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新たなミミル 後

「アクア? アクアって?」

「そうだなぁ……まずは実際に見て貰った方が早いかも。――大丈夫だよね?」

 ――もう。あなたが決める事でしょ、それは?

 ミミルの右肩の上で、顔をしかめながら溶け出すように出現した水色のジェル状の体をした美しい女性に、シャルとルトは感嘆の声を漏らし、エイルは裸体のそれに思わず片手で目を覆う。

「これが私の「精」、アクア。友達っていうよりお母さんに近いかな。口うるさい所もね」

「それはあなたが頼りないからよ。いつかどこかでミミルがご迷惑かけてたみたいでごめんなさい、シャルさん。もし、こんな子でよければあなた達のしている事、手伝わせて貰えないかしら? この子、今は独りなのよ……やっぱり、嫌かしら」

 それまでミミルにしか見えず聞こえていなかった彼女の声が、シャル達の耳にも入ってくる。

 シャルは昔のトラウマを思い出してしばし目を伏せたものの、すぐに楽しげな笑みを取り戻す。こちらのミミルは知らないだろうが、彼は「あの時逃げおおせた方の」ミミルに相談を相談を受け、すでに許している。

「いいのさ、色々助けてもらったのも本当だしな」

 傍らでルトが彼の口の動きを入念に観察していたのがミミルは気になったが、それだけ聞くと彼女はぱっと笑って引っ付いてくる。

「ねえねえ、その精っていうの、ボクたちにも出せるの? この人が魔法出してるんだよね?」

「精は本来、気付いていないだけで誰しも持ってるものなんだって。心を真っ白にして自分の近くに寄り添う何かを思い浮かべれば、その姿を取って現れる、その人の心そのもの。だから性格とかは所有者の人格を映すらしいの。例えば……私はもう一人持ってるわね」

 ミミルが軽く目配せをするとアクアが座っている肩のすぐ横の空間に、赤黒い鉱石の体の継ぎ目から血のように輝く溶岩の覗く無骨な人形らしきものが姿を現す。

「イグニス。無口だけれど、いい人なの。ほら、挨拶くらいは喋って」

「我……ミミル、精……炎……激情……化身」

 途切れ途切れの重苦しい声が響いたかと思うと、その石人形は黙りこくってしまう。沈黙を振り払おうと、エイルがその内容を指摘する。

「激情の、化身? ああ、拾う特徴が異なるんですね。それじゃあアクアさんはミミルさんのどんな性格を反映した方なんですか?」

「え!? そ、それは……」

 ミミルは急に口ごもって数歩後ずさった。アクアは意地悪そうにクスクスと笑っている。しかし、やがて覚悟を決める。

「……わ、笑わない? 笑わないよね……? ぼ、母性とか、慈愛の心。それがアクアよ……!」

 絞り出すよう告げて、顔を真っ赤にするミミル。エイルはどう返したものかと苦笑いだけ浮かべているが、シャルとルトは顔を見合わせて懐かしそうに微笑む。

「ルト、激情と……母性」

「慈愛……かぁ。ふふふ、確かにミミルだねっ」

「そうだな、ハハハ、性格を移すっていうのは本当みたいだ」

「も、もう! やめてったら!」

 たまらず二人の背を交互に叩くミミル。しかしあげつらって笑うというよりは二人とも何か答え合わせでもしたような様子で、それほど嫌な気にはならなかった。


「むむむぅ……」

 皆で目を閉じて、一様に集中する。そういった存在があるというなら、そう信じて念じればミミルがしたように精と会えるのではないかと思ったのだ。

「力み過ぎないで、ただ自然体でイメージするだけ……勝手に頭に浮かんでくるはず」

 ミミルが色々と助言するが……なかなか成果は挙がらず、エイルがいったん伸びをして小休止する。

「……だめですね、うんともすんとも……結構難しいです。こういうのってやっぱり才能とか関係あるんでしょうか」

「うーん、そうだなぁ。精を出すっていうのは心を曝け出すって事だから、純粋な人の方がうまくいきやすいよ。所有者が許さないと他人に見えないのもそういう事。でも私が二体も出せてるのは特徴が拾いやすかったのかな、とにかく他の要因も沢山ある訳で……あっ普通の人は一体なの。だからイグニスが姿を見せた時は天才だーって大騒ぎされて大変だったっけ」

「……純粋、ですか」

 エイルとシャルは誇らしげに語るミミルから、部屋の隅っこでしゃがんでいるルトの背に導かれるように視線を移す。そこには……。

「出た! 出来たよ~!」

「やった? ねね、見えてるよね? やったぁ~! やっとルトに会えた~っ!」

「おいおい、はしゃぎすぎだろ? ま、適当にヨロシクなー」

 周囲を飛び交う二匹の小さな妖精のうち一匹にやたら嬉しそうに頬擦りされてくすぐったそうにしている少女がいた。そして、その腕の中には変わった生物を抱いている。

「キュル~」

 燃えるような真紅の体皮に小さな翼、まだ申し訳程度の角と尻尾。おとぎ話に出てくる龍、そのヒナのような姿をした精だった。しっかり四足歩行はできそうだが、生まれたての子供よろしくルトに甘えている。

「う、嘘……いきなり三匹も」

「あらら、短い夢だったわね」

 がっくり肩を落とすミミルに、昔の彼女の事を知っているシャルは苦笑する。とことん平凡である事が彼女のコンプレックスであり、人にはない長所や特徴を持つ者に憧れを抱きがちな娘であった。

