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軍議

 一週間と少し経つあたりだったでしょうか、地区ごとに代表が一人ずつ僕達の住むホールに集まってこれからの見通しについて話しに来ました。何がしたいのかすら分からないままでは協力を得るのは難しいという事でジュンが連絡をとってくれたんです。

「まず武器だな? これが用意できない事には何も始まらん」

 二十人くらいだったかな。女の人やお年寄りが来るかと思っていたんですが、ほとんどはがたいのいい男性でした。ホールに集まるや我先にと各々の心配事を相談してきます。その人達は自分の仕事だって詰まっているのでしょうに、そうやって強く関心を向けてくれているのが嬉しかったな。誰もが一番に話題にしたのが、装備の事情でした。でもこれはクリアできなくもないです。

「そこは僕に任せてください。父の懇意にしていた取引先があちこちの街にありますから、何とか頭を下げて用意して貰います」

 父がやっていたのを引き継いで行商人をしているので、街の外にある程度顔の効く相手はいたんです。

「しかしツテがあるとしても資金がないんだろう? エイルん家は兵士に搾り取られてもたなくなったからここに移してもらったって聞いたぞ」

 比較的近所に住んでいるお兄さんが痛い所をついてきて、僕は少し小さな声になってしまいます。

「そうですね……多少割り引いてはくれるでしょうが、お金だけは皆さんから少しずつ頂いて工面するしかないと思います。苦しいのはどこも同じですから十分な額を無理なく捻出するにはそれなりに時間がかかっちゃうと思うんですが……」

「それより他にない、か。ま、せいぜい街で兵士の奴らがパーッと散財してくれるのを期待して頑張るかね」

 最初からこんな答えで怒るかもと思いましたが、誰も文句を言ったりはしませんでした。街のどこでも似たような家庭が生まれているのでしょう、皆静かに腕を組んで頷いていました。一つの質問が片付いたと見て、ルトが話を引き継ぎます。

「では次だな。単純な戦力の違いと、城の兵力を削り過ぎてはいけないという問題だが……私はこれを一度に解決する方法をとろうと思っている」

「女神さんにはなんか考えが?」

 やってきた全員が素直に期待の籠もった目を向けます。ルトには例の派手な胸鎧を着けてきて貰ったので、雰囲気はばっちりでした。何よりもルト自身ヴァルキリーを演じている時は一回りも二回りも年上に見える位覇気に溢れていましたから。

「ああ。記録を見せて貰った限り城はいまだに領土を拡げる事に固執しているようだ。定期的に騎士団は遠征を行い、手近な街を乗っ取っていく。いずれ手が回らなくなり深刻な事態を招くはずなのにな」

 ボクは何日か前からジュンに色々教わっておいたし、リズとお姉ちゃんとこういう話をすればいいって相談して手にメモしといたからね、結構うまく言えた。でもジュンがそのすぐ後に知らない事つけ足したから、ついいつもの声でオウム返ししちゃった。大丈夫っぽかったけど……。

「うん、まるで国を一時の捨て駒、遊び道具としか思ってないみたいにね……それもあの大臣が現れた頃からだ」

「大臣?」

「どっかから湧いて出たみたいに、新しい国防大臣がいつのまにかいたらしいんだよ。あんまり表には出てこないけど改めて考えたら城が市民を何とも思わなくなったのはそいつを見かけた辺りからなんだって」

 新しいネタだったのか、僕も初めてそんな事を聞きました。でもこの日のジュンのこの言葉は単なる脱線としてすぐに流されてしまったんです。信憑性も中身も薄い情報でしたから。

「そうか……ひとまず話を戻そう、こちらとしては当然、騎士団が遠征に出掛け数が減っているうちに叩きたい。だが恐らくそれでは足りないだろう、騎士団だけでなくもっと多くの兵士に出払ってもらう必要がある。だから前もって別の町がアレスタリアに襲撃を仕掛けようとしている、というデマを流しておくべきだと思う」

