【15】
「恵土の月」も終わりが近づくと日本の晩秋を思い出す。木枯らしが吹いている。マスクと手袋を着けて薬草採取をしているが明日から当分無理だろう。霜が降りて本格的な冬の到来だ。
空を見上げると雲が幾重にも重なって陽を遮っている。あれは…
《紅蓮と瑠璃のお知り合い?》
紅蓮[雷を操る者だ]
瑠璃[天の守護者よ]
紫色の雷が目の前に降りてくる。
大きな翼を広げて現れたのは双龍に劣らぬ荘厳で優美な姿をした鱗が紫色の白龍だった。
[五色を纏う黒魔女よ。地の守護者を救い出してくれぬか?]
紅蓮[今の洋子ならできるかもしれぬ]
瑠璃[其方の力無しでは叶わん]
洋子は遠征依頼の声無き声を思い出した。
[空の声に耳を傾けて]のメッセージは天龍のことではないかと…
《紫雲。私は佐藤洋子。天地の守護者のことを教えてください》
[洋子。真名を授かった。
我、紫雲は皆から崇められる天龍だが、我だけではなく相対する地龍が存在して始めてこの世界を見据え導くことができる。
しかし地龍は闇の力によって閉じ込められている。
今、地龍を助け出さないと春は訪れぬ。
闇の力に対抗するには光では敵わない。同じ闇の力を上回る闇の力でないと抑えられない]
《誰かわからないけれど私を呼ぶ声が聞こえたの。あれは地龍?》
[龍なら容易く聞き取れる。闇の力で妨害されているやもしれぬ]
各属性の長は龍だという。紅蓮は[火]瑠璃は[水]紫雲は[光]ということは地龍は[土]なのだろう。ならば[風]の龍も存在するはずだ。
かつて五属性を操り自ら闇属性を持つ者。即ちWeatherの魔法を使い禁忌と言われる闇属性を制御でき扱える者を[五色を纏う黒魔女]と称したのだろう。
シヴァが左肩に乗った。
[洋子、儂が案内する。天龍の力があれば闇には負けぬ]
《ありがとうシヴァ。紫雲、行ってきます》
[我も洋子と共に…]
洋子の首元には、乳白色の魔石が付いている首環が付いた。揺れて反射すると紫色の光がキラキラしていた。
[地龍が身動きとれぬということは風龍も闇に囚われているかもしれぬ]
《覚えておくわ。シヴァお願い》
魔法陣を発動させるのは洋子で、瞬間移動する場所設定はシヴァが行った。
周りの風景が残像となり、再び焦点が合うと異なる場所に到着していた。
洋子は到着した場所に心当たりがあった。
ここはサンド国。
トイ達と遠征した際、遠くから呼ばれた感覚を思い出した。
例えば水の中に潜っている時に外から話しかけられても聞こえない感覚。
例えば深く眠っている時に起こされているのに気づけない感覚。
もどかしい気持ちが晴れていく。シヴァに諭された後、いつか時が満ちれば来れるだろうと思っていたけれど、こんなに早く叶うとは予想していなかった。
目の前には岩山が見える。
この奥にいるのがわかる。
《私はWeatherを持つ者。話がしたい。闇の力を操る者よ、どうか応えて》
〈待ち侘びていた五色を纏う黒魔女が1000年振りにやってきた。長かった〉
洋子の意識に映像が流れた。
1000年前に世界は闇に飲み込まれていく手前で、最後の砦として五属性の長龍が抑え世界を救った。
〈その天変地異を抑えたことによる森羅万象の歪みを正すため1000年要した。だが私は死ねず召されず、この地に留まらなければならなかった。
………本当に長かった。
私はお主と同じ異世界からこの世界にやって来た。同じ役目を担う可能性があると知ってて自ら別の誰かを代わりにしようと召喚させることはできんかった〉
《私は自分の意思でこの地に来ました。貴方に呼ばれたからでも頼まれた訳でもない。
貴方の深い悲しみは想像を絶すると思います。受け止める強さも優しさもありませんが、貴方を時空の狭間から救いたい》
洋子の決意は彼の心に届いた。
〈私は闇を統べる者〉
《月影。私は佐藤洋子。縛るでも縋るでもなく、対等で平等で友達よ》
〈月影…いい名だ。洋子は闇を恐れず闇に身を委ねる。病みを闇に変え闇に光を照らす〉
《私は逃げたくないだけ。受け止める覚悟で来ました。どうかよろしく、月影》
〈ありがとう。私の力を総て貴女に譲ろう。闇を穢さず闇を纏う五色の糸を紡ぐ者、洋子よ。この世界を託そう〉
《承りました。月影と私に幸あらんことを》
突風が吹き目を閉じた瞬間、左目が急激に痛み出し疼く。その場に倒れるように跪いた。
『くっ…』
苦痛を耐えないと地龍を救えない。タオルを咥え唇を噛み締めた。
月影の喜怒哀楽が一気に流れ込んできた。長い永い年月の間に積み重ねられた様々な感情が堰を切ったように押し寄せてくる。
愛する人達との出会いと別れ。
どうすることもできない無力感。
何もかも失った空虚な心。
〈ありがとう〉
空耳じゃない。
確かに月影の声が聞こえた。
やがて霧が晴れたような解放感を感じた。