 程無くして、妖精の一匹が部屋をくるりと一周すると彼らの中心にやってくる。

「よ。オレはシルフィってんだ。風の力がある、アイツの奔放さの精。――ほら、そろそろ離れろって」

 どこかテオリアに似た雰囲気のある、生意気盛りの少年の姿をとった妖精はルトの人差し指に抱き付いて離れようとしないもう一方の妖精をたしなめる。

「ぶ~……えへ、ボクはアルテミス! 木を使って色々できるよ。ルトが持ってる今の自分を愛する心から生まれたんだ! だからボクもルトだ~い好き!」

 くるくると落ち着きなく飛び回るその妖精を物珍しそうに眺めていたエイルが、ぽろっと思った事をつぶやいた。

「それにしても龍の雛に、男の子が二人か……ルトらしいというかなんというか」

 しかし、それまで機嫌よく笑っていたアルテミスはそれを聞いて頬を思いっきり膨れさせる。

「ちょっと~! ボクは女の子だよ! パッと見で決めつけないでよね~!」

「わわ、ごめんごめん。女の子だったのか……うん、よく見れば可愛い可愛い」

 手で掴めそうなくらい小さな彼女の体のさらに小さい顔をしっかり凝視してみれば、確かにそこには中性的で童顔なもののどこか愛くるしい少女のそれがある。ただ、エイルが慌てて褒めたのも彼女は気に食わなかったらしい。

「ち~が~う~の~! 女の子扱いしないで~!」

 蜻蛉のような羽を激しく羽ばたかせて、興奮で顔を赤くしながら両腕をぶんぶん振り回す彼女に、横で見ていたシャルは既視感を覚える――この憤り方、初めてルトと出会った時と全く同じであった。

 ルトっぽい性格の、未熟な女の子。シャルにとっては付き合いやすい相手だ。

「悪い悪い、俺も男かもって思ってたよ。ちゃんと覚えた。もう間違えないよ」

「もう……ほんとだからね」

 どういう事なんですか、とエイルが耳打ちしてくるが、至極単純な話だ。自分が大好きという心を強く持っている存在ならば、彼女はそういうものなんだと認めてやるだけでいい。間違っても「可愛い子」「落ち着きのない子」などと記号化してはならない。子供は自分の考えを見て貰って、目を掛けて貰いたいと思うもの。何かと一緒くたにされるのはすなわち、愛が薄いという事なのだ。

「そして、君は……」

「クル?」

 エイルがルトの膝の上に目をやると、人懐っこく喉を鳴らす幼龍。こちらは喋る事ができないようだ。

「しかたねえ、ご主人サマが名前つけてやったら?」

 シルフィが投げやりな口調で促すと、当のルトはきょとんとする。

「そりゃそーだろ? 俺達は色んな精神世界からやってきた存在ではあるけど、こんな姿こんな性格でここにいるのはルトの想像の賜物なんだからよ、母親みてーなもんさ」

「そっか。う~ん龍かぁ……ゼ……ん、ゼファーがいい。キミはゼファーね!」

 喜んでいる――かは分からないが、龍はそれまで通りにルトのお腹に頭を擦りつけて甘えていた。どうやら異存はなさそうだ。


「それでそれで? どうやるの?」

「ちょっと待ってね、まずは供物を用意しないと……分かってるのは風と木か。うーん何か関係するものあったかなぁ」

 あれでもないこれでもないと部屋をひっかき回すミミル。

 彼女が学んだ魔法に必要なのは、供物――それぞれの精が喜びそうな物だ。依頼料と言ってもいい。それらを彼らの世界へ変換転送させ、その対価として色々な現象を起こしてもらう。といっても、必ずしも貴重なものを渡す必要はない。基本的に彼らは現象を起こす力を振るうのみなので、気に入る物を自ら生み出せる訳ではない。精神世界の住人に確かなモノを渡してやる事自体大きな価値があるのだ。

「団扇の一つでも見つかれば……あれっ、ゼファー?」

 氷の城にそんなものを持ちこんだ記憶はないけど、と苦笑いするミミルの隣で、幼龍ゼファーが床に転がってきた麦パンの束に齧りついていた。

「あらら、あなたは花より団子タイプなのね……それとも、やっぱりあなたも火を使うの? イグニスは燃えやすい物や有機物ならなんでもいいんだけど」

 ゼファーは二、三度パンを嚥下して満足そうに一息つく。すると、彼の体が淡く発光し始めた。

「わあ、それでいいのかな? え~とえ~と……」

 ルトはゼファーを抱き上げて目を輝かせる。ひとまずの準備は完了だ。

 もう一つ必要なのが、ミミルの苦手分野。詠唱だ。特に決まった文言がある訳ではなく、好きなように言葉を並べてよい。それを「その精が気に入れば」その分だけ強力な力を貰う事が出来る。また、文言は長ければ長いほど効果が高くなる。そうしたら、頭の中に勝手に発動の引き金となる術名が浮かんでくる。

 そうミミルが教えようとした時――。

「「メルト!」わっ……!」

 ルトは無詠唱で魔法をやってのけたのだ。よほど精と気兼ねなく心を通わせられないと、そんな事は絶対にできない。ミミルはこの時確信した。魔法に関してでさえも、すぐに自分よりルトの方が上をいってしまうと……。

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