癌の確保
シャル達は今なんとか大橋での騒動も治まって、フィアレスの町を軽く散策に歩いている――ミナも一緒に。もちろん彼女には誰もいい感情を持っていないので何かあれば口論になりそうな一触即発の空気が流れている。そんな事になったのは彼女からしっかりとものを頼まれたからであるが……これがまたキツい申し出であった。
ルトがこれからミナの脳天を叩き割ろうとしている時、フィズが自警団の仲間を連れて止めに入ってきたのである。
「こんな場所で殺し合いだなんて。一体何があったのですか? あれ、知った顔ばかりですね」
あちらからすれば普通の事なのだろうが、上空から何人もの翼を持った人間が降り立って来るのはなかなか壮観だ。殆どのメンバーはフィズに近い穏やかな印象の好青年だったが、事と次第によってはその手に携えた槍と弓で暴風のように向かって来ただろう。
「ただの喧嘩っていう訳には……やっぱりいかないか」
見知った顔である事から多少警戒を解いて、シャルとフィズが交互に肩をすくめる。
「ただの喧嘩で石橋が抉り取られたりはしませんよ……もしかしてお嬢ちゃんがやったのかな? その、大きな武器で」
するとしめたとばかりにミナが含み笑いして、フィズにこれみよがしにすがり付く。
「助けて下さい~ミナ何もしてないのにこの人たちがよってたかって攻撃してくるんです~!」
急にきゃぴるん、と愛想笑いを振りまく彼女への憤りからルトが石にヒビが入るほど強く一発の地団駄を踏んだのが見えたが、フィズはミナの口車には乗せられなかった。
「お黙りなさい、知った顔というのはあなたもです。最近町の皆から苦情が来ているんですよ、歯に衣着せない羽なしが人を侮辱して回っているとね。シャルさん達とも少し話しましたが、少なくとも軽々しく剣を抜くような人達ではありません」
町へ案内してもらった時とは違う、厳しい口調で言い放つ。ミナは顔つきを豹変させて舌打ちすると、別のハーモニカを取り出して再び音の吹き矢を乱射し始めたのだった。
「くっ」
自警団の皆は一旦橋の下に退避して、一行はシャルが剣を傘状に展開する後ろに隠れる形となった。
「ふわぁ~、往生際の悪い雌だね、頭いっちゃってるんだろうな」
テオリアは少し後ろで寝そべったまま、太刀のようになった尻尾で楽々吹き矢を弾き落としている。そいつとは関わりたくない、というのがひしひしと伝わってくる呆れ顔だった。
「……シャルさん、同じ手は食わないでしょうし、今度は僕に任せて貰えませんか?」
「えっ、エイルが?」
「任せてもいいのか?」
「はい。僕もお二人と同じように、テオリアさんが武器を作ってくれましたから。あまり相手を傷付けるものではないんですが……ちょうどいいかな」
エイルは懐から先程握っていた水色に光るナイフを取り出し、意識を集中し始めた。明度を増していくそれに刃は無く、深い切れ込みで防御に用いるソードブレイカーの形をしていた。
やがてエイルが、消える。否、消えたように見えるほどの速度で前方へ突進していったのである。じりじりと後退しながら光棒をばらまくミナの所へ、悉くをかわし、叩き落としながら前進する。驚いた事にルトも彼の動きがまるで目で追えないらしかった。
「今の僕には全て……止まって見えるよ!」
瞬く間に肉薄するともはや遠慮もなくミナを轢き倒し、同じく発光する拳銃を取り出してその額に突き付けた。
「もう動かないで下さい、僕の勝ちですよ」
そうしてお縄になったミナが絞られているのを尻目に、シャル達もまたフィズにしっかりと事情を説明する羽目になった。
「なかなかにわかには信じがたい話ですね……本当なら適当に話を合わせたくなるのも分かります」
「それは悪かったよ、あそこで説明しても信じてもらえなかっただろうからさ」
フィズはしかし突っぱねる事無く、時間をかけて判断材料を一つ一つ吟味していき最終的には信じる事に決めたようであった。
「そうですね、今やっかいな人物を捕らえて頂いたばかりですし、不思議な武術もいくつか見ました。それに……やはり翼のない人間がこんなに集まる事なんて殆どありませんでしたから、別の世界から来たと言うなら納得です」
ようやくフィズに放してもらったシャルが肩を鳴らすと、後ろではルトがエイルを褒めながら無邪気に抱き付いている所だった。
「すごいねエイル! あっという間に終わっちゃった!」
「ふふ、これで結婚も考えてもらえるかな?」
この告白も何回目だろうか。いいところを見せられる度に言っていくので、ミミルなど前もって耳を塞いでいた。
「ふふふ~まだだ~め!」
