最強の獣の選択
ルトを森の外まで送り、四匹の狼を潰さないようにしながらそれまでと同じ、もう何百年もそうしているように巣に身体を横たえ、ピンと張り詰めた不動の空気を楽しみながら頭の中を真っ白にする。
ルトがいてもいなくても自分の生活は何ら変わらない、自分の場所でひっそりと時を過ごし、必要とあらば森を歩き腹を満たす。派手さはないが、ゼザの至福の時だ。
「「きゃうきゃうっ……!」」
見当たらない主人の安否が気にかかるらしい幼子達が騒ぎ出すが、彼はそれを聞き流すだけで何も反応を起こさない。
(うるさいぞ、どうせ二、三日すれば顔を出す……スノウにでもついていればいいだろうに)
だが隠居を決め込もうとした彼は突如身体を起こし、時を越える光を身に纏った。
「む、これは……悲鳴……お前達、暫く戻って来るな」
同居人四匹を立ち退かせ、やがて微妙に景色の違う所へ跳躍する。何が変わったという訳でもない、少しでも視界を動かせば分からなくなってしまう程度の違いだ。
そんな森の中で一か所だけ、明らかに異常な事が起きている箇所があるのが彼には分かる。……木々は倒され、岩は砕かれ……近隣の動物は片っ端から死んでいく。何かが、故意に森を破壊している……彼はその存在に制裁を加えるべく、風となって森を駆けた。
「よぉ~しもっと死ね死ね、壊せぇ~!」
「フン……お前か、ドラ娘」
「きた! ゼザだ、久しぶり!」
新しく開拓されてしまった瓦礫だらけの荒れ地を更に押し広げようとしていたのは、ほんの数刻前別れたばかりのルト。ほぼ歳も変わらないだろう、一体何の経緯があって二十年近い過去のこの森でこんな事をしているのか。
ゼザは敵意を露わに彼女を睨み付ける、いつもの溜め息と呆れ顔はどこにもない。
「一度言って聞かせた。分かっているのだろうな? ここで荒事を起こしたなら、我が断を与えに来る事が。いかなお前といえど、生かしては帰さぬぞ」
「うん。もともとそのつもりだったから別にいいよ」
「……何だと?」
ルトは満面の笑顔でそう言い放った。自分の放つ巨大な威圧感への恐怖からか涙を落とし、震える脚を押さえて火薬の塗られているLサイズにしがみ付きながら。
「ボクね、みんなを守るために何回もすっごく強い怪物たちと戦ったんだ。使えるものは何でも使って、殺されそうになったらよく見て避けて、一番弱い所を見付けて順番に壊していって。すっごく頭使うの、同じ事にはもうなんない。何回やっても飽きないんだ! それでね、毎日毎日何回も何回も色んな所で戦って、一週間くらいでこの平野でボクより強いのがいるって聞かなくなっちゃった。でもそしたら、すっごくつまんなくなったよ……」
「馬鹿め、戦闘狂になりおったか……今こうして我と相対しても何も思わんまでに堕ちたのか? 本当に勝てるとでも思っているのか?」
ルトは武器を置いたままでゼザの鼻先まで歩いてくると、甘えるように体をうずめる。
「勝てるかなんて分かんないよ、ゼザ強すぎて今まで一回もちゃんと戦ったの見てないもん。ボクね、別に何にも考えてないんじゃないんだ。ほら、こんなに泣いてるし、震えてるでしょ? きっと殺されると思うからすっごく怖くて緊張するし、スノウ達にだってごめんって思う。それに大好きなゼザに嫌われたくないし、ゼザを殺しちゃうのはもっとヤだよ……でもほら、いつもいい事あった時してたみたいに笑ってる。色んなヤな事に負けないくらいゼザと戦うのが楽しみで、そうなって今最高に嬉しいんだよ! いくよ~、ゼザっ!」
ただ欲に溺れただけではなかった。ルトは自分や森の中の事、彼女自身の命、全ての価値を自分なりに考えた上で自らの望みと比較し、自分を殺しにかかるのが最上だと判断したからこそここに来ていた。
代償を顧みて尚望むならば……それは、彼が教えた通りだった。
「この、無垢で愚かで馬鹿正直な大馬鹿者が……!」
大きく飛び退いてLサイズを投げ、連鎖的に爆発を起こしながら森を削り取っていくそれの軌道上を先回りするように木々の枝を跳び渡って侵攻を続けるルト。
勢いを殺さず、かつ自分を狙って縦横無尽に飛び回るLサイズを掻い潜って彼女を追い、隙を見ては爪を振るうが……彼はもう無理だった。やがて真横から重い刃が迫る。
(それを聞いて、殺せなくなったではないか……)
そしてゼザは愛する娘とは、まったく逆の選択をした……すなわち、本来ならば負ける道理はどこにもなく、ルトを殺しても自分は何も困らないが、そんな彼女に対して抱いた小さな情を全てと引き換えに尊重した。
自らの命を捨てても、ルトが満足するなら構わないと思った。




