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隠れている魅力

「エイル、ご飯が出来たからみんなを起こしてきてくれるかい? ほらルトも、女神様が毎日寝坊してちゃ示しがつかないよ!」

 母さんに無理矢理体を引き起こされて、ルトはいつもふらつきながら目やにを擦り落としたり寝癖を手で鋤いたりします。

「う~ん……ボク朝は弱くて……」

 宿の地下ホールで暮らし始めてから数日、ルトも何とか家族に溶け込んで来た所です。街の人達の前ではルトは演技をしなくてはなりませんが、朝食と眠る前のごく短い時間はお互い普通に接しています。まあ寝起きのルトは大抵寝ぼけていてまともに話ができる状態じゃないので、少々時間がかかってしまいましたが。

「なんだー結局ルトが最後じゃんか! ほんとに起きれないのな」

「ねぼすけ~」

 アルを筆頭に小さい弟達が毎日だらしない姿を見せる新しい姉を囃し立てます。自分から身だしなみを整えようとする事がないルトとは反対にアルは長髪をちゃんと管理し、暇さえあれば手入れしているのでここぞとばかりに馬鹿にするんですが、ルトは年下にそんな風に扱われても特に機嫌を損ねたりはしませんでしたね。

「どうだいルト、お城に勝つ方法は見つかりそうかい?」

「う~ん今のままじゃすごくきついかも……こっちが強くならなきゃいけないのもあるけど、お城の人達にはある程度無事でいてもらわなくっちゃいけないのが」

「「どうして~? やっつけちゃわないの?」」

 母さんの問いに対するルトの答えに、騒がしく少ない食べ物を取り合っていた弟たちは不思議そうにつっかかります。

「え、え~っとね、それはだから……」

「この街が恨みを買っているから、だよね」

「ジュンにいちゃん?」

 恨まれている。そう言っても差し支えありませんでした。市民が貧しい生活を送っているとは知らない他国の人達からしてみれば、自分達の領地を力で奪い去り無駄に豪華な装飾の散りばめられた家々で生活をしているアレスタリアの人間は憎むべき対象でしょう。となれば、その内部で争いが起こった結果国力が疲弊すれば一斉に攻め落としにかかってくるはず。そうなれば僕達は殺され、もしくはどこに行っても受け入れられず路頭に迷います。

「あくまで強い国の体裁は残しつつ、王に市民に頭を下げさせる所まで行かなきゃいけないのさ」

「なんだそれ! 無理に決まってるじゃん!」

 アルとおんなじ。ボクもムリだと思った。ケンカしたら、ケガをさせずに負けを認めてもらわないといけないって事なんだもん。それに相手もその事分かってるからぜんぜん怖がったりしない、こっちばっかり損するルールだったの。

「何とか考えてやるしかないんだ……やらなきゃ蹂躙され続けるだけだ、あの時みたいに……」

「エイル? すごく怖い顔してるよ?」

 僕がその状況を打開する考えを出せずに考え込んでいると、ルトはいつのまにか息がかかるくらいに近付いてきて子供みたいに顔を覗き込んできます。初めのうちは僕もそんな仕草にただ驚くだけだったんですが……。

「えっ? そ、そうかな。何でもないよ、ほらルトはもう食べたかい、そろそろ人が来ちゃうよ」

「あっそうだった! また神様やらないと!」

 家族でゆっくりできる時間は少ししかありません。ルトが名乗りを挙げて以降僕達が暮らしている場所は街の人達の寄合所となっていて、抗争が終わるまで様々な集まりに使用されていたんです。

「しかしさセリア姉ちゃん、ヴァルキリーは解放の女神なんかじゃないよね。むしろ英雄の魂を……」

「神話なんてこんな物よ、隅々まで正しく知っている人なんていない。ただすごいものとして名前が知れ渡っていればいいの、そういうものなんだってみんな納得しちゃうから」


「とっ! ほいっ! あぁ違う違う、せいや! はあっ!」

 宿屋の地下ホールでは毎日のように模造品の剣を打ち合わせる音が響き渡ります。潜伏期間中は街の人達が暇を見つけてはここに来て各自基礎から武術を学び、適当な相手を見繕っては稽古をしていました。勿論そんな暇の無い人達も多いですし、武器だって用意しきれるか分かりません。それでも僕達家族の過ごすホールから稽古の音が鳴り止む事はありませんでした。

 ボクはいつもエイルと組んで稽古をしてたんだよ。自分も相手も武器を持ってる事前提の戦いだから身を守るために決まってる事が多くて慣れるまで大変だったけど、そのうちどうにかカッコ悪くないくらいの動きはできるようになったんだ。

「ルトは呑み込みが早いなぁ、初めは僕と大して変わらなかったのにもう全然勝てない」

 小休止を挟んだ僕がつい軽口を入れると、広いホールのあちらこちらから訝しげな視線が投げ掛けられます。なんだ女神は弱いのか?と。

「ん……私はこの身体に慣れていなかったまで。天界ではこれよりも更に動けていたとも」

「ああ……そうだったね、ごめんごめん」

 ルトは、町人の目が少しでもある時は人々の期待に沿うような女神を抜け目なく演じてくれていました。しかし僕はそのうちそれが寂しいと思うようになったんです。彼女の事に興味を持ち、もっと見てみたいと思っても相手は一日の殆どを女神の仮面を被って過ごしている。行き掛かり上仕方ないと分かっていても、もどかしかった。

「でもさ、何もそんなに肩に力を入れなくてもいいんじゃ……?」

「エイル! 私は人々を焚き付けた者として、精力的に戦いに望まなくてはならない。もっと剣に慣れさせてくれ、こけ脅しの女神は御免なのだ」

「分かりました……女神様、お相手務めましょう」

 座り込んだ僕を催促して立たせるルトは演技しているとは思えないくらいに変貌していて、正直怖かったです。ふわんとしたあの少女がこんな見る者を竦ませるような眼光を放てるものなのかと。明らかに語彙も増えていましたから……そう、本当は普段のルトこそが演技なんじゃないかと疑うくらいに……。

「何とかならないものかな……」

 少し見たいと思うものがなかなか見られないと、人はもっと見たくなります。時々目にする事が叶うものなら、一度目にした後は次に見られる時を心待ちにするようになります。待つ事に疲れると、恋焦がれるようになります。僕が普段目にする事となっていた毅然とした偽物の女神こそが、僕を段々とルト自身へと深く引き込んでいったんです。

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