ナイーブテオリア
「おっ、ここにいたのか。いつの間にか消えてるから気になっちまった」
城の窓から出て屋根をつたって上へ上へとよじ登り、避雷針だろうか? 最上部に取り付けられたポールの下にある小さな足場にテオリアが座っているのをシャルは発見する。
「ん……ちょっとね。ウチだってたまには一人になりたくなる……あ、でももういいよ! ほら、座んな。疲れたろ~ここまで来るの」
「はは、まあな。何から何まで氷で出来てるからあちこち滑りやがる。不思議とそんなに冷たくはなかったけどな、しかしミミルがこれを作ったのか……」
言って、彼は気付く。普段おちゃらけているキメラの少年の遠くを見つめる目が、その時ばかりはひどく寂しげなものであるのに。
「昔さ、いたんだ。すごくバカなペットが。舌っ足らずで、何をすんのも要領悪くて、臆病で……そうだ、運動神経も人間にしては最悪だったな」
「ペット、ね……可愛いじゃないか、ダメな子ほど」
テオリアは、しばらく何も言わなかった。過去を追想しているのだろう、ただ真っ青な晴れ空を焦点の合っていない眼で眺めており、シャルもまた彼から何か言うまでそうしていた。
肩の上で、小さなハリネズミが走りまわっては無邪気に首筋を舐めてくる。全身が黄色くて、青白い雷光を纏っているそれは先程見えるようになった雷の精だった。ゼファーと同じく言葉は出来ないようで、名前は……どうしようか。なくても困らないか。
(俺の性格のうち……そうだな、無邪気さ子供っぽさと、ルトにも見えてなかったって事は恥ずかしがり屋な部分ってとこか。自分でそう思うってのもくすぐったいけどな)
「ファントム」
「お?」
自分にしか見えないハリネズミと少し戯れている間に、テオリアが口を開く。
「そいつは、ファントムって呼んでたけどね。ここで言う精ってのと似たようなもんをそいつも連れてたんだ。だからちょっと思い出しちった」
「いいんじゃないか。たまには、思い出してやれば」
「シャルっちは、ウチが怖かったり、不気味に思ったりしないの? 人間をペットって言ったり、こんな風に……友達を遠い過去の物にしたりしちゃうウチを」
テオリアはこちらに目を合わせず、龍のようにした小さな尻尾の先をただ気怠そうに弄んでいる。
「俺は、お前が俺達なんかよりずっと強くて長生きで頭がいい生物だって納得したからな。言ってみれば人間が虫や魚を飼うようなのと同じ部分もあるかもしれない、でもそれは本当の事だし、完全に合わせろなんて無茶は言わない。そりゃあ初めて会った時は怖かったけど、あの時だってお前の方から歩み寄ってくれただろ」
何も、反応はない。続きを静かに待っている。シャルはこう続けた。
「多分、お前が俺達と一緒にいるのと同じ理由なんじゃねえかな」
「ウチが?」
「一度仲良くなってしまえば、相手が何だろうと関係ないさ」
「………………そっか」
返事もそこそこにテオリアはまた遠い目をする。その時――。
バシュン。ジュワァ……。
足元から氷を貫いて何やら赤く輝く光線が飛び出してきた! 高熱を放つそれは不規則に動くと氷の城を豆腐に糸を通したように溶かし、裁断していく。
「な、何だ何だ!?」
不意に目の前に現れたレーザーに肝をつぶしたシャルは慌ててミミル達のいるはずの部屋へと屋根を駆け下りた。
「どうした、何だあれは!?」
「わわわわ、シャル止めて止めて~!」
「お前かー!」
半分パニックになって部屋をバタバタと走り回っているルトの人差し指から、先程の光線が照射されている。もうもうと霧をあげながら城の壁を焼き斬っていくそれにルトの周りの妖精達は慌て、ミミルとエイルも避けるのに必死だ。
「魔法の使い方が分かったはいいんだけど、止め方が分かんないよ~!」
「分かった! 分かったからその手を振り回すんじゃない!!」




