腕試し
「いくよゼファー! 「メルト」!」
「焦熱、炎弾、召喚、射出! 「ブレイズ」!」
まだ油まみれの手を突き出したルトがそれを供物に先日氷の城を半壊させた高熱レーザーを人差し指から照射、同時にミミルもやたら固い文言を呟いてから攻撃魔法を使用。ミナは再びハーモニカから音の槍を飛ばす。
レオはそれらを避けようともせず、肩を突き出して真正面からぶつかっていった。溶岩弾の砕ける音が広い閉鎖空間によく響く。
「殺傷力は悪くないが、予備動作がある割には威力が平凡だな……肉を突き破れなければ強行突破されてしまう」
黒煙を払い、瞬く間に距離を詰めてきたレオは全くの無傷。見た目は人間に近くともその本質は別の生物と見た方がいいだろう。皮膚の強靭さもさることながら並の体重ではミナの槍一本受けるだけでかなり押し戻されるはず。あれはそのくらい重い弾幕だった。
「危ないっ!」
一番前にいたルトは詰め寄ってくるレオの頭上を跳び越して仕切り直したが、突っ切られると思っていなかった二人は反応が遅れ回避が追い付かない。エイルとシャルが庇うように飛び出してタックルを受け止めるが、二人がかりでも十数メートル引き摺られてようやく勢いが失われた。靴の下から焦げくさい臭いが立ち昇ってくる。
そのまま数発の拳を浴びせにかかるレオ。シャル達より頭二つ程大きな体躯に見合わず機敏で、速度強化の恩恵を受けていないエイルでは防ぐのがやっとだ。
「あなたはそれだけ強いのに……なぜ僕らを試したりする必要があるんですかっ!」
シャルは三発に一発は腕一本で受け、左手の鞘で突き返そうとするが相手の殴打が重すぎてあまり有効打を放てない。
「おじさん、後ろからいくよ! てぇぁりゃあああ!」
シャル達が集中して狙われている隙にセレスティアルスターを引いて駆け寄り、ドリフトでスライディングしながら勢いをつけたルトの横薙ぎが彼を襲う。シャルは決まった、と思った。これまであの武器は必殺を誇っていた上、時球で製作されてからはインパクトの瞬間だけ数千倍の重さに変質させる事ができる。
ズドォ…ン。
ルトの髪がブワリと浮かび上がる。叩きつけられた刃先から衝撃波が走ったのだ。だが――。
「え……」
「なるほど、人望を重さにする事が出来るのか。通常なら強力ではあるものの小回りが効かず武器の重さに頼り切りになるから一定の威力までしか出ない天井の低い武器だが、その素材ならば話は別だな……どの道その細腕で戦うにはこれが一番よかったのか」
目を閉じ淡々と告げるレオはその場から微動だにしていない。岩を砕き、地面を割るそのブーメランを片手で受け止めていたのだ。ルトは何が起こったのかとしばらく目をぱちくりさせた後、その体勢のまま不思議そうにレオを見上げる。
「な、なんで? おじさん体重いくつ? あ、もしかしてボクがまずいことしちゃってあんまり時球に手伝ってもらえなかった? 後ろからはやっぱりひどかったかな……」
「いや、単に手合せという以上破壊力を上げすぎるのもどうかと判断した御仁が多かったのだろう。その意味では助かった、これは時と場合によってどこまで威力が上がるか分からん」
「う~ん……でもおじさん、避けれるのに受けてみたんだよね。だから助かったわけじゃないよねホントなら」
「ああ、そうだな……」
レオは笑い、元いた位置まで大きく飛び退く。今の一撃を避けた事にしようという事らしい。再び構えるシャルの隣でそれまで猛攻に晒されていたエイルが屈み、袖を噛んで腕をまくる。
「やっぱり……ごめん、ほとんど曲がらない」
レオは手加減していたようで骨は折れていないが、その腕はいくつもの蒼あざに覆われしばらく動かせない状態になっていた。それはそうだ。シャルは剣で受けていたが、普通の金属製の剣では叩き割られていたと思う瞬間が何度かあった。
「うわっ……やっぱり強いね、あのおじさん」
「戦い慣れてはいるが、しっかりとした武術を習得している訳ではない。なぜ試すか? そうだな、私がロストセレスティを倒しにいけばいいと思われるだろう。だが、それでは駄目なのだ。キメラでは……キメラとして奔放に生きている者では駄目だ。人間か、人間であろうとする者でなければ何の意味もない」
「エイル、無理しなくていいからな」
シャルはレオの前まで歩き出て、その切っ先を彼に向け言い放つ。
「俺の腕が見たいんだろ? 俺はあんたが嫌いにはなれない。あんただって誰かの幸せの犠牲者だ。ただの一つの命が、そこまで強くなって帰って来なきゃならない程激しく迫害されるかも知れないと不安になるくらい己の存在を否定される状況がいつかどこかであった、そうだろ!」
「……そうだ、ドッペルゲンガーは罵倒すれば消える。そう言われているな。事実時球はその時に出来る。何故か?
