プロローグ
寝坊した!
俺は、ひたすら約束の場所へと走る。
「間に合ってくれ!!」
昨日はなかなか寝付けなかった。
人生始めて『デート』の約束をしたんだから、眠れなくても当然だろう。
しかし、昨日入った温泉の効能のおかげか。
はたまた、宿泊した国民宿舎の布団と枕が俺にジャストフィットしていたためなのか。
いつの間にか、ぐっすりと寝入ってしまった。
それはもう、ホント言い訳できないほど……。
ありがたい話なのだが、今の俺にはありがたくない。
「ありえねぇ~」
とりあえず宿に荷物を預けたまま、俺は約束の場所へと急ぐ。
「すみません少し出掛けます。すぐ帰ってくるんで~」
宿のすぐ目の前に見える立派なお城には目もくれず、走った。
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- 大都会東京 -
地方であれば大きいといえるビルも、はるかにそびえる巨大な摩天楼に見下ろされている。
天上に住まう者にとって、眼下に見える人間の行動など蟻の営みと等価なのではなかろうか。
人は己の持つ『いのちの時間』が有限である事を忘れ、愚かしくもひたすらルーティーンワークを繰り返している。
眼下に見えるどこの通りも、渋滞で車が溢れかえっている。
個人個人の小さなエゴのために、まるで進まない車の列。これは果たして道路といえるのだろうか。
人の波で、新宿駅のホームはごった返している。混雑する時間帯だ、仕方がない。
「なんど来ても慣れないな」
東京の悪いイメージといえば、人が多すぎることであろう。
通勤時ともなれば、まるで地獄のようなラッシュが飽きることなく繰り返されている。
満員電車から吐き出される人、人、人。
人の波。
人は多いが、皆が無関心を装いそっと心を閉ざす。見知らぬ者同士が、互いに身を寄せあっている。
まるで機械の部品のように……。皆それぞれが、ネジや歯車になりきっているかのようだ。
皆が、まるで出荷を待つ荷物のようだ。整然と列に並び、会社や学校へと向かっていく。
その中で、ベンチに腰を掛けぼやく者がいた。
「確かに電車のダイヤは正確だし、本数も多い。でもこの混雑はさすがにないんじゃないか!!」
人ごみにうんざりする青年の姿があった。
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≪近江長浜≫
JR長浜駅から田村駅へと走る電車の車窓には、田園風景が広がっている。
春のうららかな陽気と、そこかしこに咲き誇る桜。
そして右手には、きらめく琵琶の湖。
長浜駅を出た電車は、早春の近江路を南下して行く。
始発駅ゆえ、早めに乗車すればたいてい座れる。
運悪く席を確保出来なかったとしても、混雑にうんざりすることはまずない。
新快速ではあるが、のんびりとしたものである。
やがて見えてくる長浜地方卸売市場と長浜ドーム。
田村駅に到着し、電車は人の集団をはき出す。
降車客には、バイオ大学や滋賀文教短期大学に通う生徒が多い。
その中には仲の良い友達と談笑しながら歩く、新入生の初々しい姿も見受けられる。
無人の田村駅ではあるが、通学時間ともなるとそれなりに乗り降りがある。
電車の車掌(運転士)が安全確認とともに降車客を見送る。
出勤するサラリーマンであろうか……。
乗り遅れまいと慌てて駆け寄る背広姿の男をジッと待つ電車、車掌が指差し確認し再び走り出す。
忙しない都会ではあり得ない、のんびりした田舎の風景である。