子供の世界10
「俺が言いたかったのは、人は人を見かけで判断し、人は自分よりも下だと思った相手には本性が出やすくなるという事です。
容姿も身なりの悪い相手もそうでない相手にも手を差し伸べる人はたとえ偽善でもその偽善を貫ける人、俺はその人は敬意を持てる善人だと思います。
ですが多くの人はそうではない。だから俺を見た時に人は本性を出す。
攻撃的な目つき、高圧的な態度、だらしない服装。協調性のない言動。その全てが相手にとって不快であり、俺に対して取り繕うのは無意味だと理解します。あえて言えば関わりあいになりたくないという取り繕いがあるでしょうが、
あなたにはそのいずれもなかった。初対面の俺に対して、違和感のない自然な態度だ。
悪意も善意もない、それが違和感です。
まるで俺がどういう人間かを根本的に知っているかのようでした。俺がどういう人間でどういう用事で来たのかを把握して、その上で最も違和感を持たれないためにどうすればいいか、その最適解。でもそこに欠落していたのは、俺のようなタイプの人間が普段どういう風に見られているのかを考慮に入れなかったこと。
いや普通であればそれでいいのでしょう、僅かばかりの好意を持ってもらう。
あなたは決して自分への悪意を持たせない。そうするための演技が、身についてしまっている。本当に嫌われ者の俺にはあなたの善意が不自然でしょうがない。」
「……そんな憶測で、ずいぶんと妄想壁が強いのね。」
「後はあなたの過去です。悪いですが調べさせていただきました。
あなたの周りで起きた数々の事件、というにはあまりに小規模で日常の出来事ですが、あなたの周りはずいぶんの憎悪が満ちているみたいですね。中学校の話聞きましたよ。ずいぶんと荒れた中学校だったようで、あなたが入学して、あなたが卒業するまでは、2回途中で先生も変わっていますね。まぁ、それらの事全て、あなたには関係のないことですがただ偶然にもあなたはそのクラスにいただけの事ですが、」
「そうね。ただの偶然ね。それにそのいずれも珍しい事かしら、飲酒、喫煙、不純異性交遊、いじめ、教師のセクハラ、暴力、キレる生徒。家庭内のいざこざ。全部どこにでもある事じゃない。」
「……そうかもしれませんね。」
「話は以上かしら、」
「……」
「それじゃ一つ聞かせてくれるかしら、あなたが言っていることが全て本当だとして、私は何をしたの、そうする様に人を言葉で操ったとでも、それで人を自由に思い通りにして優越感に浸っているとでも、それじゃ、聞くけどあなたが調べた結果、
誰か一人でも私の事をどうこう言っている人はいたかしら、」
「いいえ、彼女と同じようにあなたの事は一切悪く言っていませんよ。むしろあなたには感謝しているくらいです。中には彼女の事を嗅ぎまわる俺の事を、あなたにつく悪い虫だと、警戒する人もいるくらいです。あなたにはかかわらせないってね。」
「悪い虫、確かにその通りね。」
「あなたが俺の言っていることを認めるとも思っていませんし、あなたが何かの罪に問われることもない。あなたは何も悪いことはしていない。
ただ、俺が言いたいのは全てがあなたの思い通りに行くわけじゃないってことです。
タイプは違いますが、俺やあの子のような人間もいるという事です。」
「あの子?」
「あなたの思い通りにいかず、あなたに唯一、敗北を味あわせた女性ですよ。心当たりがあるでしょう。あなたの経歴の唯一の黒歴史、敗北を刻んだ、ね」
「何の事かしら、」
「与えられたものじゃない、本気の熱意に負けた。努力に負けた。俺ならそれに敬意を示します。でもあなたならどうなんでしょうね。」
「何の話か分かりませんが、それを証明することは?」
「少しは動揺してボロが出るかも、そう思いましたが、あなたは完璧だ。」
「あなたの空想、面白かったわ。」
「……」
「最後に聞かせてもらっていいかしら。」
「何でしょうか?」
「私の事をサイコパスのように言うけれど、私の生き方は理想だとは思わないかしら。」
「他人に気づかれず、他人を利用し、自分の手の平で踊らせる。そしてその身に及ぶ火の粉は拒絶する。ただ自分は皆の羨望を集め、人から信頼され、頼りにされ尊敬される。」
「素敵なことじゃないかしら、」
「井の中の蛙、サル山の大将、安全な中での王様。武士と同じ、それで満足できるんだ。」
「どういう意味、」
「この学校に来たのはどうしてですか?偏差値の落ちたこの学校よりも、あなたならもっと上の学校にも行けたはずだ。なのにあなたはこの学校に来た、それはここに自分を信奉してくれる同級生がいたからですか、それともこれで十分だと、それとも上を見るのが怖かったから。」
「私は、自分の意志でこの学校を選んだそれだけの事よ、」
「それなりの学校に行って、大学に通い、その外面の良さで就職して、その性格で都合のよい男を得て、支配して、利用して、一方的な幸せを与えて、働きアリのように働かせ、あなたは、子供たちと何不自由なく暮らしていく。」
「いい人生じゃない。」
「つまらないですね。」
ただそうぽつりと言うと勇騎は一礼をし、お守りを回収すると図書室を後にした。