相手の存在を否定する事で自分こそが自分であると主張するのだ、そうするとドッペルゲンガーは、この世界に自分の居場所なんてないんだ、と思う。だから去って行く。だが一度外の世界に去ってから、これからはどこの世界に行っても異分子である事に気付く。当然だ、並行する世界にはまた並行する別の自分が存在するし、遠く離れた世界にはそもそも自分などいない」
レオは己の強さを指摘され、寂しげな目を虚空に向けて語り出す。それを聞いているとルトは一瞬、居場所なんてないというフレーズに何か引っ掛かるものを覚えたようだが、構わずにレオの話は続く。
「自分自身に否定されたのならいい。当然だと納得して別の世界へ旅立てるだろう。だが……そうだな、虐めを受けた人間になら分かるだろうが、ドッペルゲンガーと邂逅などしなくても世界に自分の居場所が無い、と感じる事などいくらでもある。思い詰める程度は人それぞれだ、その者にとってはそれまでいた世界が世界の全てなのだから、次の場所では受け入れて貰えるかも知れない、という発想は存在しない」
レオは自分の胸に拳を当て、もう一方の腕でテオリアを指す。
「その結果が、ここにあり、そこにある。生命の進化とは必要に駆られて起きるもの、自らの抱えていたトラウマが大きければ大きい程、それを恐れれば恐れる程強力な生物になろうとする。今度はいくら迫害されても負けないように、その世界に生きるただの生物で在れるように」
「ふっ……ウチは最強の生物だって言ったよね。それはつまる所、そういう事さ。一番臆病な生物だって」
「やっぱり……俺はあんた達を嫌いにはなれないよ。俺だって一歩間違えば……ルトと出会うのがもう一日遅ければ、同じ仲間だったかも知れない。だから! 俺はあんたを安心させてやりたい、あんた達キメラに認められるような自分であり続けたい、まだどこの世界にも入れずに時の狭間に引きこもってるロストセレスティを助けてやりたい!」
ロストセレスティは世界から弾かれた命の集合体、そう聞いた。ならば今の話に当てはめれば彼らこそが悲劇の象徴だ。殺すべき災厄でも、懲らしめるべき大悪でもない、助け出すべき生き物なのだ。
「そうだ! そしてそれは力を手に入れ新たな世界に収まったキメラではない、彼らを踏み台にして生きているただの人間がやってこそなのだ、それでこそ世界も、全ての命も救われる!」
シャルは地面を強く蹴り、レオへと挑みかかってゆく。絶対に勝てない、そんな事は嫌というほど分かった。ただ、彼に剣を打ち込みたいのだ。一発でも多く、少しでも強く。そうする事で自分も彼らも満たされるはずだと思えたから。
ここに来て根幹となる部分の説明をして頂きました、今まで倒すべきものだと思っていた相手こそが自分達に力をくれるものであり救うべきものだった訳ですね、これで解説すべき事は出尽くしたかな?




