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境界線の向こう側  作者: 柚子
10/74

【10】

早朝から川沿いを谷上へ向って歩いていた。

カイルさんにシヴァを無料で譲って貰った恩を返したいと言うと「今の時期だけ違う色の花弁を広げる花が欲しい」と“お願い”されたのだ。


夜明け前から早朝だけに花開いて昼前には萎んでしまう朝顔に酷似した習性を持つ。花だけではなく枯れた後に残る種が手に入らず希少価値だという。気温や湿度に左右され人の手で育てるのがとても難しい。


洋子は冒険者らしい格好に見えるのはベルトに剣を携えリュックを背負っているからかな?


紅蓮[この先に滝がある]

瑠璃[木漏れ日の近くだわ]

[[星夜に似た気を感じる]]


崖の上から下へ流れる水の音が無心へ誘う。大きな滝は朝陽を浴びて虹を魅せた。


脇に岩肌が見えた。

そこに座り時間を忘れて長い間、貴重な一輪の虹と霧のような水滴が降り注いでゆく様を眺めていた。


ふと我に返って足元を見ると、20㎝に満たない小刀があった。鞘と柄は緋色で覆われており紋様が描かれている。柄に虹色に輝く魔石が付いている。


>>朝陽を纏う虹色のお姫様ね。


虹陽(コウヒ)と申します。私は光を司る者。星夜と共に全てを貴女へ捧げます]

《ありがとう虹陽。私は佐藤洋子です。捧げるのではなく光として私を導いて欲しい》

[洋子の仰せのままに]


滝から少し離れた岩陰に依頼された花が咲いていた。種も落ちていたので数粒拾った。


カイルさんは種を見て驚愕した。魔導書の代金は花で充分だから種はぜひ買い取らせてくれと言ってくれた。



洋子が偶然持っていたリュックの中にスケッチブックが2冊ある。一冊は薬草や植物の図鑑、もう一冊は魔獣や昆虫の図鑑として役割を果たしているが、本来なら研修後に沙織とスケッチしようと話しており、2人分のスケッチブックを色違いで購入し一冊を沙織へプレゼントする予定だった。

改めて手に取ると寂寞な思いに駆られる。


この世界でもノートや紙はあるが高価で手が出せない。食料や衣服(古着も含む)は比較的リーズナブルだが、魔石や嗜好品や一般に普及されていない道具類は桁違いに高価であり家や家畜も同様である。家はパーティを組んだ仲間同士で共有で借りたりしているらしい。キッチンやお風呂スペースが共同という寮みたいな家も多いという。


今のところパーティの一員になると自由が利かない上、シャイン国に来て数十日の異世界人だとバレてしまう恐れがあり尻込みしてる。別にバレてもいいかと思うものの自ら宣言して歩き回るものでもない。カイルさんやローザさんには何かしら推測されているだろうけど。



生活は安定してきたが、根本的な解決の目処は立っていない。今、生きるだけで精一杯で何を求めて何に生きればいいのか、まだわからずにいる。


本音は《ヒロインなんてご勘弁!安定した余生を送りたい》というオバちゃんな考えだった。



洋子はバツイチである。大学の頃恋に落ちて大恋愛をした。周囲の反対を押し切り学生結婚をした。卒業間際に明るみに出た相手の浮気。年上だった相手の女性には子供がお腹に授かっていた。

洋子は身を引いた。相手への信頼が崩れて修復は難しかったから。風の便りでその女性と家庭を築いて幸せに暮らしていると聞いた。


還暦を迎えた両親と仲の良い2つ年下の弟と会えないのが辛い。離婚後、家に戻るよう受け入れてくれた家族に心配をかけていることが本当に辛かった。


今の洋子は恋愛体質ではなく仕事人間だった。一心不乱に仕事に打ち込み、胸をときめかせることもなく、それを寂しいと思うこともなく生きてきた。

この世界に来て、今まで培ってきた事が無くなって初めて、自分の価値観が間違っていたのだと知る。



『まだ終わった訳じゃない。一から始めたらいい。底に来たのならまた天を目指せばいい。この身が土に還るまで』

洋子は元の世界に帰れるかもしれないという希望を持ちながら、この世界に留まる覚悟を決めた。



[洋子、闇の魔法を教えるが、きっかけを与えるに過ぎん。自身の心の闇と向き合う強い意志が必要なんだ。覚悟を決めた洋子なら負けぬ]


シヴァの言葉に頷き、闇の魔法に身を委ねた。



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