光の先、幸せの行く末を探して
私は旅人だ。
あてのない、旅をしている。
その日は、とても気持ちの良い日だった。あてもなく林を歩いていると、どこからともなく賑やかな子供の声がした。その声の方に歩いていくと、数十人の子供たちが思い思いに遊んでいる。
「あ、おじちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
見つめる私に気づいた一人が、人懐っこい笑顔で私を誘った。苦笑いをして首を横に振ったが、半ば強引に手を引かれ、輪の中に入ってしまった。
「おやおや、新しいお客さん?」
側に佇むログハウスから老婆が出てきて言った。歳は80、いや90にもなろうかというくらいだったが、穏やかな雰囲気だ。老婆は柔らかく微笑む。
「さぁさ、手を洗っておいで。ご飯の支度ができましたよ。」
時は夕暮れ。私は流れのままに手を引かれ、ログハウスへ。子供達とカレーを食べ、老婆と話をしながら時を過ごした。
「おばあちゃん、お風呂はいってきまーす!」
子供たちは行儀よくカレー皿を洗うと、一目散に風呂場へとかけていった。
「いい子達、ですね。」
「そうね。でもそうでもしなければ、きっと怖いんだと思うの。」
どういう意味ですか、と私は尋ねた。老婆は最後の一口を食して、ごちそうさまと手を合わせた。
「あの子たちはみんな、親から捨てられ置いていかれた子達なのよ。まだ赤ん坊の子もいたわ。親は誰もわからない。だからもう、捨てられたくないという思いから、私に懐いて、それであんなにいい子にしてるんだと思うのよ。」
私もごちそうさまを言い、それを聞いた老婆は私の食器も一緒に台所へと運んだ。小さく弱々しい背中。私はこの老婆と子供達の平穏な日常が長く続かないことを、察した。
「それで、ここは孤児院、になるのですか?」
いいえ、と皿を洗い終わり台所から帰ってきた老婆は答えた。ゆっくりと腰を下ろし、話を続ける。
「私はもう、あの子達の母親代わりになるには、歳を取りすぎているわ。この命、いつ終わっても不思議じゃないもの。だから町の孤児院に行こうと言うのだけど、あの子達は行きたがらないの。そこだけは絶対に。きっと、また捨てられちゃうって、思っているのね。そんな私も、今の生活が幸せで、失いたくないって、無責任にも思ってしまっていて。」
私は伏し目がちに話す老婆の気持ちが、わからなくもなかった。しかしこれを肯定してしまうのは、それこそ無責任過ぎる気がした。その時、バタバタとこちらに向かう足音が聞こえた。
「おばあちゃん、おやすみなさい!」
風呂から上がった子供達が次々におやすみを叫んで二階へ上がる。老婆は、また明日ねと微笑むと、またすぐに表情を戻した。
「1日も早く、あの子たちの未来を考えないといけないわよね。私の身勝手で、路頭に迷わすわけにはいかないのも、わかっているわ。」
老婆はそう言うと、もう寝ましょ、と腰を上げた。私もそれ以上は問いただすことなど、出来なかった。
「ねぇ、起きて!」
子供達の叫び声で目を覚ました私は、驚くことに、
ベットの周り中で顔をぐしゃぐしゃにして泣いている子供達に囲まれていた。
「おばあちゃんが、目を覚まさないの!」
最年長の子が、泣くのをこらえて訴えた。まさかと思ったが、その日がついに訪れてしまったようだ。
老婆は息をしていなかった。まるで眠るように、穏やかな顔。私は首を横に振った。子供達はそれを理解すると、さらに泣き出した。
「いいかい、よく聞くんだ。君達はこれからも幸せにならなければならない。ここでの生活で、幸せが何かきっとわかっているはずだ。彼女は、おばあちゃんは、それを望んでいる。君達が幸せにいき続けることが、彼女の望みなんだよ。」
子供達は本当に聞き分けが良かったので、安心した。本当は狂ったように泣き出したいのをこらえて、誰もが私の話を聞いていた。こんな幼い子に何度も悲しい思いをさせるのはとても気が引けたが、私に出来ることはこれしかないのだ。
老婆を丁寧に埋葬すると、皆で祈りを捧げ、子供達は身支度を始めた。
「町に、連れて行ってください。」
そう、最年長の子が言うと、ぞろぞろと他の子も同じことを私に言った。体は小さくも、彼らはもう大人だと知った。
町の孤児院で事の経緯を話し、手続きが無事に済むと、子供達は泣くのをこらえ、笑顔を見せた。その最後の姿が私の脳裏に焼き付いて離れない。
私はしばらく孤児院の前で立ち尽くした。彼らの笑顔は、本当に老婆が望んだものであったのか。私のしたことは、正しかったのか。答えは、出ない。
孤児院を後にする時、子供達の笑顔がよぎり、胸の底が、チクリと痛んだ。
しかし、私は前に進むしかないのだ。