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五年ぶりの帰宅

「…………はぁ」

 巣に帰って来て、ルトは茫然としていた。まだ時々思い出したように体が震え、固まる。こういう事もあるのだとゼザの話から想像はしていたが、今回の事は彼女にとって唐突過ぎた。自分の知らないうちに、群れが訳の分からない生き物にほぼ全壊に追い込まれ、自分自身もあと一歩で命を落とす所だった。

「ゼザ~……群れ、なくなっちゃった……」

「仕方あるまい、キメラが――ああいう奴が入ってくる事も時折あるのだ。出来るだけ早くに、もう忘れろ」

「う~……じゃあさ、ボクゼザの生まれた所、見てみたい」

「は? 何故そうなる?」

 別に難しい理由なんてなかった、今は何でもいいから気分を変えたかったし、仲間がいなくなった分を、今いる仲間を出来るだけ知って埋め合わせたかった。しかし、ゼザはすこぶる気が進まなさそうだ。長い顎髭を揺らしてゆっくり首を振り……それでも渋々承諾してくれた。

「それは構わんのだが……あまりすすんで目にしたい物ではないのでな……どうしても見てみたいのか?」

「う、うん」


 いつものようにゼザの背中にしがみ付いて、目を開けているのか閉じているのか分からなくなる黒くて青くて肌色の世界を駆け抜ける。無風で、動いている感覚がない。いつも何も感じる物がないから、この時の事は記憶に残らない。気が付くと周りの景色が組み上がっている感じだ。

「さっさと行くぞ、あまり期待するなよ」

「……あれ? この森だ。ホントにもう着いたの?」

 周りの様子がほとんど変わっていない。違う所といえば、巣にスノウがいない事くらいだ。

 だがゼザは普段ルトがすっとぼけた事を言った時のように鼻で笑う事はせず、ただ乱暴に走り出す。身体に油でも塗ったように木々をすり抜け突き抜けていく彼に、ルトは左右に身を振られて吹き飛ばされないようにするので必死だ。


 小さな森を飛び抜けて、自分の育った街と同じ場所に別な何かを見受ける。高い壁に覆われて大きな塔が真ん中から顔を出した街。

 薄暗い夕闇に紛れて高い外壁を軽々と跳び越えたゼザの首元まで毛皮を登っていって見下ろした街の風景は、何となく眺めた所いつも見慣れたそれとさして変わらない。

「我はこの頃……迫害を受けていた。下らん馬鹿騒ぎにどうしてもついて行けなかった。我自身もまた奴等を見下していた節がある、当然だな。蹴り落とされんが為に仲間の肩を引き他人の背は踏み台にする、自分達の作った流れに負ける事だけを恐れて決まりきった評価基準に沿い自らを高めた気分になっている……あれと同化するのは、死ぬと同義だ」

 口に咥えられ、置かれたある屋根の上でじっと待っていると、眼下の道を誰かがおぼつかない足で歩いてくる……。

「もしかして、あれが……?」

 蒼アザと切り傷だらけの身体で顔が潰れ、右腕が折れているのか有り得ない方向に曲がっている。頭髪が無い事もあって男女は判別できない。

「自分で仕方がないと納得した事もあって、日を追う毎に激しさを増す理不尽にも耐え続けた。肉体的な痛みは感覚から追い出し、自我への荒波は心を閉ざして。だが……我も子供だった。自分の存在する意味はまだ、近しい人に求めていたのだ……」

 その人物が一つの家の扉を開けると、男性が一人顔を出して……身振りと、直後遠慮がちに戸が閉められた事から、こう言ったように推測できた。

 ――誰?

