理的にも殺してやる。
あぁ、ダメよ姫瑠。あんな奴の為に私が手を汚してしまってはそれこそ人生の汚点、世界の損失だわ。私には輝かしい未来がある。あんな汚物の処理で、穢してはダメ。
そうだ、もうそろそろ武士君たちが戻ってくるわね。彼らにさせましょう、いいえ、違うわ、彼らが望んであいつを殺すの、私を傷つけたあいつを、私の涙にはそれだけの価値があるわ。」
気に入らないことがあれば周りが勝手になんとかしてくれる。武士に刻まれた恐怖を理解していない姫瑠はまた今までと同様にうまくいくと考えていた。
そしてそう思う事で、おさまりのつかなかった姫瑠璃の怒りはすっと消えていった。
姫瑠は散らかした本屋椅子を直そうともせずに、紅葉の『心配をする』ために職員室に向かった。見破られるのは予想外だったが、ここで助ける事で、紅葉は今まで以上に私のいう事を信奉し、私の思うがままに動くようになる。
呪いのお守りはこれで終わり、でも、それでこの学校にある階段がなくなったわけじゃない。方法なんていくらでもある。
姫瑠はその時ふと、何かに惹かれる様に廊下を振り返る、既に日は完全に落ち非常灯しかない廊下の真ん中にパサリと何かが落ちているように感じ、それに近づき、手にした。
「ふふ、なにこれ、あんな噂に流されて、誰か、こんなものまで作っちゃうんだもの、人の心っていやね。赤-い赤-い血の様に赤黒いお守り、誰かしらこんなもの作ったのは、」
そう言いながら姫瑠はそのお守りを手放すことができなかった理由などない。
ただこのお守りをその場に置いていく気にはなれなかった。
これは自分への贈り物だ。彼女にある負の感情が本能としてそれを理解した。
「呪いのお守り、でも私が持っていても呪い殺されたりはしない。
あ、そうだ、紅葉は、この中に髪の毛入れてたけど、この中身は、」
そういうと赤い紐を解き、中を開ける。
「これって、蛇の抜け殻?」