いつまで経っても答えは同じであったが、エイルはまんざらでもなさそうだ。ルトの表情にはいつも「いいよ」と書いてあるのだから。
「エイル君に作ってあげた武器は攻撃力はないけど、一時的に自分の時間の流れを周りよりも早くする事が出来るんだ。要するにあり得ないほど速く動けるようになるんだね」
「はい、何か沢山の存在に背中を押して貰ってる感覚がありました。あれが全部、存在を否定されて時球を残して外側の世界へ消えた命なんですね……」
「そ。ちょうどキメラとして無理矢理転生する前の奴ら。ロストセレスティもその集合体だよ」
「シャルさん、ちょっと来て貰えますかー!」
フィズに呼ばれて一行が駆け寄ったその時に、初めて真面目な顔をしたミナに相談を持ち掛けられたのである。
「ね、あんたらさぁあたしをこのままにはしない訳じゃん?」
「この時代にいるだけでも悪影響があるからね。元いた所へ返すか殺しておくかしなくちゃ。でも送り返した所でまた同じようにやってこない保証はないよね」
言いながらテオリアがゆっくり手刀を振り上げる。
「そうじゃん!? それにあたしもただ手ぶらで帰る訳にもいかないわけよ。だからちゃんとそっちの用事も手伝うから連れてってくんないかな?」
シャルが振り返ると私は嫌だよ、と即答するミミル。それはそうだろう。
「一生のお願い! あたしのいた世界急に魔王とかいう奴が出てさ、手当たり次第に襲われてんのよ! だから自分達の村だけでも安全にできないかなって願いの叶う石を……ほら、もしそいつがあんたらにとって都合悪い奴だったら片付けてくれればあたしもこんなことする必要なくなるじゃん? ていうかぶっちゃけ助けて欲しいの、強いみたいだからさ」
ぺらぺらとまくし立てて彼女は頭を垂れる。つまりは傍において監視する形を望んでいて、可能であれば自分の世界の危機をどうにかして欲しいのだという。
「あまりにも勝手ですね、それならそうと最初に言ってくれれば相談も出来たのに」
「嫌だし……私達に何とかできるかも分からないのにできなかったらどうせ文句言うんでしょ?」
「こいつさっきから自分に都合のいい事ばっか言ってんなー」
エイル、ミミル、シルフィからは反対票が、アルテミス、テオリア、ルトからは賛成票が出る。
「ボクは信じてもいいと思う。それだったらこの時代にいるのもとりあえずつじつまが合うし」
「ウチも御免被りたいけど、あんまり手あたり次第に殺すのも好きじゃないんだよね。そっちの世界を荒らしてる奴も気になるし」
「ボクは……あんまりヤな事言わないんだったらいいよ」
「あ! そだよ、それは絶対だから! ルトが頼むならいつでも股の下から樹を生やしてあげるからね!」
「ええぇ、それはいいよぉ。自分で殺すってば」
ちょうど意見の割れた一行の注目が集まり、シャルは少し迷った。出来れば迎え入れたくないが、断るなら殺さなければならない。シャルはこんな女であっても奪わずに済む命をわざわざ奪うような悪鬼にはなりたくなかった、更に断ればミナの世界はその魔王とやらのせいで荒れ放題だろう。戦力も多いに越した事は無い。だが――いつ寝首を掻かれるか分からないし、明らかに士気は下がるだろう。それに時間を跳ぶ人数が増えればそれだけ世界に負担もかかる、流石に慎重にならざるを得なかった。
彼がなかなか答えられずにいるのを見て、フィズが助け船を出してくる。賛成票であったが。
「彼女の性格では、多少の罰を与えても行動を改めるとは思えません……それで困るシャルさん達は彼女を生かしておく訳にはいかないとの事ですが、僕達としてもそれは好ましくありません。死罪なんて今までありませんでしたし、どうにかお連れしてあげてくれませんか? それで更生してくれればよし、しなければ……」
「まだ実際に何かした訳でもないしな……傍から見ればあんまりか。分かった、けどそっちの世界の事は約束は出来ないからな。何か出来るようなら協力する、程度だ」
このような流れからミナは微妙な空気のまま連れ立って歩く事になった。流石に喧嘩腰ではなくなったのはいいが、いったいどれだけ憎まれ口を叩いて歩いていたのか街の人達は彼女を少し敵視しているようであった。時々若い子が空から降りてきて言い合いになるのをいちいちなだめながらではとても落ち着いて歩けないので、シャル達はひとまず手近な商店の中に寄って無い羽を休める事にした。なんとも先行き不安で早くも後悔の念が込み上げて来ていた。
今時魔王です…今時なんて概念はここにはない!早くエイル君のエピソードまで漕ぎつけないと読者置いてきぼりで喋っちゃうな、アカン…必要な説明は入れているつもりだけれど。




