『とある日常の光景』
『とある日常の光景』
自動車学校に通う女生徒がいる。
田舎に住む以上、自動車の運転免許は必修だ!
どこに行くにしても、車なしではいられない。
住むところによっては、コンビニだっていうほど地理的にコンビニ(便利)というわけじゃない。
だから、春先や夏休みに皆がせっせと通う、日常の足を確保するために。
そろりそろりと、教習所内をクルマが構内を走っている。
教習は厳しい!
教官がまるで意地悪するみたいにブレーキを踏む。
それに合わせ、急停止するカラフルな教習車。
シートベルトをしているものの、思わぬ突然のブレーキで前のめりになる少女。
目の前には、黄色からようやく赤に変わった信号が……。
「遠藤さん、前を良く見てくださいね。予測行動を心がけてね!」
中年の教官が、したり顔で注意する。
「……はい」
少し頬を膨らませ、いささか不機嫌な遠藤さん(仮)である。
少し気の毒ではあるが、こればかりはいた仕方がない。
こうして皆、社会を知りルールを学ぶ。いささか嫌な思いをしながら運転免許証を手に入れるのだ。
※)黄色は停止です。停止位置から先へ進んではいけません。
但し、黄色の灯火に変わった時に停止位置に近づいていて、安全に停止することが出来ない場合を除きます。
ですから、教官は別に意地悪なのではありません。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
― キャンパス -
「くぅ~っあのクソ教官、腹立つわ~」
昨日の出来事話しているうちにイヤなこと思い出したのか、遠藤さん(仮)が親友に不満をぶちまけている。
つややかの長い黒髪を振り乱す様は、元がかなりの美少女だけに少々残念だ。
「ねねは少しばかり、”ぼ~っ”としているからね」
雑誌に目をおとし、明らかに親友の愚痴を聞き流している。
「由美子はいいわよ、教官相手に可愛い子ブリッ子してノーミスで路上でしょ!」
ねねと呼ばれた娘(遠藤さん?)は、納得がいかないとばかり、プクッと頬を膨らます。
それにしても『可愛い子ブリッ子』とは、いささか表現が古い。
由美子と呼ばれた女生徒は、やれやれとばかりに雑誌を閉じねねの方を向く。
「あんたが要領悪いんでしょ。普段あんなに愛想が好いんだから、もっと教官に好かれるようにしたらイイのに」
「こっちがお金を払っているのよ、いわばお客なのに。納得できな~い」
「あ~はいはい、補習もタダじゃないんだからガンバんなよ。ねね」
「う~」
さすがに補習は時間とお金の無駄だと思ったのか、言い返せそうになかった。
「もー拗ねないの、お昼おごってあげるから」
「ホント、やったぁ~! 由美子大好き!!」
「その代わり、治部少さまの事もっと教えてね!」
「は~、由美子が歴史に興味をもってくれたかと思ったら。ゲームが原因だもんね」
肩をおとしながら、うなだれ”少しばかりげんなりしました”というポーズをするねねであった。
※ ※ ※
おしゃれな喫茶店でランチをとりながら談笑する花の女子大生。
ひとりは私。歴オタと云うか。
地元 『 長浜 』が大好きな、”遠藤ねね”
もう一人は……ある日”にわかオタク”になった、親友の”国友由美子”
私たちは、とっても気が合うわ、話なんていくらだって盛り上がれる。
ランチタイムだって、ふたりいつも一緒だわ。
ここの日替わりは、紅茶とケーキもついていてお値打ちなのよ。
同じ高校から同じ大学に入った友達の由美子。彼女は歴史にまるで興味がなかったんだけれど……。
私はとある日のことを回想する。由美子が”三成オタ”なった日である。
数年前のある日の事よ。
由美子はいきなり、「三成さまが好きになった!」と私に言ってきた。
石田三成が好きになったと言うから、私はてっきり歴史好き仲間が出来たと喜んだのに。
彼女は、歴史好きではなくただ単にゲームのキャラ好きだった……の、残念!
