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雨の村、賢者の本を盗んだ少年



私は旅人だ。

あてのない、旅をしている。

なぜ旅に出たのか、それは後々話すことにしよう。


旅をしていくうちに、私は沢山の人と出会った。それは私をより人間らしくさせ、心を満たす材料となった。私の中にある記憶を少しずつかき集めながら、少し、話をしようじゃないか。



旅を始めて数日経った、ある日のことだった。

まだ、旅人になりたての頃だ。

その日は豪雨で、視界も悪く、雨合羽しか持ち合わせていない私は、歩くことをやめ、電車を待つことにした。

何時間も何時間も待って、私は古びた電車に乗り込んだ。もちろんあてはない。気が向いたところで乗り、降りるだけのことだ。

私の乗った車両は、誰も人がおらず、その為好きな場所に座り、暫く車窓から降り止むことのない雨を眺めていた。


次の停車駅で、大きな本を抱えたずぶ濡れの少年が乗り込んで来た。歳は16、7といったとこか。すぐに私に気づき、訝しげな顔をして声をかけた。

「あなた、この村の人ではない、ですね?」

そうだが、と告げると、少年は表情を変えて、今度は神妙に言った。

「じゃあちょっと、話をしても、いいですか?」

少年は私に許可も取ることなく、隣に座ると、小さく深呼吸したようだった。少年は、自分がずぶ濡れであることにあまり頓着がないようだ。

「僕の村は、ずっと、呪われていました。呪いを解かなければと、賢者が昔、一冊の本を残しました。僕たちはその本信じて、呪いを解くため、指示通りに従って生きてきました。指示通りにすれば、雨は不思議と止んだんです。しかしこの本は、村長しか読むことが許されず、僕たちはただただ従いました。でも、今はそれを僕が持っています。」

そう言うと、少年は手に持っていたずぶ濡れの本をじっと見つめた。私は相槌を入れることなく、じっと少年の話を聞いていた。果たしてこのままで風邪を引かないものか、と最初、少々気は逸れていたのだが。


「で、呪いとは、何なんだ?」

私は世間話のつもりで聞いた。少年の切羽詰まった感じを、なんとか落ち着かせようと思ったのだ。

「この、雨です。呪いは、村に光を与えない、というものです。雨の続く僕の村では、大した農作物が育たず、川は決壊し、山は崩れ、放っておけば村は壊滅状態に追い込まれます。そこで、呪いを解くために、あらゆるものを村長へ献上しなければならないのです。献上されたものを村長が本に従って処理する、というのが決まりでした。」

私はよくある、宗教的概念からくるルールなのかと思った。つまり神への貢物、または生贄により、神の怒りを抑えるといった類のものと認識した。ただそれが村長へ、というのは少々引っかかる。少年は続ける。

「最初は木ノ実や農作物、それでもダメなら家畜である羊や牛、そしてそれでも呪いが解けなければ人間を差し出さなければならないのです。」

やはりか、と想像の範囲内である言葉にやれやれと困った私は、どう切り込んで良いものか考えていた。

「そう、今度の雨は、止むどころか一層強く降っています。呪いは人間以外のものでは解けないと、村長は決定しました。それが、僕の恋人でした。」

ますます表情を強張らせて話し続ける少年になんとか救いの手を、と思いながら私は話を聞くばかりだった。そして少年は、吐き出すかのように言葉強く私に突きつけたのだ。

「僕は、だからその本を盗んだんです!人間を差し出して雨が止むなんて、そんな話が信じられますか!村人全員を敵に回してでも、本を盗んでどこまでも逃げてやろう、って。僕が恋人を守るには、もうそれしか残されていないんです!」

おやおや、なんだか話の方向が怪しくなってきたように私は感じて、少年に説得すべきか考え始めた。

「その本がなくなっても、生贄を差し出す行為は終わらないんじゃないのか?君が本を持って逃げているだけで、解決にはならない。」

私は諭すようにゆっくり、相手の表情を見ながら言った。

「この本には、本当のことが書かれていると、僕は思っていたんです。村長が言っていることが正しいのかどうか、それを確かめたかったんです。最初はその事実を知るだけでよかった。だけど、本を読んでいるうち、本当の真実を知ってしまったんです。」

私は慎重に頷き、少年が誰にも言えない悩みを抱えていることにようやく気付いた。

「呪いの真実を、君は知ってしまったんだね。」

はい、とまっすぐな目でこちらを見つめる少年。その瞳は純粋無垢でありながら、どこか怯えていた。

「村は、最初は呪われてなんかいなかった。今も、きっと呪われてはいないんです。呪いをかけたのは、この著者である、賢者なんです。もちろん賢者はもういません。大昔のことですから。しかし、賢者の末裔は、ずっと村長の務めをしてきました。呪いという名目で、代々村長である賢者の家系は、私服を肥やしていったというわけですよ。雨が降れば、村人から農作物が手に入る。もっと降れば、何もしなくても家畜を食らうことができる。そして、最終的には、村の若い娘を、村長が、ああ!」

そこで、少年の言葉は詰まった。

きっと村娘は、村長のおもちゃになり、挙句に殺される。暇つぶしのつもりだろうか。察しはついていたが、真実は、いつも残酷だ。悔しそうに少年は涙を流し始めた。本を持って逃げても何も変わらないことは、少年自身が一番わかっていたことなのだ。しかし、本がない今、村長は少しのパニックに陥り、恋人である娘は、もしかしたらまだ無事であるかもしれない。

だが、そんな話は、架空のお話に過ぎないのだ。

「君は今、それを知って逃げている。少々の時間稼ぎになるかもしれないが、そのうち村はまた同じことを繰り返すんじゃないのか?もとより、恋人の無事をその目で確認しなくていいのか?君には今、出来ることがあるはずだ。すぐに電車を降りて村に戻り、真実を伝えることが、君の使命じゃないのか。」

少年には辛い仕打ちをしていると思った。しかし多分、少年もどこかでそれをわかっていながら、不安に駆られてしまった。古くから伝わる呪いの書。それを盗んで逃げるなど、きっと並大抵の勇気では成し遂げられないだろう。そして、私という外の人間にしか話すことができず、迷っていたのだろう。だからこそ、私は強く伝えることが正解であると、思ったのだ。


間も無くして、少年は立ち上がると頭を下げて私のことを見ずに、電車を降りた。次の戻り電車が来るのにあと何時間待つのか。その間に少年が何を考え、実行しようとするのか。私にはわからない。しかし、少年はきっと逃げることをやめ、現実と戦ってくれるだろうと、私は願うほかない。


車窓からは雲の切れ間が覗き始めた。あの村からどれくらいの距離、進んだのだろう。果てしなく遠い時間に感じられ、私は眠りに落ちた。


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