「っっっっっ!!!」

 後ずさりして立ち尽くす若者がやがてその場に膝をつき、糸が切れたように倒れるのに合わせて、ゼザはその巨体を縮めて打ち震えている。

「……ゼザ? なんか、さっきから変だよ……? わざと自分が悪く見えるみたいに話してさ……?」

「……すまぬな、ルト。もう何も思わぬと考えていたのだが……まだ早過ぎたようだ。何が起きるかなど、わざわざ見ずとも鮮明に覚えていたのにな……!」

 ルトは二人を見比べて何が起きているかも理解出来ずにあたふたする。

 そしてすぐに眼下に横たわった人物の背中が、何か中にいる存在が出たがっているようにあちこち膨張を繰り返し始める。

「お前を巣に戻すまでは抑える、その後は……何処かへ逃げろ!!」

 全身の毛を逆立たせたゼザに牙が突き刺さる勢いで捕らえられ、目を開けていられない程の風が襲ってくる寸前に視界の端に映ったのは……怪しく思ったのか再び外に出てきた男性を食い殺してそのまま破壊の限りを尽くす、白銀の巨龍だった。


 街の壁を跳び越えて木々を薙ぎ倒し、時を越えてスノウのいる巣に着くまでは、ルトがたった二、三度息をしている間に終わってしまった。寝床に投げ捨てられたルトは巨大な殺気に驚くスノウの事は後回しにし、急いで体勢を戻して咆哮をあげる父に飛び付く!

「ぐゥおああアァーー!!!!」

 辛うじて尻尾の先を掴んだと思った瞬間に、ゼザは絶叫しながら先程の道を再び走り出す。体が激しく振り回されて無数の小枝に衝突するのも、今は痛みも感じなかった。ルトは情報不足と混乱と恐怖で頭が真っ白になっていたが、否応なしに鍛えられた第六感が近い未来を示して、手を離してしまいたい衝動を抑えた。

(ゼザは人間を殺そうとしてる……多分、誰でもいいからたくさん!!)


 一方その頃、シャルは久々に落ち着いて机に座って食事を待っている所だった。遂にミミルの「たまには休め!」という言葉に押し負けたのだ、それに二年目を迎えてシャル自身もあまりにも薄い望みに志が折れ始めていた所だった。

(やっぱり、あの数日後には餓死してて、骨も無くなっちまってるのかも、な……リア……)

 妻――ミミルは料理の手が空く度に鼻歌混じりに自分を見に来ては満足そうな笑みを浮かべている。

「なんっでも言ってね~、今日は一日中そこに座ってていいのよ!」

 その顔を見ていると、自然に気分が安らいできて気付いた。リアを見付けてこの顔をさせるはずだったのに、自分がそれを中断しただけでいとも簡単にそれが達成されている事に。

(……そうだな、リアが元気にしてたとして、二年も経ってるんだ。その間過ごした環境も大切になってるだろうし、もう親としては見て貰えないかも知れないもんな……)

 いつしかミミルは自分が考えていたよりももっと小さな結果で満足するようになっていたのだ、すなわち自分が今日ここで……。

「なぁ……俺、もう終わりにするよ。前を向くよ……」

「えっ……!!」

 そう言うだけで。

「シャル!」

 こちらを振り向き、嬉しさと、信じられないといった様子で顔を綻ばせて駆けてくる。

 だが、彼女のその手が彼に触れる事はなかった。

 ――ガシャァ、ベキベキベキ……!

「なっ、何だ!?」

 突然天井が崩れ、家の半分、ミミルの立っていた側が一瞬にして崩落した。土煙の向こうに見えるのは……。

(なんだあれは……馬鹿デカい、犬の足か……!? あれが家を潰したってのか!?)

 それを認識すると、咄嗟に倒れた柱の一本を手に窓から外へ出た。ミミルは恐らく助からない、巨大な足が見えたのは直前までミミルが立っていたのと符合する位置だったから。そう、足……今まさに家の残骸を踏み散らし自分に憎々しげな視線を向けてきているこの白く美しい……。

「龍……かよ……!?」

 見るのは初めてだったが、イメージからしてとても手に負える相手ではない。昔の自分……それこそルトと一緒でも全く歯が立たないだろう。まあルトはこの手の相手だと怯えてしまって使い物にならなかっただろうが。

「グロアアアアア!!」

 力任せに彼を叩き潰そうとする銀龍の拳を完全に運任せで避けるも、すぐに追い詰められてしまう。盾にした柱が砕けて自身も吹き飛び、地面に叩き付けられる。そこへも容赦なく追い打ちが迫る。

(ここまでかっ……!)

