【56】
御婚姻の儀まであと2日。
このまま何事もなかったと判断する間際に、事態は急激に動いた。
庭を一人で散策するジュリに、死角に居たミゲルが話しかけてきた。
「ねぇ、ジュリ様、本当は何が目的で城に近付いたんだ?」
ジュリはハッとした表情を浮かべてから、必死に取り繕うフリをした。
ミゲルは素早くジュリの腕を掴んだ。
「ジュリ様にとって損はない。明日同じ時間に迎えに来る。外出許可を貰ってくれよ?」
と、グッと顔を寄せ目を細めた。
「ジュリ様にしか出来ないんだ。報酬は出す」
ミゲルはサッと身を隠して、ジュリから離れた。
翌日、用意されていた馬車に乗ると、敵のアジトへ案内された。
ジュリは引きつった笑顔を見せて、恐る恐る扉の内側に入った。
奥にある椅子に座っていたのはジュリから見たら知らない人物だが、洋子には見覚えある。ぎこちなく貴婦人の礼をした。少し間を空けて狼狽えながら訊ねた。
『あ、貴方様は?』
「ふふふふふ。ジュリ様の恨みは深いね。私に協力させて貰えないだろうか?」
ジュリは眉を上げた。
『協力?何の事でしょうか?』
「隠さなくても良い。ジュリ様はクリスティーヌ家を衰退させたオズ皇子が憎いのだろう?」
ハッとした表情を見せてから、俯くジュリの手の甲は小刻みに震えている。
隣にミゲルが来て、優しく手を握ってくれた。
「今まで辛かったろうな?私はオズ皇子に不正を暴かれ退却した王の姉ディアボロス。私はオズ皇子に一矢報いたい。同士よ共に戦おうぞ?」
心中は《勘弁してよー》と雄叫びを上げていたが、
『わ、私の思い、無駄では…なかっ…』
静かに涙を流すジュリに、ディアボロスは囁くように言った。
「ジュリ様には、オズ皇子にコレを式当日に飲ませて貰いたいのよ」
妖艶というより悪魔そのものの笑みをジュリに向けながら、小さな瓶をジュリに手渡した。
震えた両手でジッと小さな瓶を見つめた。ふと顔を上げて、ディアボロスの申出に感動する役回りを演じていた。
けれど、本物のジュリならば金銭に執着があるはず。
『ディアボロス様、畏れながら確認させて頂きますが私への報酬は?』
ディアボロスは呆気に取られた表情をしてから、甲高い声で笑った。
「やはりクリスティーヌ家は抜かりないね!ジュリ様が気に入ったよ。ぜひ私の侍女となるよう手配しよう。前金はこの瓶さ。転売する価値がらあるのだ。何せ全身の力が出ずに相手の意のまま、されるがまま!下衆な野郎が女を襲う時に使う高値の秘薬だからね。後金は10万ギルを渡そう」
『あ、ありがとうございます』
ジュリは崩れ落ちるように、ディアボロスの手前で平伏せた。
一部始終を覗く小さな二つの目に、部屋にいた3人は気づかなかった。




