【51】
洋子は投げられた言葉を気にするより、沙織の身体が心配だった。このままでは身体が持たない。
《闇には一層深い闇を。Weather…》
魔界での闇魔法は無限に力を発揮できる。洋子は闇魔石のみで作った数珠を沙織の身体に絡めていく。
《出でよ、玄丞》
〈闇の力を魔石に貯めると、こんな事まで可能なのか?さすが儂が惚れた女だな〉
軽口を叩いてはいるが真剣に魔法を操っているので、敢えて何も言わないでおく。
やがて沙織の目から再び涙が溢れて、フッと全身から力が抜けて気を失った。洋子独自の結界を施して、ルシアと部屋を出た。
別室の部屋でぼんやりしていた。沙織との再会に頭がついていけないのだ。ルシアが謝罪の言葉をかけた。
「洋子、ゴメン」
ルシアに沙織を助けてくれた御礼を言っていなかったのを思い出した。
『ゴメン?どうして?Lucifer、沙織を助けてくれてありがとう!』
ルシアは無言で洋子を抱擁して自分のマントの内に閉じ込めた。
「バーカ。本人の前でさっき聞いたし。オレの前で無理するんじゃねぇよ。喚きたかったら喚け、泣きたきゃ泣け」
ルシアの優しさが伝わってくる。
『Luciferの鼓動、スゴく落ち着く。弟じゃなく兄かも?』
「アホか。泣けない洋子よりは年上だけど?魔族は人族の2倍で数えろよな。知らなかったか?」
『ふふふ。私達同い年かもね?沙織はもう魔界から出られない?』
「あぁ。身体が変化した者は魔界じゃないと生きられん。例え魔毒に侵されるリスクがあってもな。身体が腐敗した者や魔法を制御出来ずに暴走した者も同じだ。わかってるんだろう?」
わかっているからこそ、沙織を放っておけない。泣きながら暮らすより笑って過ごして欲しい。
『沙織を頼める?』
「あぁ。だが、魔界では弱過ぎる沙織はオレと同等には扱えない。伴侶にすれば弱みとして即暗殺されてしまうだろう。オレの式として生きると誓えば別だかな」
式とは僕の事だ。沙織にルシアを慕う気持ちがなければ契約できない。だが契約できれば部屋からは出て永く生きられる。
「オレの家に戻ってさえくれない。沙織の気持ちは閉ざされたまま。悪いな、洋子。報せが遅れたな」
『Luciferは悪くない』
「なぁ?オレと黒狗の重婚でも構わないんだが?」
『………』
舌打ちするルシアが露骨で、洋子はクスクス笑い出した。
翌朝、再び沙織を訪れた。魔界で食べられる果実とおにぎりと緑茶、みたらし団子とアベカワ餅を持って。
『沙織、おはよう!一緒に朝食しよ?』
洋子はこの一年間、必死に生きてきた軌跡を話した。過去も現在も赤裸々に紡いでいく。トイとの関係も今の状況も隠さず語ることがルシアへの信頼を得るきっかけになればいいと思った。
「洋子はトイって獣人族が好きなの?」
『うんっ!早く逢いたい。でも月影との約束ありき龍達ありきの私だから』
「洋子ったら、いつも自分を後回しにするよね?そういえば、ルシアは魔界の皇子なのね」
『ええっ?気づいてなかったの?』
「己の不幸しか頭になかったのよ、今日までは。洋子のみたらし団子、美味しかったわ」
『水中のルシアの家は快適だと思うわ』
「そうね。ファンタジックな世界に来たんだもん。楽しまないとね?」
部屋の扉を叩く音がして、Luciferが入室した。
「沙織、洋子、家へ戻るぞ?」
『私は帰るわ。沙織とLuciferに会いに来るね』
「洋子、これを遣ろう」
黒色と金色の対になるピアスだった。
『ありがとう!守護獣達の魔導器ね』
「あぁ。僅か5ミリの魔石に見えるが彼等の一部だ。いつでも喚ぶがいい。勿論オレもな?」
『はいはい。Lucifer、ありがとう。沙織をよろしく』
《ゼウス、お願い。ハデス、またね》
〈承知した〉とゼウス。
〈待ってるぞ〉とハデス。
これ以上洋子がいなくても、Luciferと沙織は、互いの気持ちを思いやることが出来るはずだ。




