傍観者との対面
「大丈夫ミミル? 酔ったりしなかった?」
「平気かな、ここは?」
結局ミミルの城は上半分がズタボロに倒壊してしまい、そのままルト達に同行する流れとなった。剣の力で転移した彼らは、えも言われぬ空間に足を下ろす。
「俺達はもう何度か来たけどな、時間の流れの外側の世界らしい」
何も見えない、暗い世界……視界を遮るものは人も、動物も建造物も、地平線すらない。ただ真っ暗な空間だけがどこまでも続いている。
「うに、ここにロストセレスティがいるんだけど、まだその為に来たんじゃない。ここからは全ての世界を見たり、飛び込んだりできるんだよ。ほら見てみ」
テオリアが手近な壁を指差すと集中する視線に反応したのか、ひとりでに壁が光って四角い映像が映し出される。視点が次々と切り替わるそれはどうやら二つの国が戦争をしている最中のようであった。
やがて、その映像から壁伝いに細い光の糸が何本も伸び、また別の映像がいくつも出現する。一方が、もしくはもう一方が制圧した世界、更なる脅威が現れ二国が手を組んでいる世界、毒物兵器の乱用で生物の住めぬ地となった世界、和平の後の世界……様々だ。何十もに分岐した先でまた何百という世界の分岐が映し出され、流動していく。
「うっ……目が痛くなるわね、これは」
気が付けば見渡す限りの壁面がそういった映像で埋め尽くされており、圧倒的な情報量に潰されてしまいそうになる。ドーム状になっていると思われるこの空間は明るくなっても全く終わりが見えず、一つの小宇宙に投げ出されたような不安感が押し寄せてくる。
「いつもとりあえずここに来て、危なくなってる世界を探して入るんだ」
ルトがミミルの身体を支えて、次の行き先を物色し始める。
するとふと、一行の背後から静かな声が投げかけられた。
「そう、全てに繋がるどこでもない世界。エントランスとでも思って頂ければよいでしょう」
その場にいる全員が振り返ると、そこには深いフードで顔に影を落とした一人の男が佇んでいた。
「顔を隠したままで失礼、わけあってこの世界では無闇に外したくないのです」
敵意はないようで、彼はシャル達に一つ会釈をする。占い師のような体型の分からないローブを纏っているが、その立ち振る舞いは落ち着いていてどこか気品がある。
シャル達がこの空間に来た時にはいずれも何に出くわす事もなく用が済んでしまったので、完全に不意打ちだった。ルトもエイルも、どんな言葉を発すればいいか分からずにいる。
「まずは世界のために無秩序を滅ぼしゆくゆくはロストセレスティを倒そうと志すあなた方に感謝を。ここから見られる天文学的な数の世界を目にすれば、あなた方の世界がどれほど小さかったのか既にお分かりでしょう。長い旅路になるかも知れません、それでも本当にやって頂けるのですか?」
「白々しいね、すぐ向こうにはロストセレスティ達がいるっていうのにさ。ウチらに肯定的ならお前がちょこちょこっと説得してくれれば話は早いのに」
「それはあんまりです、マスターキメラ。確かに私が言って聞かせる事も可能でしょうが、それでは彼らが納得出来ないまま永遠にここに留まるのですよ? 不憫だとは思いませんか」
「……しゃ~ないな、あいつらは被害者だもんね。じゃあウチはこのままこいつらに賭けてみるよ? これ以上遅れると失敗しても代わりを探してる暇はなくなるけど、いいんだね」
「はい。その方達ならば必ず成し遂げてくれると信じています」
どうやらテオリアはこの男とも知り合いらしい。彼がこの空間に住み着いている者だとするならば、やはり自分達の事もよく知っているのだろうか。
「やけに評価が高いじゃんか、あんまり人間好きでもない癖にさ」
「私は全てを観ているという事ですよ、全てを見に行けるあなたが見逃している事も……ね」
テオリアはちぇ、と少し悔しそうに口を鳴らしてみせる。
「なんか切迫した感じだな、詳しい話は知らないけど俺達に出来る限りの事はやってみるよ」
好意的な姿勢を見せる相手に何か言わなければ、と切り出したシャルに男は微かに見える口元を優しく綻ばせる。いい感じだ。この空間にいれば今後出くわす事もあるだろう。距離は近いに越した事はない。
「期待していますよ。さあ、後ろをご覧下さい。あなた方には次にその世界へ向かって頂きます。まだ慣れていない方もいるようですから比較的軽度の危険度ですが、時球を収集している者がいるので行使する前に説得、あるいは撃破して下さい」
男が手をかざすと背後の壁一帯の光は大人しくなり、ただ一つだけの映像だけがくっきりと光を放っている。ここへ行けという事か。シャルは皆を集めると、テオリアに教わった通りに剣に掌を当てて念じる。すぐに、足が地面を離れた感覚が訪れた。




