ミナとの戦闘
「アクア! どうやら交渉は無駄みたい」
ミミルが手で合図すると、彼女の肩のあたりの空間から実体化したアクアが現れて心底気だるそうなしぐさを見せる。もちろんミミル以外には見えていないが。ルトの方にも精たちは出てきたが、そちらはシルフィとアルテミスが勝手に顕現しただけのようである。彼らはシャル達にもはっきりと見えている。
「ったくよー、そんな馬鹿ほっとこうぜ。めんどくさいし」
「ボクは絶対許さないから! あいつルトをいじめてたんだもん!」
自分で出てきておいて干渉する気のないシルフィとは対照的に闘志を燃やしているアルテミス。こう見ると一人の人間の性格を反映した者たちには見えないが、今はそのどちらもがルトにとって本音なのだろう。
「えっと、せっかく出てきたけどさ、ボク今ほとんど手ぶらだからシルフィ達を使っては何もできないよ……? 魔法って捧げ物がいるんでしょ」
「えっ」
俺は野次馬だからいいけどな、と笑うシルフィ。
「る、ルトー! なんとかしてよ! ボク使ってよ! ルトの役に立ちたい立ちたい立ーちーたーいー!」
「今はムリだってば、使えそうなものなんて……ん~……やっぱり見あたらないよぉ」
ルトの頬っぺたに泣きつくアルテミスは木の魔法が出来るそうなのだが、ここは岩肌の断崖の中に出来た踊り場を横切る大きな川にかかった石橋の上だ。枝きれどころか土の地面すら見つからない。まさか岸で釣りをしている人達の所まで行って竿を取り上げる訳にもいかないだろう。
「それよりボクはやっぱり……こっちの方が好きだな!」
仰々しく掲げた小さな手を思いきり振り払うと、そこには手品のようにいつものブーメランの形をしたセレスティアルスターが握られている。ルトは決して肉体派という訳ではないが、物や頭を使ったり他人を頼るよりは自分の体を使う性質だった。
「ウチはどうしよっかなー、また見物しとこうかな?」
つられていったんは構えたものの、相手が一人なので大事にはならないと踏んで橋の縁に腰を下ろしてしまうテオリア。彼はいつもこんな感じで、本当に危ないとき以外は直接何もしてはくれない。
無論、彼に頼りっぱなしでは自分達の成長はない。旅の最後にはロストセレスティと戦わなければならないのだから、少しでも腕は磨いておいた方がいいだろう。
「勝利を奏で凱歌をもたらす力の旋律、あたしに続いて躍動しなさい! 「フォーストーン!」」
ミナが楽器ケースから折りたたまれた譜面のようなものを手に取り一つ叫びをあげると譜面は虚空に消え、ミナの両手がうっすらと白く光り始めた。
「彼女も何かしらの精を連れているみたいね、何をしてくるか分からないわよ」
アクアがシャル達にも聞こえるように注意を促すのと同時に、彼女はにやりと笑って持っていたハーモニカを口にあてがう。
「あたしの邪魔するんだったら、悪いけど正当防衛って事で消えてもらうから。じゃあね、通り魔さん達」
彼女がふっと息を吹き入れた瞬間飛び出して来たのは先程温泉で聞いた素朴な音色などではない、何本もの光の槍だった。
「たっ。ふーん……あんな事できるんだ」
キンと耳をつんざく風切音を立てながら飛来したそれはかなりの速度を持ち、恐るべき反射神経で完璧にかわしたルトの後ろでほとんど反応できなかったシャルの左腕をかすめて飛んで行き遥か後方で石橋に突き刺さった。エイルとミミルなど、その時点でようやく何か棒状の物が飛んできたのだと認識したくらいだ。
「明らかにお前の頭を狙ってきてたな、気を付けろよ」
「うん、分かった。でも大丈夫だよ。ボク気を付けてない戦いなんてないから」
「さぁどんどんいくから!」
