信念
「ルト……律儀な奴だよ。バカ正直に向かっていって痛い目を見る……俺と一緒じゃねえか」
立ち上がったシャルは後ろ目に倒れたルトを一瞥し、噛み締めるように言う。エイルがぎこちなく介抱してくれているのを耳で確認すると、レオに向けて長い時間をかけて剣を構え直し、心を鎮める。
「のちの煌翔姫と言われれば、確かに信じられる……成長が楽しみだ」
大丈夫だ。自分の中に彼に対する敵意はない。ルトが最も喜ぶ形で、見定めてくれたのだ。
自分がやるべき事は一つ。示すのだ。
「……いくぞォォッ!」
振り向くことはせずにレオだけを見据えて、地面を蹴った。伸ばし硬質化させた爪で剣を弾く彼は満足げだ。
「小僧はわざわざ真正面からぶつかってきた。大将、お前はそれなりの使い手のようだが技で私をやりこめて見せてくれるのか?」
なのにシャルはこの時、奇怪な行動を始める。
「いや……もっと酷いさ」
おかしそうに喉を鳴らしてシャルは再び全身にぐっと力を込め、彼にしては珍しく叫び声をあげながら剣をやたらめったら振り回す。有効な振り抜き方などかなぐり捨てたその挙動は斬るというより殴りつけると言った方が近かった。
「何を考えている! 血迷ったか!」
散見する隙をレオが見逃すはずもなく、正拳突きの制裁が彼を襲う。それを彼は逃げも防ぎもせずにもろに喰らって吹き飛んだ。だがすぐに立ち上がり、血反吐を吐き捨て、何事もなかったように強引な乱打を再開する。
「ああああぁ!!」
緩急をつけず、一振りごとに全力で。かわされ体勢を崩して殴られようと、無理やりにでも耐えてまた全力で剣を振り抜く。やがては大きな一撃をもらって彼の体は宙を舞う。その繰り返しであった。
「何やってるのシャル! ルーズと街を守ってた頃だってもっといい動きしてたじゃない!」
ミミルの抗議にも聞く耳を持たず、十回二十回と特攻を繰り返す。何度も何度も剣を振り回し、痛手を負っては地面を転がり――レオは身体が故障しないようにはしてくれているものの見てくれはどんどん血まみれになってゆく。
どこでどう動いたか、剣をどう振ったのか、彼自身にもだんだん分からなくなっていく。ぼうっとしてくる頭で感じるのはそう、楽しさ。
「うおあああぁっ、あははははは!」
「だめだ、聞こえてない……こうなったら私も」
次第にレオは苛立ちを募らせる。さっきまでのシャルを見ているからこそ期待し、突然の暴挙に戸惑っていた。
「暴力を楽しむ悪漢ではなかったはずだ、ではこれは無邪気な狂気……そう、子供が延々と取っ組みあって遊んでいるような……しかし伝えたいのはそこではないはず。いい加減にしろ! そんな事では何度でも立ち上がるその精神力しか評価できんぞ!」
ついには息を切らせた彼にもはや容赦のない膝蹴りが入れられ、彼は地面に両腕をつく。そして今度は自嘲気味に、静かに笑い始めた。
「は、はは……これでいいんだよ、こっちの方が……手っ取り早いだろ?」
体のあちこちが悲鳴をあげ、少し動くと不調を訴えるように激しく痙攣を始める。それでもシャルは剣を杖にして立ち、レオを見上げる。
「どうせ力も、技も、あとからいくらでもついてくる。あんたが今本当に見ようとしているのはこれだけ……自分の身可愛さに途中で役目を投げ出したりしない覚悟、意思の力なんだろ」
レオは驚き、腕を組んで長い時間傷だらけの彼を眺めていたが、やがて根負けしたように告げる。
「…………狂った訳ではなかったようだな。だが」
突然シャルは首元を掴み上げられる。人間のものとは比較にならない鋭さの爪が食い込んでくるのと今負ったばかりの傷に響くので苦しげな咳が漏れる。
「見定めたい事は、もう一つ出来た」
レオは右手でシャルの体を持ち上げてすぐ、左の手で剣の刀身を鷲掴みにし動きを封じた。それまでいくら攻撃を加えても流れ出なかった彼の紅い血がその握力で滴り落ちてくる。強引に動かす事など不可能であった。
「そなたは何故、剣を使わない?」
「どういう……事だ? 剣なら散々……」
「とぼけるな。盾として扱っていたのは見ていた。小僧とは違い形状変化の意思伝達に秀でている……更にそなたは人生のうちで数える程しか時を跳んでいない、こうして触れていれば分かる。そんな者が本気でこの武器を扱えばどうなるか……さあ、見せてみろ」
時球は磁力のような特性を帯びており、習慣的に使用していた者の体内には気付かないうちにその影響が蓄積している。それを用いた武装は持ったときにその分だけ体内に力が溶け出てしまい、引き出せる能力は弱くなる。ミミルがシャル達と同じ武器を持てないのもそれが理由であった。