 だがその時、間に割って入って来る何かがあった。

「やめて! ダメ、やめろよゼザぁあ!!」

「お前っ!!?」

 それが誰なのかを、理解する間もなかった。龍はそれを見て思う所があったのか薙ぎ払う前足を止める姿勢を見せたが、完全には間に合わなかった。自分を守ろうとした何かは遥か遠くまで吹き飛んで、どうやら意識を失ったようだった……。


「嘘だろ……!? じゃあずっとこいつは、あんたとそうやって暮らしてた、のか……!」

「うむ……おかげで少々獣寄りに育ってしまったが……お前が父親だったとはな。我があそこで匿っているうちにずいぶんと無駄な苦労を掛けさせてしまったようだな」

「いや、それはいいんだ……こいつの事に関しては、むしろ感謝する」

 ぐったりしたリアを挟んで会話を試みる二人。リアが自分を庇ってすぐに彼は人(龍)が変わったように落ち着きを取り戻し、リアを拾ってからの事を略式で話してくれた。

 リアは森の中心部、この龍の認可する者しか入れない空間にずっと住んでいたという。どうやらリアは偽名を使っていたらしいが、その名は二人だけの秘密だそうで教えてはもらえなかった。

 同時にシャルもその龍がどうかしていた事を伝える事ができ、ミミルを殺害した事を知るとその恐ろしい口からは謝罪の言葉まで出てきた。

「誠に、申し訳ない。我が怒りに囚われていたせいでそなたの……!」

「謝る……のか? 意外だ……あんたから見りゃ大した事でもなさそうなのに」

「必要があって覚悟の上で、ならば物の数ではない。だが今回は全面的に我の落ち度だ。そなたこそ、我に刃を向けぬのか? 今ならば刀一本折れるまで甘んじて受けようぞ」

「……突然、何の前触れもなく一番望んでいた事と一番恐れていた事が起きてよ……気持ちの整理が付かねぇや……だったら、自分の性分に従うだけだ。無駄な報復は、いい」

 話せば話す程似通った性格が露呈してくる二人は、不思議と落ち着いて話し合えた。全てを聞いた訳ではないが、シャルもリアが森でどのように過ごしていたかあらかた聞き及び、そしてリアがまだ家族の事も変わらず好いている事に胸を撫で下ろす。

「その色んな時代に連れて行ったって奴だけどさ、それだけはやめさせてくれないかな? あんたがついてれば安心ではあるけど、色々あって……そういうのに慣れさせるのだけはどうにか避けたいんで……さ」

「うむ……善処しよう。口で言って理解してくれれば、だがな」

 そして最後に……リアの身の振り方について。その龍は、もう二年間だけ自分のもとで預かるのがいいと提案してきた。

「そうか。よく考えたら、帰ってきたからってはいおかえりって訳にもいかないか」

「まず家と女を我が奪ってしまったからな……加えて街の知り合いにも説明が必要であろう? 何より聞いた限りでは、まずそなた自身に肩の荷を下ろす時間が必要そうに思える。過去に出会ったという少女と重ねて見てしまうままでは、こいつも大して喜べんだろう」

「……ああ、その通りだよ。うちの子をもう少しだけお願いします……だな」


 それからシャルは二年振りに墓地の方へ向かい、体が潰れてぐったりしたミミルを埋葬した。名前のある墓なんていつから作っていなかっただろうか。

「ごめんな……もう俺、今までみたいにはならないから」

 もうここへは来ないつもりだ。深い霧の中を手探りで進むような事をしていた自分は、歩む方向を変えるのが不安だっただけ。欲しかったのは納得ではなく区切りだったのだと、今更ながらに分かった。

 なぜなら墓に刻んだザウバーの文字を見て、頭がすっと冴え渡った……ミミルと引き換えに昔の事をいつまでも引き摺っている自分も、ここに置いていく事にようやく決心がついた。でなければ今唯一最大の吉報が、踵を返して逃げていってしまうだろうから……。

(結局俺は他人に背中を押され、他人に手を引かれて……一人で抱え込んでたっていつかはこうなるしかないのか。何でも一人で考えて解決しようとしてた頃が馬鹿みたいだな……)


(むう……さてどうしたものか)

