はらぺこ人外
このものがたりをいもうとのかもつに
「あ、あれはなんだ・・・」
南極観測基地で気象の観測をしていた局員が覗いていた双眼鏡から目を離して、驚いたような声を上げました。
それもそのはずです。南極大陸の寒い寒い吹雪舞う雪原の中で人間のようなもの一人が歩いてこちらに向かって来ていたからです。
それは人間のような形をした人外でした。
その人外は吹雪や寒さも気にもしない様子で、まっすぐにその南極観測基地に向かって来ていました。
その人外はおなかがぺっこぺこだったのです。
「そんな馬鹿な・・・」
双眼鏡を覗いていた局員はこちらに一歩一歩ゆっくりと近づいてくる人外を見てそのような声を上げました。
局員の足元には一匹の犬がいました。その犬がくうーんと助けを求めるような声で鳴きましたが、しかしその局員にはどうすることも出来ませんでした。
人外はその基地にいた人間も含めた動物を全部食べてしまうと、少しも休む事をせず、また基地の外の猛吹雪に向かって歩き出しました。人外はおなかがぺっこぺこだったのです。
南極大陸にいた全ての生き物を食べ終わると、人外はインド洋側から海に飛び込みました。そしてインド洋の生物も手当たり次第にドンドンと食べつくしながら、オーストラリア大陸に向かって泳いでいきました。
人外がオーストラリアのタスマニアに泳ぎ着くと、また少しも休まずにそこにいる全ての生き物を食べ始めました。鳥も虫も魚も哺乳類も人間も何も関係ありませんでした。人外はそこにいる全ての生き物を食べて回りました。隠れている生き物も全て逃さず見つけ、そして食べてしまいました。そしてタスマニアに何も生物がいなくなると、人外はオーストラリアに泳いで渡りました。途中フェリーや貨物船や漁船があるたびに、人外はそれに乗り込んで、乗っている全ての生き物を食べつくしました。とにかく人外は全ての生き物を食べつくして進んでいきました。人外はそれでもおなかがぺっこぺこでした。
人外はオーストラリア大陸とその周辺の海の全ての生き物を食べつくすと、またインド洋に飛び込みそしてインド洋の生物も全て食べつくして、今度はユーラシア大陸に向かいました。
次に人外が泳ぎ着いたユーラシア大陸にも様々な生き物がいました。それに色々な人間もいました。水爆の実験で世界中から非難をされている人もいましたし、中東の揉め事に戦々恐々とする人もいました、逆にその問題にどんどんと油を注ぐ人もいました。爆買いする人もいましたし、難民の人もいました。洪水に喘ぐ人もいましたし、イルカを捕食する人も、それを蛮行だと言って妨害する人も、海から顔を出す愛らしいイルカもいました。
しかし、おなかがぺっこぺこの人外にしてみたらそんな事はどうでもよく、今までと同様、トラクターを使って田んぼの稲を刈り取るみたいにそこにいた生き物を全て食べてつくしていきました。人外が向かうところには常に泣き声や叫び声が上がり続けましたが、まったく関係なく次々にそこにいた生き物を食べていきました。中には武装して人外を攻撃してくるものもいましたが、そういう奴も特に関係なく捕まえて食べ続けました。他にも恐怖で自殺しそうになっているものも、逃げようと思って水に落ちて溺れ死にそうになっているものも、聖戦だといって爆弾を体に巻いて突っ込んでくるものも、神様に熱心に救いを求めているものも、その人外を神様と崇めるものも、核のボタンを押そうとしているものも、一切合切関係なく人外は、そこにいる一切の生き物がいなくなるまで食べ続けました。しかし人外は相変わらずおなかがぺっこぺこでした。
やがてユーラシア大陸の生き物が全ていなくなってしまうと、人外はそのまま歩いてアフリカ大陸に渡り、そこでも同様に生き物を食べ続けました。サハラ砂漠では丹念に生き物を探しては食べるという行為を繰り返し、一切の取りこぼしが無いようにしました。ナイル川では先に水を全て飲みつくし、後に残った生き物を総ざらいして食べてしまいました。サバンナでもシマウマの群れを一気に飲み込んだり、襲い掛かってくるライオンの群れをぱくりと一口で食べたり、水浴びをする象の親子なんかもその辺のカバとかワニとか一緒くたに食べてしまいました。マダガスカルでは人類がまだ未発見の昆虫等も山ほどいましたが、人外には関係なかったので、無関心に無遠慮に全てを食べつくしてしまいました。エボラ出血熱にかかった人も国境なき医師団も皆、一切の垣根なく食べつくしていしまいました。
しかし人外は、それでもおなかがぺっこぺこでした。それだから人外は休むことなく、まず南大西洋側に飛び込み、南大西洋の生き物を一切の例外なく食べつくしながら、南アメリカ大陸に泳いで向かいました。その際アメリカから核爆弾を海に落とされましたが、それでも人外は気にせずに生物を食べ続けました。そして南アメリカ大陸最南端、フロワード岬から上陸すると、北に向けてまた生き物を残らず食べ始めました。
高地に住んでいようが、サッカーで将来有望な選手になろうが、コカインで麻薬王になろうが、まったく関係ありませんでした。人外はそれが生き物であれば関係なく食べ続けました。人外はおなかはまだまだぺっこぺこだったのです。
そうして人外が南アメリカ大陸の生き物を全て食べつくすと、そのまま北アメリカ大陸に向かい、そこでも同じように生き物を全て食べつくしました。ミサイルを撃たれようが、毒薬を使われようが、橋を爆破されようが、人外には無意味な事でした。人外はただただおなかがぺっこぺこだったのですから。
そうしてすべての大陸の生き物を食べ終えると、人外は北極に渡り、そこでも今まで同様に生息している生き物を全て食べつくしてしまいました。
そしてその次に、人外は何をしたでしょう?