彼女の唱えた魔法は音を武器にすることができるようになるものらしい、少しずつ距離を空けながらハーモニカを吹き鳴らす度に、音の代わりに鋭い光の槍が射出されてくる。まるで何度でも撃てる吹き矢だ。しかも結構適当に吹いているのか、二本も三本も同時に拡散しながら飛んで来る。ひどい事にその全てがルトを標的としていた。
「くそっ、俺がお前を放って突っ込めないの分かってやがる! 確か吸っても音が出るんだよな、すげえ密度の弾幕だ……!」
「橋の上だと隠れるところがないから、すごくあっちに有利だよこれ!」
遠距離攻撃をする暇は与えて貰えないのでなんとかして斬り込みたいが、距離を詰めればそれだけ回避は難しくなる。近付くにつれルトは避けるのに余裕がなくなってきて、体勢を崩した折にはシャルが吹き矢を叩き落としに出なければならなかった。そんな状況なので後ろの二人は出るに出られない。下手に動けば的が増えるだけである。
限界を感じたシャルはルトの前に出ると、剣の刃を大きく展開させて矢盾のように地面に据えた。こうして受け止めながら前進しようというのだ。しかし容赦なく突き立てられる光棒は想像よりも重く、大の男に体当たりされたような衝撃が立て続けに両腕を襲い痺れさせる。
「だいじょぶ、一回下がる?」
じりじりと押されながら歯噛みする彼に、あまり心配する様な声色は見せずにさらりと提案してくるルト。自分が「支えきれないと思われたくない」と思っていると案じているのだろう。だがそれは事実であった。
「でもそれじゃいつまで経っても……」
その時背中で辛うじて支えているシャルは後方に見えたものに思わず息を呑んだ。そこでは今まさに対岸の川岸に下りたミミルの指揮に合わせて川の水が一匹の巨大な蛇のように立ち昇っている所だった。何も特筆するものがないのを悩んでいた彼女が外の世界であんな派手な特技を身に付けたのを直に見ると、彼女も少しは自分自身を好きになれるかもと胸が熱くなるのを感じた。
「何あれ、気持ち悪」
心無い感想と共にミナがそちらにも同時に光棒を飛ばすように調整する。ここで詰みかと思われたが、光るナイフを握ったエイルが今度は余裕をもって見切り、弾いてみせた。
すぐに水蛇がミナ目掛けて突進し、喰らいつく。光の槍は水の塊であるそれを突き抜けてしまい、まともに受けたミナはその重い水圧で轢き倒されると共に大量の水を吸ったハーモニカからは音が出なくなった。
「あ! 何すんの、最悪なんだけど!?」
「喋るヒマあるの?」
ずぶ濡れで悪態をつくミナが顔を上げた瞬間には、水蛇に追従して飛びかかったルトによりすくい上げるように巨大な刃が襲いかかってくる所だった。
転がるように身をかわされ、ガリガリと火花を上げて石橋を抉りとりながら着地したルトは振り上げた勢いを殺さず一回転し今度は大上段から叩き付けにかかる。まともに当たれば人間など薪を割るように両断されるだろう。
しかし咄嗟にミナがケースから小さなギターを取り出してかき鳴らすと、ブーメランは鉄球にでも打ち付けたように大きく横に弾かれ石橋に深々と裂傷を作る。音波で周囲に壁を作られたのだ。
「あぁもう殺したと思ったのに!」
続けてギターが鳴らされるとミナを中心とする音波は広がりルトを吹き飛ばす。だが、守りに回った時点で大勢は決した。同じ手は食わぬと再び駆け寄ったルトがブーメランを降り下ろすと刃は見た目には彼女のちょうど頭の上で金属音をたてて停止する。
「ふざけんなし、マジで殺す気マンマンなんだけどこいつ……!」
「もっと! もっと重く、こんなの突き破るくらい重く……!」
ルトの要請に応えるようにセレスティアルスターは輝きを増し、ギターを鳴らし続けるミナの作る音波の壁にじりじりと沈みこんでいく。その時ーー。
「何をしていますか!」