 巣に運んできたルトの前で頭を抱えるゼザ。それを横目に何も知らないスノウ達は呑気にルトを突っついたり腕に噛み付いたりしている。

「スノウ……そやつらは何か? 昔のお前と同じか?」

 群れの中で最後に生き残った、この生まれたばかりの三匹の子オオカミは行き場もなくルトとスノウに助けて貰ったこともあり、二人から離れようとしない。

 元々仲間同士なのだから当然とも言えるが……また巣が狭くなる。

 今までと同じようにまた二年過ごせばいいだけだというのに彼は何故悩んでいるのか? それはルトが「帰る事が出来る状況」になったからである。

「気付いた頃にはオオカミだらけになっているかも知れんな、我の巣は……」

 これまでルトを完全に自由にし、どんな肉だろうと平気で食べるようになっても、勉強から逃げても、オオカミの真似事をしても、時間ではなく体調と欲求に合わせた生活をしていても、本気で文句を言わなかったのは生きていく上でそれが正解であったし何よりルトには自分の所しか行く所が無かったからだ。

 だが今度は二年後には親元に戻さなければならない。つまり……ある程度普通の女の子にしなければならない。ルトには実に無理難題……でもなく、ゼザはそのくらい教え込む自信はあった。では何が問題なのかというと、そっくりそのままルトを更に二年もの間親の手から離す事である。

 自分にとっては一瞬の事だが、ルトくらいの娘にとってこの時期は大切だ。本当の親と共に成長期を過ごせるというのは当たり前のようだが幸福な事であって、出来る事ならそれを奪い取るのは避けたい。第一ルト自身今日の記憶が吹っ飛んででもいなければあらゆる手を使って自分が気絶した後何があったかを聞き、断固帰りたがるであろう。

 父親にしても、探していた娘が戻って来てちょうど反抗期でも迎えていたら気の毒どころの騒ぎでは……。

「う~む……仕方がないか……ほれお前達も集まれ」

 ゼザが選んだのは、多少ルトが変わり者扱いされても時間の所有権を尊重してやる事だった。あの父親がどうにか育て直し切るのを期待する事にしたのだ。


「う、う~ん……?」

 ルトはまだ痺れる身体を起こして、いつもと変わらぬ風景にまたも混乱する。自分が毎日のように寝食に使っている、森で一番の大樹の根の隙間に床草を敷いただけのゼザの家。夕方まで寝ていたのか、遠くの空が黄色く染まっている。

 自分はおかしくなったゼザと一緒に以前の自分の家に行って……家が崩されて父を庇ったではなかったか……? 全てが夢であったのだろうか?

「やっと目が醒めたか、そのまま死ぬまで寝ているのかと思ったわ」

「あれ……巣? ゼザ、もう元に戻ったの?」

「お陰様でな。しかしお前の方こそ回復が遅すぎやせんか? まぁ、我に殴り飛ばされてそれならいい方かも知れんがな……」

「あっ、そうだボクお父さんの代わりにハタかれたんだっけ……どれくらい起きなかったの? ボク」

 話が通じる、どうやら夢ではなかったようだ。また気を失っていたのか……どうせ一日や二日だろうが……。するとゼザは、信じられない台詞を口にした。

「二年」

「二日……えっ?? に……ねん? ねんなの!? にちじゃなくて!?」

「そう、お前はあれから二年間ずっとそこで眠っていた」

 あくまで冷酷に、淡々と告げるゼザ。

 そんな事が実際にあるのか? というより出来るのか? 物語の類としては時々見られる現象ではあったが……。

 あまりにも突拍子がなさすぎてどの辺りが疑わしいかすら思い付かなくなった。それでもまず考え至るのは。

「……千食くらい食べ損ねてる……っ!?」

「まずそこなのか」

「ずっと寝てたんでしょ? 水は、トイレは、水浴びは!?」

「ええいやかましい、昏睡状態とただ寝ているのは違うのだ」

「どう違うの? どうやったから死なずに済んでるの?」

 ゼザはこっちを向こうとしない。珍しく声を荒げて、何だか早く話を終わらせたいように見える。

「我は知らん! 食うに困らなかったから放っておいたら今起きただけだ、ろくに顔を見るのも二年振りだというのに。そうだそれよりも……喜べ、今からでも親の所に帰れるぞ」

