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駆け出し音楽家

「ああもう、あたしこういう作業って全然なのよね」

 立派なアーチ橋のあちらこちらに光の槍で穴を空けた張本人が、作業開始からしばらくして一番に音をあげる。幸い橋はほぼ表面が削り取れただけの損傷であったから、その部分を取り換えれば済むとの事であった。しかし、ミナにやらせた所はどうしても石材が水平に入らなかったりうまく馴染まずに沈み込んでしまう。

「ったく仕方ないな、やるからにはちゃんと仕上げなきゃ悪いしな。ちょっと代われ」

「キャーおじさまステキー、憧れちゃーう」

「……こほん、やっぱり三人とも手慣れてますね。街一つ作り直したんでしたっけ」

 破損した部分を丁寧に剥がし取って、立方体の石材を規則正しくセットし、つなぎを流し込む。やることは単純だが全体の造りがしっかりしているから変に目立たないように収めるのにはなかなか神経を使った。それでもシャル達は建築業なら昔嫌と言うほど経験したからオルタナ組ではない三人よりは手早く事を進める事ができる。

「そうだ、突っ立ってるのもアレだし下で聞かせられなかった演奏とかしてみよっか?」

「へえ。それじゃあ頼むよ、期待してるぜ」

 口が塞がっていればまだ無害だから、と付け加えようとして思いとどまるシャル。また必要以上に面倒な事になるに決まっている。

「もう危ないの出てこないよね?」

 彼女がハーモニカを口にあてると同時に体を強ばらせたルトがその正面からさっと離れる。だが立ち並ぶ空気穴から出てきたのは普通のハーモニカの、どこか郷愁の念を思い起こさせる素朴な音色であった。

「うん、これは……落ち着くね」

 一曲数十秒の簡単な曲を二ループずつとっかえひっかえ吹いている時のミナは先程までと違う穏やかな顔つきをしていて、辺りを和ませ、時間の進むのを遅く感じさせる。川のせせらぎだけが響いていた空間に暖かなクッションを敷いたような優しさが溢れ、一通りの演奏が終わった時にはミミルまで思わず軽く手を叩いていた。

「はは……イイでしょ」

「ああ、すげぇよ。でも……」

「え、どっか変?」

「いや、もしかして歌の方が得意か? あれを聞いた後だとな」

 そうなのだ。彼女がやったのはどれも素人にも分かるほど基本的な譜面ばかりで、自分達でも一、二週間も練習すれば吹き切れるのではないかと思われた。

 対してシャルが温泉で聞かせて貰った彼女の歌は明らかに子供の頃から何百、何千と練習を重ねてきたと分かる力強いそれであった。がさつな性格からは想像もつかない清涼な歌声は両の耳を震わせ、胸を打ち付ける。いつまでも続く癒しの旋律は全身を草木に抱かれたような錯覚を起こさせ、しばし心を奪われた程であった。それがなぜ、こうも差がつくのか。

「もったいないですね……そんなにいいものを持っているなら」

「実はね、あたしこの旅に出るまで楽器持った事なかったんだ」

 ふと、彼女の楽器ケースを見る。確かに全く使い古されていない新品そのものだ。そういえば最初会った時、楽器を濡らしてはまずい事もうっかり忘れていたか。

「小さい時から歌が好きでさ、周りは理解してくれなかったけど勉強なんかそっちのけで一人で歌ってた。そのうち音楽に関心を向けて……でもあたしの育った所には楽器なんてもんなかったわけ。資料は揃ってたから楽器がどんなものかは知ってたよ? 食い漁るようにそれだけは勉強したのよね、楽譜もいくらでもあったし……足りなかったのは情報じゃなくて、楽器とそれを使おうなんて思う奇特な奴だけ」

 一行は一つ一つ頷きながら静かにミナの話に耳を傾ける。そう、こうやってちゃんと話してくれれば歩み寄れる。

「んでちょっと家出みたいな感じでここに来たんだけど、あっその時に願いを叶える石を集めて来いなんて条件出されたんだけどさー。そりゃ最初は自分の事優先するでしょ、見かけた楽器を適当に買ってちょっとずつ練習してったの。んで路上でやってみようかなーって思ったんだけど、あたしってばスタイルよすぎじゃん? 昔っからロクな奴寄って来ないのよね」

 ミナは自分の身体のありとあらゆる膨らみを誇らしさと忌々しさが織り交ざった視線で眺めた後、それでグレちゃった、と小さく吐き捨てるようにこぼす。

「なるほどな、それであんな誰もいない入り組んだ温泉の中にいたのか」

 補修作業もすっかり終え、納得したシャルが向き直るとそこでは今まさにミミルが彼女の手をとって親身に話しかけている所だった。

「そういう事だったのね! うんいいよ、音楽だったら私達がいくらでも聴くから仲良くしよう! その世界の事もきっと何とかして、その時分からせてやればいいの! いいよねシャル!」

「あ、ああ……てか体の問題は露出の少ない服着ればいいんじゃ……」

 ミナのやたらと胸と脚を強調する面倒な格好に素朴な疑問を呈するも、さっきまでミナを毛嫌いしていたミミルは掌を返したように彼女を擁護にかかる。

「女の子には引けない所があるの!」

 わかるかよ、と抗議しようとしたその時――。

「危ないシャル!」

 突然ルトがシャルに思い切り体当たりをし、その小さな体で彼を少しはね飛ばす。

 ギィン――カララン。それは石橋に衝突し火花を上げると、金属音を響かせて転がった。

「な、んだ……?」

 シャルの斜め頭上から飛来したのは、一本のナイフ。どこから落ちてきたのだろうか? 辺りにはそれらしい怪しげな人影は見当たらない。ただ翼をもった多くの人達がなごやかに談笑して通り過ぎていくだけだ。

「何か巻きつけられてるよ」

 その柄の部分には紙が結んであった。開けばただ一言だけ丁寧な文字で綴ってある。

 ――川下の洞窟にて待つ。

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