『出会いの予感』
お待たせしました。
主人公パートです。
『出会いの予感』
夏休みのとある日
眠ることのない都会ではあるが、明け方の僅かな時間 『静寂』 を取り戻す。
スクランブル交叉点、迎賓館・皇居前の通りさえもクルマの姿影が途絶える。
まだ薄暗い中、都庁を右手に新宿御苑と明治神宮を縫うように一台のバイクが走り抜けて行く。
人気のない広い道路。
朝焼けの中、首都高を風のように疾る。東京の爽やかな朝を、マシンが駆け抜ける。
バイクは東名高速を西へと、ひたすら走っていく。
富士山、浜名湖をチラリと横目で追いながらも、高速を下りることなく通りすぎていく。
どうやらライダーはソロツーリングを楽しんでいるようだ。
長旅をする予定だろうか?
リアシートには、いささか強引に荷物が括り付けられている。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
「就職活動をするから、次はお前な」
去年の夏、矢作先輩は少し寂しげに俺に云った。
そんな経緯で、先輩から格安でレトロなバイクを譲ってもらった。
単調でつまらなかった大学生活は、一変した。
愛車(SR400)は、俺に自由の翼を与えてくれたのだ。
(それはもう、ヤマハ車だけれどもホンダのエンブレムをつけたくなるくらい『おれの翼』だ……)
大学の先輩方から後輩へと代々受け継がれているため、かなり古いマシンだが整備はバッチリだ。
今朝もキック一発でエンジンが始動した。
慣れてしまえばデコンプレバーすら使わなくて平気だ。
(セル車なんてバッテリーが上がってしまえばどうにもならない。)
この『変わらない事にこだわる』バイクが、俺は大好きである。
昨年の秋からこいつを相棒に、俺は各地を巡っている。
今回は関西の方へ|あし≪・・≫をのばすつもりだ。
夏休みだから時間も自由だ! むろん、この日のためにバイトをしたから軍資金だってある。
「どこまでも、ひたすら走るぞ」
目的地など決めていない、とりあえず西へ! それだけだ。
≪養老S.A≫
パーキングの片隅に、マシンを停める。
ヘルメットを無造作にミラーにひっ掛け、サービスエリアの建物へと向かう。
とりあえずは、水分補給だ。
グローブを脱ぎ、ポケットの小銭を投入口に突っ込み適当に選択する。
「とりあえずは、アイスコーヒーでいいか」
自動販売機から缶を取り出しおもむろにプルタブを開け、冷たいブラックを喉に流し込み一息つく。
その冷たさに、疲れた体が生き返る。
「ふぅ~ぅ、少々強行しすぎたかな」
壁に背中を預け、今度はゆっくりとコーヒを味わう。
夜明け前に出発したおかげで渋滞に巻き込まれなかったとはいえ、ここまでに休憩を含め5時間ほどかかった。
インフォメーションでは、ところどころ渋滞がでている様子だ。
「まあ、夏休みだからなあ」
バイクは気楽だ、渋滞地獄なんてしょせん他人事さ。
「ただ移動するだけじゃつまらないし、そろそろ俺の『旅』を始めようかな」
距離を稼ぐことから、旅を楽しむことへとシフトするとしよう。さて行くか。
空き缶をゴミ箱に放り込み、再び装備を身に着ける。ツーリングを再開だ。
マシンにまたがり、ペダルお思いっきりキックする。
「えいやっ!」
”ガコン”
アイドリングを始める相棒
”ドコトコドコトコトコ”
単気筒特有の独特な振動が心地よい。この調子なら、どこまででも走っていけそうだ。
≪高速道路の標識≫
名神と北陸道の分岐の案内標識が見える。
先ほど見かけた、『長浜』の文字が、俺にとある計画を思いつかせた。
「長浜か? そういえば、まだラーメンを食べていないな」
『長浜ラーメン』 うん、いい響きだ。
バックに突っ込んだラーツーセットもいいが、本場のラーメンも捨てがたい。
『ラーツー』とは、旅先のロケーションの良い場所でバイクを止め。風景を楽しみながらコンロでお湯を沸かし、風の音をBGMに聞きながらカップ麺を啜るというライダーのみに許された食事のことだ。
それをサポーとするためのコールマンと100均ナベと水の入ったボトル、そしてカップ麺だ。
(渋いオヤジさんになると、珈琲になったりするらしい)
ラーツーは最高だ。といっても、それはそれ、これはこれだ。
もう一度言おう、職人が作る味も捨てがたい。
「ラーメン好きの俺として、これは絶対に外せないぞ~っ。いざ参る」
妙にテンションが上った俺は、ヘルメットの中で独り叫ぶ。
ソロツーリングをするようになってから、ひとり言が増えた気がする。
車に乗ると愚痴が増えると矢作先輩も言っていたし、みんな同じなんだろうな。
米原JCを一路北陸道へハンドルをきる、神田のSAを横目に長浜ICを目指す。
そこで高速を下りるつもりだ。
北陸道は名神と違って流れる車の数が少なく、とても快適だ。
思わずインターを通り過ぎてしまいそうだ。
速度を落としインターチェンジの緩やかなカーブを曲がり、料金所へ向かう。
ETCなんてこざかしいモノはついていないので、いったん手前でバイクを止めグローブを外しチケットとお金を取り出す。
料金所で”わたわた”するのは、俺の性分じゃない。
素早く支払いを済ませ、アクセルをふかす。
信号は青。
「いくぜ長浜ラーメン! 待っていろ~!!」
標識だけを頼りに、県道37号線(通称:馬車道というらしい)を西へと愛馬を駆る。
市街地にラーメン屋を求めて……。
出会いまでは、もうしばらくかかります。
お楽しみに。