「え? でもボク、出て行けって言われたし……帰っても普通にしてたらまた町のみんながヤな顔するんじゃないかな?」

「あの後多少話したが……出て行けと言われて本当に出て行く子供があるか。もうはみ出し者扱いもずいぶん収まっている筈だぞ、父はお前がいなくなってからずっと弁解を続けていたというからな。帰って来て欲しくて仕方がないのではないか?」

 それを聞くと、ルトは自分の身体の事など頭から消し飛んでしまい、ぱあっと表情を明るくする。

「ほんとに~!? そっかぁ……うふふふふふ~……そうだったんだぁ~……!」

 嬉しいと顔が勝手に笑ってしまうのは性格だろうか、はやる気持ちを抑えもせずにさっさとゼザの背によじ登って……しかしそこで顔を曇らせて辺りを見回す。

「でも……そうなったらもうここでの暮らしはなくなっちゃうのかな……こんな急に。スノウの事はどうしよう……? ゼザともこれでお別れなの?」

 今度はゼザの方が、ひとしきり笑った。

「なんだ、そんな事が気になるのか? 気が向いたらまたいつでもここへ来ればいいだろう。何なら父親も連れてきて構わんぞ? いや、父に限らずお前が我と会わせてもいいと思った者はどんどん連れて来い。他愛ない世間話で笑い合える客人なら大歓迎だ。そやつらも、お前が顔を見せるのを楽しみにしているだろうしな」

「そやつら……? あ、仲間が増えたんだね、スノウ!?」

 ゼザが顎で指した方を見れば、スノウの周りに小さな狼が三匹隠れるように身を縮めている。

「ついこの間スノウが拾って来たのだ、お前の孫弟子のようなものだな。さあ、これでもう何も憂いはなかろう、行くぞ」

「うん! スノウ、みんな~! すぐ戻ってくるから安心して待っててね~っ!!」

 こうしてルトは長らく森での生活を共にした最高の友達にしばしの別れを告げる。彼女の知る中で、全てが幸せな結末へと動きだそうとしていた。


「おし、今日の仕事も終わりだな。そろそろ約束の二年か……意外と短かったな」

 夏へ向けて花火を仕上げてしまい、大きく伸びをして肩を鳴らすシャル。あれから崩れずに残った仕事場と空き家のままだった元ミミルの家を往復する毎日。

 自分の方はかなり落ち着いたが、オルタナの住民はまだまだ市中で死体を掻き漁ったリアを怖がる人も多い。

 正直な所、まだ不安が残る。怖がられるならまだいい、自分のように誇大な噂が独り歩きして頭ごなしに憎まれたりしないだろうか。森暮らしで他人と上手く付き合えないんじゃないか。

(あの龍に待って貰った分、俺がしっかり守ってやんなきゃな)

 そんな事を思った矢先に、ちょうど開けようと手を掛けた扉が叩かれる。きた。緊張しつつも、努めて笑顔でそこを開く。そこにはちゃんとリアが、引き攣った笑いを浮かべて立っていた。

「え、えっと……た~、ただいま~……?」

「ああ、おかえり……よく、帰ってきたな」

 姿形はまるでルトそっくりに変貌していたが、彼は大丈夫だった。もうルトの影は見えない。

「何て言えばいいかな……んと、お父さん怒って……ない?」

「な、何を怒るんだよ……」

 ほとんど裸で自分の前に立っている娘に、服を用意しておくのを忘れていた事を軽く歯噛みしながら、慎重に言葉を選んでいく。

「ずっとさ、帰らなかったからさぁ……」

「怒るもんか、俺も反省したんだ。寒くないか? 町の方にちゃんとした家があるから、今日はもうそっちで寝ちまった方がいいよ」

 双方、どうもぎこちない。取り立てて言うべき事がないからだと思う事にして、シャルはそう提案し、歩き出す。早い所、日常に引き込んでしまえばいいだろうと。

「どうした? 帰ってくるんじゃないのか?」

 リアは少し躊躇していたが、とっかかりを与えてやると素直に自分の横に付いて来てくれた。

「う……ううん! 行く! ボク帰る! ほんとに、ただいま! お父さん!」

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