表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

夜の宿、一筋の光がさして



私は旅人だ。

あてのない、旅をしている。


その日はもう、暗くなって、早いところ寝る場所を確保しなければ、と思っていた。

幸い、季節は夏の終わり、野宿でも問題ないのだが、この辺りは少し物騒だと聞いたのだ。何が物騒か、それについては、よくわからないのだが。

とにかく、安全な場所を探さなくては。

「よお、旅人さん。もしかして、宿でも探してんのかい?」

暗がりで後ろから急に声をかけられ、私は少し驚いたが、初老の爺さんがランプを片手に近寄ってきていたようだった。顔はよく見えない。信頼していいものか、と思いながら私は素直に、はい、と答えた。

「それならうちにくればいい。わしもちょうど、帰り道なんでな。」

どこかにひっかかりを感じながらも、私は信じてみることにした。爺さんの後を静かに歩いていくと、ポツンと佇む民家が見えはじめた。

「まぁ、あがんな。婆さんが死んでからは、あんまり綺麗にはしてないが、寝るだけならいいだろ。」

爺さんは持っていたランプを机に置くと、薄暗い部屋でさっさと鞄を置いて服を脱いだ。ぼんやり明るい部屋で、やっと顔が見えたが、やはり70くらいの爺さんであった。

「すみません、感謝します。一晩寝たらすぐ出発しますので、お構いなく。」

私もリュックと上着を脱いだ。もう寝るだけなのか、爺さんは寝床の準備を始めた。

「あんたは、ここで寝るといい。それと、これ、疲れているだろ、快眠できるぞ、良かったら飲んでくれ。私は二階に部屋があってな。まぁ、ここは好きに使ってくれよ。遠慮はいらん。」

好意はすごく嬉しいが、私はやはり何かひっかかるものを感じて、素直にありがとうが言えなかった。何がひっかかるのか、わからない。私はその酒のような匂いのする瓶を手に取り、一口飲んでみた。

「会ったばかりなのに、いろいろと助かります。この辺りは物騒だと聞いていて、安全な場所で寝ることができて、本当にありがたいです。」

カマをかけたつもりだった。私の真意を見抜いたのか、爺さんは一呼吸置いて、私に向き直り言った。

「あぁ、物騒、ねぇ。何が出るやら知らないが、私はそんな怖い目にあったことはないがな。噂だろう、ただの。じゃあな、わしはもう寝るから、おやすみ。」

そう軽くかわされ、私は確かめようのない不安とともに、眠るしかなかった。眠気は徐々に私を襲い、あっという間に眠りに落ちた。


これは夢なのか、と思った。

ぼんやり、灯が見える。

何かが、いる。

ガタガタ。

ひどく眠いが、やはり何かがいる気配が、する。

何かが。


気がつくと朝だった。窓からの強い光で私は目を覚ました。随分とよく寝た気がする、昨晩の酒のせいだろうか。

そして、深夜起きた夢のような体験は、一体なんだったのか、記憶は曖昧だった。ゆっくりと体を起こし、身支度をして、爺さんを起こす前に家を出ようと思っていたのだが、昨日置いたリュックが、ない。

不思議に思って、そこらじゅうを探すが、やはりない。まさかと思い、爺さんのいる二階へ上がってみた。爺さんは確かにそこにいた。集中して本を読んでいる。そして傍らには私のリュックが置かれている。

「それは、私の!」

そう言い終える前に、そうカリカリしなさんな、と爺さんはこちらを振り返った。

しかし朝になってよく見ると、この家は、随分使われていないように見える。所々に埃と蜘蛛の巣、乱雑に置かれた家具や日用品が、古くなってカビている。

これはまさか、と私は推理した。


この人の良さそうな爺さんは、この空き家を使って旅人招き入れ、夜中のうちに金目のものを盗んでトンズラする盗人だったのだ。きっとあの酒のようなものには、睡眠薬でも入っていたのだろう。私はもう少し自分の勘を信じるべきだった。この辺りが物騒というのは、この盗人のことだったのだ。


しかし、その爺さんが、まだ私の目の前にいる。推理したものの、私は予想だにしない出来事に、何も言えず、ただ見つめた。

「ちとあんたに、興味があってな。ちゃんと問いたださないと、どうも気持ちが悪くて。中身は何もとってない。まぁとるようなものは何もなかったがな。これ以外は。」

爺さんはあの悪魔の本を振りかざし言った。あまりに悪びれた様子もない爺さんに、私は怒る気にもなれず、キョトンとしていた。

「夜中、荷物だけ持って出ようと思ったんだ。だが、あんたはこんなに暑いのに、ずっと靴下や手袋までつけたまま眠りよる。不思議に思ってわしはあんたの手袋をとってみた。何かあるに違いないと感じたんだ。そう、あんたのその皮膚は、普通じゃない。」

それか、と私は合点がいった。私は、今更むき出しになっている手に気が付いた。普通の人がこれを見たら、確かに気になって仕方がないだろう。

私の皮膚は徐々に感覚が消え、黒ずみ出した。手足はもちろん、既に身体中真っ黒で、まるで黒の絵の具でも塗ったかのような色をしていた。それを隠すようにずっと手袋や靴下、真夏でも長袖でいる私だったが、盗人がそんなことを気にして盗みをやめるのだろうか?私は納得がいかなかった。

「あぁ、そうそう、わしは嘗て医者だった。婆さんが死ぬまでは。婆さんはずっと体が弱くてな。それを治すのが、わしの使命だと思っていた。しかし、その思いは届かず、あっけなく逝っちまったよ。わしは、何もできないヤブ医者。婆さんが死んでから医者なんざ、やる気が失せたね。しかしな、その皮膚を見て、尋常ではないと思った。医者だった頃の血が騒いだかな。」

私は徐々に体が黒ずんでいったことを話した。筋肉は動くが、皮膚感覚は全くないことも。

「そうか、ううむ。医者の見解から言って、神経性の病気か。しかし原因が全くわからない。病気じゃないなら、もしかして。」

爺さんは黙り込んだ。私は、何かを掴めるのかと期待した。しかし医者では治しようのないことを知って、落胆した。

「なんとなくだが、その皮膚、そしてあんたは悪魔の本を持っている。これは何か繋がりがある気がするんだ。そう、魔術的な何かだ。」

やはり私は何かしらの契約を結び、対価を支払っているのだろう。その時の記憶が取り戻せれば、いいのだが。私は爺さんの言葉に、集中した。

「この先、北にずっといくとな、小さな村があるんだ。そこの魔法に詳しい婆さんがおった気がする。行ってみるといい。」

魔法。その言葉は私に光を与えた。やっと具体的な手がかりをつかんだのだ。あてのない旅は、理由を取り戻していく。私はすぐにでも出かけたい気分だった。

「おっと、この情報に対価は必要だよな?」

爺さんはニヤリとした。私は盗人である爺さんのことを忘れていた。対価、対価。

「おーけー、この本で手を打とう。」

爺さんはその古びた本を指差し、またもニヤリとした。


その後爺さんは手早く身支度をすると、先に家を後にした。その足取りはまるで踊っているかのようだった。そんなにあの本は貴重だったのだろうか。それより私は、先の村でのことが気になって仕方がなかった。私もリュックを背負うと、足早に北を目指した。


季節は秋を迎えようとしている、そんな日のことだった。私は希望を持って、歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