転送
町に入った頃には、もう夜もずいぶん更けていた。特に誰に会う事もなく父に連れられた家に入って、真っ直ぐに寝室に向かう。母の姿は見当たらない。もう先に寝入ってしまっているのだろうか?
「ほら。俺のだけど今日は我慢してくれな」
父親のぶかぶかのパジャマに袖を通して、静かにほくそ笑むルト。服を着るのもずいぶん久しぶりだ。ふと、部屋の片隅でひっそりと光を放つ石に再び目が留まった。
「ねえお父さん、あれって確か時間を……」
自分の目の前でゼザが半分崩してしまった町外れの家で、いつだったか父の手伝いをした時に目にしたあの石だ。こちらの住居に持ってきていたのか。
「覚えてんのか? あれは駄目だって言ったろ、早く寝ろ寝ろ」
その夜は慣れないベッドで考え事をして、あまり眠れなかった。あれを使えば、ゼザがおかしくならなかったように出来るんじゃないか。そうしたら、家が壊れなかったんじゃないか。
いつもゼザと一緒に色んな所を見て回ったのだから、それくらい何の問題もない気分になっていた。よかれと思って、ルトはどの時点のどこへ行きどうすれば上手くいくかを、密かに何度もシミュレートしていた。
「お、おはよ~……」
シャルが朝の営みを終え、さあ服でも買いにいくかとしていた所に、ようやくリアが起きてきた。
「ずいぶん寝坊したなぁ、起こしても無反応だし。眠れなかったか?」
「う、うん~……ふだんは丸まってねてたから……」
リアは目線も定まっておらず、かなり寝ぼけている。人のそんな姿を見るのも二年間無かった事だからと満足げに様子を見ていたシャルだが、リアが寝室に置いてあった時球を持って玄関口へ向かうのを見ると、思わず彼女を呼び止める。
「ん……まて、だからそれは駄目だっつーの……!」
しかしリアはまるで聞こえていない風にのろのろと家を出て行く。
「ちょっといってくるねぇ~……家なくなんなくてよくなると思うから~……」
「待ちやがれ……っ!」
あのまま森に向かう気だ。そう悟ったシャルは家を飛び出し、正面の通りでリアをどうにか押さえつける。
「それを使わせる訳にはいかないんだよ、ゼザから聞かなかったのか!」
「や~だやだ~、きっと大丈夫だからやるの~!」
どうにかそれを取り上げるが、そこでシャルはあの龍ゼザが恐らくキメラだろう事に気付く。龍というのも本来、少なくともあんな人里近くの森にはいない生き物だ。どこかの時代から流れてきて、あそこに定着したのだとしたら。
キメラは自由に時間を跳べる……一度でも森に行かれたらリアはきっと上手い事言って望みを叶えるだろう。どうにかして分からせないと、四六時中見張っている訳にもいかない。
(あの時の事を見せるしかないか……)
――シャルは覚悟を決めて、リアの肩を引き寄せる。
「いいか、これからお前をある時代に送る、そこにお前と同じように未来から来た女の子がいるはずだからそいつから目を離さないようにしろ。すぐにこいつの恐ろしさが分かる日が来るから。それから、少しは人らしい命の価値感も身につけて……」
「く~……」
寝ている。聞き分けなく制止を振り切ろうとした事と相まってシャルは苛立ちを覚えて、思わず怒鳴りつけた。
「聞いてんのか!!」
「ハれッ……! あ、うん!」
「お前にゃあっちで学ばなきゃいけない事があるから! それが済むまで戻ってくんじゃねえぞ!」
そう言って突き放すようにリアを転送して……ふと自分の目論みに多数穴がある事に気付いた。
(ん……そうだルトに会わせる事だけ考えて勢いでやっちまったけど……リア自身がどこでどう生活する……? しかもあの日って俺達除いてほとんどが死んだじゃねえか! 何とか呼び戻して……って、今の一つしか時球はないし、ゼザだってあいつがいなきゃ会えねえじゃんか!? テオリアは……あぁもう、送っちまったもんは今からどうこうしても間に合わないか……何をしようと今日一日で帰ってこなかったら諦めるしかないのか……何やってんだよ俺……かといって素直に森に行かせる訳にもいかないし、頼むから無事で帰って来てくれよ本当に……)
大きな災害を防ぐ為と、それだけを考えたが為にほんの何気無い事でリアを早速この上なく危険な目に遭わせる事になってしまった。
口で言えばよかったようにも思えるが、習慣づいてしまった時間移動は実際に脅威を体験しなければなかなかやめられないだろう……こうしなければ今の世界も巻き込んでリアが破滅に進むかもしれないのだが、それでも今一番愚かだったのは自分だったと激しく後悔した。
して、リアがどうなったのかというと。
「シャル~っ!」
「だぁ~入ってくんな! お前はどういう育ち方してんだよ!?」
しっかり目の前にいた二人組に拾われて、一つ屋根の下で暮らす事を許可されて、全く知らない男の子の身体見たさに好奇心で風呂に乱入した所である。
「わぁ、やっぱり面白いね、フワフワする~」
彼女は湯の感覚を面白がっているだけでも、相手の方は動揺し切って身を引けるだけ引いて呆れる。
「だから来るな、触るな、近寄んな! 何がそんなに楽しいんだか」
「だってこうやってちゃんとお風呂に入るの久し振りなんだもん!」
「へえ……? どれくらいだ? 二日か三日か、まさか一週間なんて事ないよな」
「え~っとね……」
長い髪で水面を覆いながら指を折って考え込む。リアがちゃんと人の家で温かい風呂に入っていないのは……。
「五年くらいかな? ……いたっ」
急にシャルの表情が無くなり、床に組み倒される。ありったけの洗剤をぶちまけられて、リアはさぁ~っと青ざめた。
「みみゃあああああぁぁぁぁぁ~~…………っ!!」
遠くから響いてくる悲鳴に、居間のテーブルでルーズとフェイは笑い合うのだった。
「あはは、い~なぁ仲良しで。私もあの娘と一緒に入りたいのに、なんで女の子同士で断られてシャルはいいのよ」
「嫌な物は仕方ないさ、同じ匂いでも感じたんだろうね。似た物同士、いい兄妹になってくれそうだよ」
屈託なく微笑むフェイに、ルーズは口を尖らせる。これからあの二人がどんな関係になっていくのか、内心気になって仕方がなかった。
「フェイさんは冷静すぎると思いますー。ルトだっけ、確かにあの子は幼いけど年頃の男女なんだからねー」
転送先の小シーン、これっきりですがわざと矛盾を入れています。のちのちの展開で使う要素なので……