「そうか、城の奴ら街は小綺麗に見せたがってるからどうせ戦地にするってんなら相手側の街を選んでさっさと鎮静化に向かうはずだな」

 ルトの提案にすぐに納得した数人の男性が言葉の後半を持っていきます。城は街の外面をとても綺麗に見せたがっていて市民の財布が寒くなるのもそれを強要されるせいでしたから、誰の頭にもその筋書きは合っていると思えるものでした。

「そう。なるべくなら遠くて大きく、穏やかな所がいい。大勢の兵が時間をかけて赴き、誤情報だったと判断して何もせず帰ってくるような」

「でも、そんな所思い当たらないなあ……どこもちょっと刺激したら大きな争いになりそうなきっちりした町だったはず」

 その時の僕はどこが適当かと地図を眺めて、頭の中にあるそれぞれの町の雰囲気を引き出していましたが、まだその条件に見合う所はなさそうでした。

「なぁに、これから拡がる領土にちょうどいい町が出てくるまで待てばいいじゃねえか。どうせすぐおっぱじめる訳じゃねえ」

「とにかく、これらの条件が揃わない事には仕掛けても勝ち目は無い、よしんば勝ったとしてもまとめて破滅するのみだ。それまでは目をつけられぬよう息を潜めておいて欲しい」

 ルトがそう頼み込むと、皆一様に短く嘆息して少しの沈黙が流れます。

「わざわざ時間をかけなきゃならねえってのも、歯がゆい話だな」

「……それが開戦してからは逆になるんですよね」

「どういうこった?」

「デマを流す方の兵士達はまあどうとでもなるんですが、問題は騎士団の方、アイゼンという団長の男です。交戦している所を見た事のある人なら知っていると思いますが、彼の強さはあまりにもおかしすぎる」

 ああそうだった、と呟く声がいくらか聞こえてきます。若くして団長を務めているアイゼンの恐ろしい所はその異常なまでの剣の腕にあります。なんというか明らかに人間の域を逸脱したレベルで、たった一人で数千人の軍隊を打ち破った事もあるとかいう噂まであったんです。

「あんなのが騎士団を連れて戻ってきちゃったらもうおしまい。それまでに王の間を制圧しなきゃだめなんだ」

 僕も一度遠征途中のアイゼンが大規模な野党に絡まれているのを見かけた事があるんですが、相手が刃物を取り出すや否や次の瞬間には相手の乗っていた馬車ごと真一文字に斬り裂かれていて目を疑ったものです。一言で言えばまさに神技でした。

「その為には、両陣営の本隊がぶつかっている間に少人数で城に入り込むのが最も有効だ。だがそれは最も危険な役回りでもある、私が務めるべきだろう」

 うん。そんな人ならすぐ仕事も終わらせて帰ってくると思うから、まともにやってたらどうしても時間が足りないよね。だから反乱を起こす街の人達は囮にしちゃおうって家族みんなで決めてたんだ。

 でもそこに君が参加するってのは聞いてなかったよ!てっきり街の方に顔を出しておくのかと思ってたんだから。

「ル、ルトが行くなら僕も一緒に行くよ! 本当なら僕がやらなくちゃいけない事をいくつも背負って貰ってるんだ、任せきりには出来ないよ」

「うん……分かった。エイルと私、それからできる限り腕の立つ十数人を連れて行こう」

 ひとまず、現状できる話はそのくらいでした。目指すべきビジョンが見えれば人はいくらか頑張りやすくなるものですから、来てくれた人達はだいぶ喜んでくれて中には自分をそのチームに入れてくれと言い出す人まで現れました。順調に、進んでいると思いました。

「やっぱり危ない役はしないといけないんだね……頑張って。ルト、お兄ちゃん」

 その少し離れた所から、セリアが遠慮がちに声をかけてくれます。そしてその背中をぱんぱんと叩くのがジュン。

「何言ってんのさ、セリア姉ちゃんには大事な役回りがあるっていうのに」

 その時の僕達には何の事だか分かりませんでしたが、実は彼は今の話の一か所だけ不足している点に目をつけており、にやにやと笑っていました。

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