ストーカー、天に召される
ああ、走る姿も素敵。あのなんとも説明しがたいポテポテのフォーム。その後ろ姿は可愛らしいクマさんのよう。
毎週金曜日の3時間目は1週間に1度の至福の時、なぜなら彼が外で体育をしている姿が見られるから。
あの体操服からチラチラと見えるたゆたゆなお腹は私を虜にさせる。
例え先生に何してるんだと怒られても私は彼を見ることはやめない。彼こそ私の理想の王子様。
夢にまで見た、王子様。
あの肉体に包まれようものならばきっと私は天国にいけると思うの。
「ふふふ……」
「おい、その双眼鏡は学校の備品だぞ、勝手に持ち出すなと言っているだろう、生徒に迷惑がかかる」
あらあら、外野がなにか言っていらっしゃる。私はそれどころではないの、彼をこの目にきちんと焼き付けなければいけないの、あなたのような平凡な価値観を持った教師に何がわかるのかしら。
「まーたやってるよ」
「彼女も飽きないよねぇ」
私の愛情の深さを舐めてもらっては困るわ、平均的なクラスメート共。なんて愚かで可哀想、彼の魅力に気付かないなんて。
「ああっ!」
彼が転ぶ、私は叫ぶ。
今すぐ彼が伏している下の地面の砂の一部になりたい、なんて羨ましい。もし生まれ変われるのなら私は彼の通学路にある木々になりたい。
……いいえ、私はつよい女、不可能を可能にする女。だから行くのよ、彼の元へ!この彼のために夜なべで編んだハンカチを、彼の傷ついた頬へ宛てがうためにっ!
「ちょ、何立ってるんだ!座れ!」
ああ気づいてしまった、きっと目の前にいる教師は、人の皮を被った悪魔ね。私たちの愛を引き裂くためにここへきた……なんとおぞましい。
「先生、私具合が悪いのです。今すぐ保健室に行かなければ特病で死んでしまいます」
「は?」
私の言っていることが通じないのね、ポカンとした顔をしている。彼がするならとてももえるけど、貴方がやっても醜いだけ。
「何わけわからないこと言ってるんだ」
ふふふ、時間稼ぎのために私を止めるのね。
でもいいの、このくらいの壁がある方が恋は燃え上がるもの、貴方が良いスパイスになってくれる……そんな気がする。
「ふふふ」
壁を乗り越えた2人にはとびきりのハッピーエンドを、目の前の悪魔には最高のバッドエンドを。
ほら、もうすぐ2人を祝福する鐘がなる――勝ったわ。
鳴り響く鐘、走る私、さながらシンデレラって感じ。
でも私は王子様を追いかけるわ、追われるのは性にあわないから。
階段を一気に駆け下り、物語の舞台となる校庭へと降り立つ。
校庭の中央には天使のような愛らしい彼の姿が。
彼の神々しさに足がすくむけれど、今の私は誰にも止められない。
その一際大きな体、私を受け止めて……。
「あのっ」
私は強かな女。
今日こそは王子様と結ばれたい。
「私……」
「……?」
「うわあ!いきなり顔上げんなよ!お前デカイんだからひとつひとつの行動にビビるんだって!」
「あ、ごめん……なんか、誰かに声かけられた。そんな気がして」
ふふふ、ふふふふふ。
「なんか最近、いつも誰かに見られてるような気もするんだよ。あそこの教室からさ」
嬉しい。私の熱い視線に気付いてくれるだなんて、これ以上幸せなことなんてないわ。ああ、間近で見る王子様は本当に素敵。
「こわー、あそこ空き教室じゃん」
本当に、見ただけで成仏してしまいそうなほどよ。
「好きなの」
待っててね愛しの王子様、生まれ変わってあなたのそばへ行ってやるんだから。