再びルトに見せた翼を背に生やすレオ。しかし今度は様子がおかしい。バキバキと軋む音を響かせながら、その羽根の一本一本が硬質化していき、やがて剣山のようになった羽根の束は全て身動きのとれぬシャルの方向を向いていた。
「「シャル(さん)っ!」」
「くそっ……頼む!」
その場の全員が叫び、可能な限りの攻撃をぶつけるがレオをそう簡単に怯ませる手段はなく、棘の雨がシャルに襲い掛かる。
血飛沫があがるかと目を覆った三人は、地面に落ちた彼の体が透き通った水色の殻に覆われているのを目撃する。伸びた刀身が一瞬で全身に巻き付き障壁となったのだ。
「出来るではないか」
「ああ、何だって出来る。怖いくらいにな」
貰った時にテオリアに教わった通り、シャルはその剣をどんな複雑な形、大きさ、鋭さ、堅さにも出来る。あまり無茶な注文はルトと同じくその時々の行動に賛同してくれるキメラ候補たちの数次第であるが、それを差し引いてもなお無限の可能性を秘めていた。
「そなたはあくまでその剣をごく一般的な武装としてばかり扱おうとする。防ぐならば盾に、突くならば槍に。その真価はそんなものではないのにだ。その気になって振るえばそれは、一歩たりとも動かずに数百の敵を追い詰め砕く事ができる。どんなに厄介な攻撃も拒否する障壁となる」
その言葉通り、シャルはいつでも信じられないほど理不尽な戦法をとる事が出来た。例えば自分の身を護りながら、この洞窟の広間全域を賽の目状に斬り裂くギロチンを落とす事だって出来る。だが彼は必要と判断しない限りは今まで普通の武器をとっかえひっかえ扱う程度に留めてきたのである。
「何故だ! ……やはり殺すつもりでいかねば本気を出さぬか?」
レオが闘気を肌で感じるほど噴き上げ、今にも彼に飛び掛からんと腰を落とした時、すんでの所で横槍が入る。見ればミミルが巨大な冷気の塊を次々と投げつけてきていた。
「やっと詠唱が終わったわね、口下手さん」
「もうやめてよ! 何を狙ってるのか知らないけど三人とも無駄に傷ついて、馬鹿らしいよ!」
レオはそれに多少押されつつも殴りつけて弾いていくが、そうこうする内に周囲の地面が高々とそびえ立つ氷に覆われ、彼は吹き抜けの小部屋に閉じ込められる形になる。
「ほう……やりおる。どうだ大将。これではすぐには動けん。もしこの空間に合う大きさの槌があれば、為す術もなく潰される他には無いだろうな」
わずかな氷の隙間からそう告げて来る彼は期待の眼差しをしていた。立つのもやっとのシャルはこの命題に対し彼の真意が見えない。試されているのか。それともやらなければ本当に失望されるのか。
「シャル! 逃げてもいいんだよ、このままあの不気味なエントランスまで戻って……」
「だめなんだよ、それだけは」
握りしめる剣は迷う彼の心境を示すように明滅を繰り返す。打ち身だらけの身体に鞭打って、彼は氷の足場を少しずつ登っていく。
頂上まで来て、見上げるレオと目が合った。
「俺は……強く在ろうと思っている」
「…………」
「実際に率いる奴らの誰よりも強くならなくちゃいけない訳じゃないし、そこまではなれない。でも、率いる奴は強く在ろうとし続けなくちゃいけないと思うんだ」
「「使う」、ではなく「率いる」、なのだな」
構えず腕組みをするレオに向けて、まだ剣の形をしているそれを肩まで振りかぶる。
「そうだ、俺の目的の為に利用するんじゃない、こいつらを救う為に代表として手足になるんだ」
剣が一気に輝きを増す。全身に力を込める。
「手伝ってくれる奴らの上に胡坐をかいて、当然だと思ってちゃいけない。自分の力の及ぶ限りは自分の力も振り絞って何とかする。そうしなくちゃ誰もついてこない。共に何かを果たそうとする姿勢が、率いる者の責任なんだ。だから俺は――こうするんだ!」
シャルは氷に覆われた小部屋に向けて真っ逆さまに飛び降り、持てるだけの剣術を叩きこまんと彼に挑みかかっていった――。
「その後気が付いたら、ここに戻って来てたんだっけか」
エントランス、吹き溜まりの世界をひとしきり見渡し、肩を組むレオを見上げるシャル。
「うむ、傷が癒えるまでと私が全員連れてきたのだ」
聞いた話では彼もここに来るのは相当久し振りらしく、情報交換のため件のフードを被った男とは長い事二人だけで話し込んでいた。
「どうだいおっちゃん、シャルりんはお眼鏡にかなった?」
興味がないからとそれには参加せず、三人の手当てをしたりくつろいだりしていたテオリア。彼が確認をとると、レオはもう一度誇らしげに笑ってみせた。
「ああ満点だとも! 全て私の期待通りの内容だった、これからどんな旅路を辿って行くのか楽しみだ」




