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学校へ行こう7

 勇騎は勝手に取り出したコップを片付けると、森川の後を追い、屋上への階段を上る。

「教師の特権。初めて上がりましたよ、こんな所」

校庭を見ながら雰囲気に飲まれ黄昏る森川に話しかける。

「ふう、いい生活って何なんだろうね。」

「……」

「私ね、大学の教員研修の時に元旦那と知り合った。あの時は楽しかったな、それまでの人生とは別物みたいに、今考えればいろいろ無茶して、勇騎君には言えない悪い経験もたくさんした。それで大学卒業してすぐに、結婚して、その時に元旦那は私立の高校でそれなりに偉かったから、いい暮らしはさせてもらった。

週末二人でクルーズ船に乗って知らない世界を知って、いつもよりいいお酒を飲んで、いつもより高い場所からの景色を眺めて、雰囲気に流されて、まるで自分が別世界にいるみたいなって、

そして現実に戻って、家事をして学校に行って、その生活がまるで仮の姿のように感じるようになっていった。」

勇騎は話を聞きなら、目を一切森川に向けず、校庭の生徒一人一人に観察している。

「あの時が多分人生で一番つらかったな。

元旦那には女性生徒に浮気されて、それも知らないふりをして、週末は二人で旅行に行ったり、一人じゃ絶対に行かないような高そうなレストランに連れて行ってもらったり、きっと他人から見れば幸せな生活なんだろうね。優しかったし、誕生日もしっかり祝ってくれって、メールもすぐに返してくれる。

何より、周りへの優越感でこの生活を辞められなかった。」

「でも離婚したんでしょ?」

勇騎は変わらず、顔を少しも森川の方を向こうとはしない。話をするのに耳と口があれば十分だ、目も手も無駄だと考えている。特に興味のないことには

「そうね、でも、実はね、離婚も後悔している。勢いで離婚したの、一時の感情で、急にむなしくなるのが一線を越えて、それでお酒に酔った勢いで、

慰謝料も何もいらない。浮気の事も攻めません、だから黙って離婚してくださいって。」

「で、あっさりと相手はそれを飲んだ。」

「あっさりじゃなかったわ、浮気もやめる、悪いところは全部直すって。でも私は自分の感情を抑えられなかった。それで結局、私の涙で、あの人は印鑑を押した、

ごめんなさい、君を傷つけてって。

浮気の原因も、私があの人を拒絶して傷つけて、それで浮気が始まった。

弱い人だった。でも私はそれ以上に子供で感情的だった。

それで別れて、今の自分がいる。自分が望んだのが今の生活。

曖昧な生活を送って数年、勇騎君が現れて思ったの、私がなりたかったものって何って。」

「自分の夢として、教師になりたかったんですか?」

「……どうだろう今となっちゃわからないけど、でも、高校の時はそうだった、」

「それは夢が職業だったんですか?それとも教師という職業について、出来る何かがあったんですか?」

「……昔ね、私学校の先生が嫌いだった。覚えてる山崎先生。」

「あの偽善者っぽい生徒指導?忘れてはいないですがそもそも覚えていません。」

「そう、その人、偽善者っぽいって、私の中では一番信用できる人だって思ってたんだけどな、今となっては勇騎君のその眼、大したものだって思うよ。

私が友達や家庭の事で悩んでて相談しても、あなたが強くならないとどうにもならないわって。私に悪いところがあるみたいに、言葉の端々から感じるのは問題はごめんだって、

私が大人に信頼をなくした最初の人。

だからかな、あぁいう大人にはなりたくない。私は生徒の為になる先生になる。

私を救うために私は教師になった。でも、現実は同じになった。

今の内のクラスを見てどう思う?」

「変わらないなと思います。」

「そう、本質的にはあなたがいない私たちのいたクラスそのもの。それをどうこうする気力も今はもうないの。

初めはね。あるべき教師を目指していた、でも、そういう私を、まだ若いから、それは間違っていると夫や周りの教師に言われ、生徒もそれに応えてくれない。

私の事を笑って馬鹿にする。そうして私の理想はだんだん消えて行って、職業教師になっていった。

自分のされた嫌な事も含めて今の自分がある。って頭をよぎるようになったの。無意識の中に私がされたことをされないなんて不公平だ、そう思っていたのかもしれない。

無理矢理にでも学校に出てこさせて、そうやって強くなるんだって。

自分と同じ道を歩ませようとしている。それが正解だって、だってそうじゃないと自分の人生が間違えだったて認めるみたいで、

甘えるな、私はそれを乗り越えたんだぞって、そういう優越感と生徒に対する蔑み。」

「で、それを面と向かって自覚して落ち込んでいると」

「……勇騎君がいてくれてよかったわ。そうじゃなかったら私、きららさんの言葉をただの甘えと流していた。ただ、クラスメイトの言葉だったら、素直に聞けるでしょ。

特に今になって思えば、子供でも、君のいう事はいつも正しいって思えるから、

ねぇ、勇騎君、君がどういう訳だか時間を超えてここにいる、20年前の私が、君の中では昨日の私として存在している。でもね、もしそうじゃなくて、同じ時間を過ごしたとしても、きっと勇騎君は、今の勇騎君のような気がする。

だからかな、君の助言は心に刺さるな。もう一回ちゃんときららさんいは謝らないとね。」

「そう気づけるなら、いい教師、じゃないんですか、教師も人だなんて言い訳は嫌いですけど、あなたの昔を知っている僕は今のあなたも尊敬しますよ。間違わないことが正しいのではなく、成長できる事が正しいことです。」

「いい教師になりたい、まずは心からそう思える様になりたい。」

「何か欲しいものがあるなら明確です。そこに行くための道筋を立てて、それに向かって進むべきです。何年かかろうと、たどり着かないとしても、ただ、もしその過程に意味があるのなら、その理想に違わぬように、あり続けるべきです。」

勇騎は初めて森川に向かい合い、迷いなくそう言い放つ。

「ただ幸せを求めるなら。日常の中で見つけるしかない。人の欲も心も、満たされることはない。どこまでも刺激を求める。経験と記憶にない新しいものを、だからどこからで気づくしかない。今も、そしてこれからも良くなろうと悪くなろうとその中で同じように幸せに感じれる瞬間はあるんです。」


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