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ブラック

「おや? 砂糖が尽きているな」

 ある朝、珈琲の入ったカップを片手にキッチンの小棚を漁っていたフェイが呟く。朝からやたらと甘いクッキーの残りに舌鼓を打っていたルトがあっと声をあげる。

「そうだ、使いきっちゃったまんまだったや。ごめんなさい」

 ミミルに色々教わってからというもの、ルトは菓子をよく作った。彼はたまにはブラックもいいか、と一口嚥下しながら二人の顔を見比べる。

「そうだな……今晩使うから、悪いけど二人で買ってきてもらえるかな?」

「二人か……んじゃちょっと気が乗らないけど、行ってくるよ」

 今までシャルは、ルトと一緒に出歩くのをそれとなく避けていた。しかしこう指摘されては断る口実もない。浮かない顔の彼とは対照的にルトは明るい表情になって、彼の手を引っ張って急いで支度するように促した。

「シャル、早く早く! 行こ行こ!」


 老若男女多数の人が往来する大通り。家を出ると、その扉の閉まる音で少し注目が集まった。多くはそれだけに終始したが、一部シャルがルトとしか一緒にいないのを確認するや隣同士で陰口を叩き出す者たちがいた。

「うっわまた出てきたよ……」

「チッ、もう早く死んで欲しいうざい汚い」

 聞こえるように好き放題暴言を羅列するそれらは、全てシャルと同年代か少し下の男女。

「……?」

 ルトは一瞬わけがわからない様子で辺りを見回していたが、彼が無視して歩き出したのでおとなしく追従してきた。

 ちょっとした人混みの中を体に油を塗ったようにすり抜けていくシャル。大半は凄まじい反射神経で避けていたが、彼が同年代とすれ違うたびに足払いか肘鉄が仕掛けられた。ひどいものではバットで腹を殴りつけてくる者もいた。

 だが彼は嫌がるどころかほとんど痛がる素振りも見せず、淡々と歩を進めていく。しばらくそれを見ていたルトはさすがに彼を呼び止めずにはいられなくなった。

「ねえシャル、なんでこんな事されてるの? なんでやり返さないの?」

「まあ、いつもの事だし……もう慣れたからなぁ」

「いつも? 街を見せてくれた時は何もなかったよ?」

「あれは親父がいたから――ぐっ!?」

 彼女の方を振り返った隙を突かれ、横から飛んできたサッカーボールに頭をやられて勢いよく倒れこむシャル。どっと笑いが起こった。

「ぶ、ハハハハ馬鹿じゃねえのっ」

「だせぇー、マジ信じらんね」

「なにあれキモい、道の真ん中で普通寝る? ありえない」

 それでも真っ赤に腫れ上がった耳を抑えながら静かに立ち上がる。

 ルトはどうしたらいいのか分からなくなっていた。泣きたいのも怒りたいのもなくはなかったが、まず今おかれている状況の発端、理由がまったく理解できなかった。

(あれ? シャル今吹き飛ばされたんだよね、どうして笑われてるんだろう? 嫌われてるのかな、でもシャルちょっとそっけないけど全然乱暴じゃないし頼めばなんでもやってくれるいいお兄ちゃんだよ?)

「やめなさい! 見世物じゃないわよ!」

 気が付けば大人の姿は消え、シャルとルトを囲むよう大きくドーナツ状に距離を取った人だかりの中からルーズが飛び出してきて、二人の前に立ち塞がった。

 それを合図に先程まではっきりと感じられた敵意は消え失せ、みな口々に言い訳をしながらその場を去りだした。

「別にあたしら心配してただけだしー」

「善意だよねぇ」

 ついていけずに呆けたままきょろきょろと首を振っていたルトは、その虐めっ子らの大群の中に一人、うっかり逃げ遅れた人物を見つけた。青いコンタクトと茶色いポニーテール――間違いなくミミルだ。

 彼女はルトと目が合ったのに気付くと、怯えたように身を縮めて路地裏に逃げ込もうとした。

「ミミル! ミミルだよあれ!」

 彼女を発見した瞬間、ルトは激しい憎悪を燃やした。片思いの恋人?を理不尽に笑い者にするような背徳的な友人なら、ボクにはいらない。それだけは自信を持って出せる結論だった。ルトはまるで獣と同じように両手を地面について、全身の筋肉を爆発させようとした。

「グルルルゥ……!」

「よせルト」

 それまで黙っていたシャルが、今にも飛び出そうとする彼女の肩を引き止めた。

「はなしてシャル! ボク、あいつ殺してくるの! 喉を噛み千切って、シャルのところに持ってくるんだよ!!」

 口調は激しいが、ルトは本気で抵抗したりはしなかった。狩りをするのに主人の指示を待つ猟犬のように……もし止めたのがルーズだったら、力ずくで振り切ってミミルを追っていただろう。

「俺はあいつがそういう事をしてるのは知ってたさ、正面切って罵倒された事だってある。次の日二人っきりになったら泣いて謝ってくるけどな。どこまで自分の意思なのかは知らないが、俺はミミルにとって都合のいいステータスシンボルなのさ。それがどんな存在なのかは問題じゃない、とにかく恋人がいるって言えば友達同士さぞ話も弾むだろ?」

 シャルはとことん嫌味の篭もった口調でまくし立てる。ルトはぎゅっと拳を握り締めた……ミミルにマニキュアを勧められてきっぱりと断った鋭い爪が、両手を傷つける。

 もうすっかり人気がなくなった往来を見渡して、ルーズは大きくため息をついた。

「まったく、私が出たとたんコロッと掌返して。みんな人間の屑よ。こういう街なんだって……でもこれで奴らはルトも敵視したわ。大人の人は大丈夫だと思うけど、これからは気をつけておかなきゃ……」

「ボクが? ど、どうして?」

「私みたいに元から友達のネットワークが広かった訳でもないのに、一緒になってシャルを貶さなかったから、よ」

「……ボク、この街もう嫌いだよ」

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