まあ彼女は元から2次元3次元問わず、面食いだったしね。
自由奔放で活発な由美子は、文化祭の時なんて『三成のコスプレ』をしていたからなぁ。
ヒゲまでつける女子高生は、そういないと思う。
(みつなり子ちゃん、ヒゲがおもしろかったなぁ)
「何を思い出し笑いしているの」
由美子が私を軽く睨んでくる。こわくないもん。
「別にいいじゃない」
「ゲームの世界もバカにできないわよ。
最近では(長浜の)街じゅうを”みつなりタクシー”が走っているんだから」
「あ~、こないだ千里に付き合わされたアレね」
私は、もう一人の友達を含めた3人で『観音の里めぐり』をしたことを思い出す。
(さらに想い出シーン)
タクシーで巡るには、些か難儀したわ。
もうひとりの親友、小堀千里は、今年から長浜市の職員になったの。
市の広報の関係で、今は『観音の里』をPRしているみたい。
そのせいか、先月。
「ねねっ、長浜・高月の観音さまについて教えて~」
と、私に泣きついてきた。
スーツ姿で少しは大人っぽくなったかと思っていたけれど、やはり泣き虫のままね。
少しも変わらないわ。
「わかったけれど自転車をこぐのは嫌だから、車出してよ」
「ごめん、まだ免許取れてないや」
あははと、あたまを掻いてごまかす千里。
就職するのなら車の免許を早く取るように言っていたのに、3月生まれな事もあって間に合わなかったらしい。
「は~、仕方ないな。誰かに車を出してもらおうか」
「え~、それはご遠慮したいな」
千里は人見知りが激しい、そんなんで職員なんて務まるのかな?
「なになに、私も混ぜて!」
由美子が面白そうと話に加わってきた。
「そんなのタクシー頼めばいいじゃん、3人で割り勘ならそんなにしないしさ」
そういうわけで木之本・高月方面をタクシーを頼んで、女3人で廻ったのだった……。
悪友由美子が加わったため、噂の『みつなりタクシー』で行くことになった。
まあ、いきなり初心者の運転というのも怖いし良かったと思う。
(でも、みつなりタクシーなのに観音めぐりなんかしてホント良かったのかしら。
運転手さんも最初、目が点になっていたよ。
車内は三成の話で盛り上がったから、私的にはとても面白かったけれど。)
先日、千里に会った時は。
「夏休みがある学生が羨まし~い」と、ぶ~垂れていた。
いざ就職してしまうと、まとまった時間を取るのがむずかしいらしい。
免許を取るのに貴重な有給を使ってしまったと聞いた。
ー 閑話休題 ー
「ねねぇ、いい加減にかえってきてよ~」
由美子が涙目で私の肩をゆする。
「いけない。また思い出にひたっていたわ」
「まったく、勘弁してよね」
「えへへ、ごめんごめん」
そのあとも私たちは、食後の紅茶を飲みながら話に花を咲かせた。
「早く免許が欲しいわぁ」
「それは同感!」
「でもめんどくさいわ~」
背もたれに体を預け、椅子をブランブランしている。
お行儀悪いわね。でも同感。
『卒業検定』や、『学科試験』 学生にとって試験と名のつくものはみんな、頭痛のタネだわ。
テストに悩まされるのがイヤなのは、だれだって同じよね~。でも早くクルマを運転できるようになりたいわ。
「ねえ、由美子。免許取ったらどうする?」
「もちろん、琵琶湖一周よ!」
「「だよね~」」
滋賀県民は、免許を取った時・新車を買った時、琵琶湖一周に出掛けるのだ。
それ以外で琵琶湖の向こう側に行くことはまずない。ある意味ハワイより遠い。
「むかしは、琵琶湖の向こうにアメリカがあると思っていたな~」
「いたいたそういう子」
「ああはは」「うふふ」
免許取るの楽しみ!
由美子に先を越されないように頑張らなくっちゃ。