何と人外は、海に口をつけてごくごくと海の水を飲みだしたのです。
人外が海の水を飲んでいくと少しずつ少しずつ海の水位は下がっていきました。そして飲んでいるうちに、残った海の生き物もどんどんと吸い込んでいきました。
やがてあれだけ大きな海がすっかり干上がってしまうと、人外は海だった場所に降りて、場所場所で残った海水も残らず飲みながら、そこにいた生物などもすべて食べてしまいました。
そうして世界の生き物は一匹残らず人外の腹の中に収まり、地球上の生物はすべていなくなってしまいました。
人外はその日の晩、海水を飲み過ぎたからなのか、お腹がとても痛くなりました。それでも人外は泣きませんでした。
次の日、人外は海だった場所を歩いてユーラシア大陸に戻り、イギリスはロンドンに向かいました。その途中で家電製品の売っている店に立ち寄り、そこからソーラー発電機と、ビデオカメラ何台かと、ソーラー発電時計等を持ち出して、それらをスーパーのカゴに積んで押しながら、ギネスワールドレコーズの本社に向かいました。
そして無人になったギネスワールドレコーズの本社に着くと、その建物の一室に何台ものビデオカメラと三脚を設置して、人外はそこで自分の姿を撮影し始めたのです。
人外はもう、はらぺこじゃなくなっていました。
人外がギネスワールドレコーズの本社で自らを撮影し始めて、ちょうど一年が経過すると、人外の体は、ばああん、といって破裂し、跡形も無くなってしまいました。
そして、人外がこの世からいなくなると同時に、空っぽになってしまった海に海水が戻り、そして世界中にいなくなった時と同じ状態で生き物が戻りました。これっぽっちも良くなるわけではなく、これっぽっちも悪くなるわけでもなく、本当に元通りになったのです。
ただ、人外によって全ての生き物がいなくなったその瞬間から、世界はちょうど一年が経過していました。
そして全ての生物にちゃんと人外に食べられたという記憶が残っていました。
ギネスワールドレコーズに残っていたビデオの山には、人外の一年間が記録されていました。
人外はその記録が一秒たりとも途切れることの無いように複数台のビデオを使って録画しており、本当に三百六十五日分31536000秒の映像が残っていました。映像の中にはソーラー電池時計も写りこんでおり、それは確かに世界に人外以外の生き物が一切存在しなかった一年間を示す証明になりました。他にも街に残っていたソーラー電池時計は、ちゃんと無生物だった一年間を示していました。
ギネスは、その一年を『一切の時間が停止していた記録』として正式にギネスに認定することにしました。世界の他のどの国も、そのことに文句は無いようでした。
それからまたどれくらいの時間が流れたのか、その頃には世界も少なからず、人外が生まれた頃とは変わっておりギネスに残っていた『一切の時間が停止していた記録』というのも、多少人々の解釈が変わっていました。
『他者の命を奪うことが一切無かった最長記録』
そこから更に、
『平和だった記録』
として。
今ではそうしてこのギネス記録は世界に残っています。
そして、この記録が生まれた時から、世界にどれほどの時間が経とうとも、どれほどの年月が流れようとも、そのギネス記録はもう二度と破られることはありませんでした。
童話祭の参加予定キーワードの中に人外っていうのがあり、その言葉がとても差別的な感じがして、かっこよかったので、考えました。




