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大切な物

「わ~い、ルーズだ~!」

 ある日の朝方ルトが打ち合わせた時間に玄関口から顔を出すと、ルーズは隣にある自分の家の前で待っていて、ひらひらと手を振ってくる。

「やほールト。えらいじゃん時間通りに起きてくるなんて」

「だって約束したもんね。他の子はよく寝坊しちゃうの?」

「んー……時間合わせる気すらないのよね。「後で気が向いたら跳んで来る」の結構腹立つんだけど」

 ルーズは中央搭の方を見て渋い顔をする。約束を破った友人は決まってあちらから歩いて来るという事か。

 二人は北西の商店街まで、ゆったりと歩きだす。今日はルーズが料理本を買い漁りたいから付き合って、と言ってきたのだが、本を探すのになぜ誘われるのかルトは腑に落ちなかった。

 しかしきっと本当の所は――。

「どう? シャルとは仲良くできてる?」

 二人きりでこれを聞きたかったのだろうな、とルトは納得した。

「う~ん、ちょっとそっけないけど多分大丈夫……って感じかな」

「あっ、なら平気だよ。シャル、いったん嫌いになった人にはうわべだけで付き合うよりズバッと言っちゃう方だから。お前のここが気に食わねえー!ってね」

 少し気弱な答えだったかも知れないが、ルーズはもっとひどい事態を危惧していたのか胸を撫で下ろし、機嫌をよくしてシャルの声真似までしてみせた。ちっとも似ていなかったけれど。

「そうなの? じゃあ安心かな。ぜんぜん怒ったりしないし、分かんないことは言ったら何でも面倒みてくれるし、いつも髪洗うの手伝ってくれてるし」

 嬉しい事を聞いたと思った。実を言うと嫌われていないか不安で仕方なかったが、本当にまだ付き合い慣れていないだけなようだ。

「へー! 根っこの方はやんちゃで甲斐甲斐しいんだよって言おうと思ったけど、よっぽど気に入られたんだね。っていうか、あなた自身が近寄りやすい雰囲気だし」

「でも……シャルもボクも喋るの下手だから、よく一緒にいて何話せばいいか分かんなくなっちゃうんだよね」

 ルトは沈黙は全く苦痛に思わない。しかしシャルの胸の内はまだ全然分からないので、何か話した方がいいのではと案ずる。しかし続いていた沈黙をわざわざ破るだけの話題が思い当たらない。そんな悪循環だ。

 もしかしたら、シャルも同じなのかも知れないが。

「うーん……話題って作ろうと思って作る物じゃないからなあ。私は何かある度にすぐ昔こんな事もあったよねーって思い出話始めちゃうんだけど」

 こればかりは仕方のない事か、とルーズとの会話も終わりそうになった時。何人かの男女が自分達を指さしながら寄ってきた。

「ほらあの子あの子! こないだルーズが言ってたのじゃない?」

「へぇ、かわいいじゃん」

「きゃ~ちまっこい! ほけ~っとした感じがイカス~!」

 ルーズに「友達?」と聞くと、彼女は女と男と他の女を順番に見て「友達の友達……の友達なのかな、あれはやっぱり」と煮え切らない返事。

 一番に男が駆け寄ってきて、自分に興味を示してくれる。

「やあ、すごく長い髪だな、そんなロング初めて見た」

「あはは、ボクもおんなじ位長い人見たことないなぁ。大切にしてるんだけど、もしかしてヘンかな?」

「例えそうだとしても、俺は好きだよ」

 何故かうわぁ、とルーズが苦笑いする。

「そ~お?」

 話が飛んだような気がしたルトが訝しげな顔をしていると、後ろの女達がおかしそうに笑っているので更に呆気に取られる。

「……そうだ、髪留めでも買ってあげようか? リボンなんか似合いそうだ。そしたら君の可愛らしい姿もよく見え――」

 男は肩にかかってきていたルトの髪をかき上げるつもりか、手を突っ込もうとする。しかし……。

「触んないでよっ!!」

 ルトはその腕に手刀を叩きつけながら反射的に大きく飛び退き、ばっさりと拒絶した。一瞬男は気圧されたように見えたが、すぐにやれやれと肩をすくめる。

「ちぇ、脈ナシかよぉ……じゃあルーズで。そんな子供っぽいの付けてねぇでさ」

 彼が指摘したのはルーズが前髪を開けている花形の髪留め。そういえば最初会った時からずっと同じ物だとルトは思い出す。確かに質素だが、そっと一味添える感じでいいと思うけれど。

「じゃあって、あのねぇ……悪いけどこれ、一生付けてるって決めてあるから。ナンパしてくれるなら別のお土産考えてきて。台詞も、ね」

「く、くっそぉ~……ダブル撃沈とか」

「ぎゃははは、失敗してやんの! 惨め惨め」

 連敗数がどうとか騒ぎながら、彼らはあっさりと去っていく。やぁねもう、とルーズはわざとらしく頬を膨らませていた。

「あぁ、あれがナンパってやつなんだ……つい本気で嫌がっちゃった……」

「あはは、ルトよっぽど髪触られるの嫌なんだね……覚えとかなきゃ。ばっさばさだから今度綺麗に手入れしてあげようかなって思ってたんだけど」

「ううん! ルーズは触る位いいよ! でもこのままがよくて……ちょっと……ううん、す~~っごく大事にしたいから……そだ、それも大事なものなんだね?」

 大切にしているとは言っても、あまりに美しく保ちたい訳ではない。ルトは上手く説明出来なくて、さっきの髪留めに話を振る。

「これね、何年か前にもっといい人がくれたんだ。奥手で愚痴っぽくて無愛想な、ね。単なる子供の気まぐれだったんだろうけど、見て嬉しかったんだって分かるように、毎日付けてるの」

 二個目がないからやっぱ覚えてないんだろうけどね、とルーズは笑う。誰の事かは考えるまでもなかったが、ルトは黙っていようと思った。

 これ、ふっと気付いた時が一番嬉しいやつだ。

「さて、さっさと本屋に行きますかー。私お料理得意なんだよ、試しに突き出せる相手が隣に住んでるから」

「そういえば半分くらい凝りすぎてヘンなものが来るんだって言ってたような……ボクもよく味見して貰うんだけど、意外と甘いもの好きだよね」

「そうそうああ見えてね! クレープとかアップルパイとか安売りしてると――」

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