唐突な謎の襲撃
「いつの間にか大きくなったね、スノウ。冬も越したし、そろそろここに来て二年経つのかあ……」
いつものように狩りを終わらせ、スノウの背に乗って帰る。出会った頃は潰れてしまわないか心配するくらいだったのに、今では背中に体を横たえられるまでに成長した。昼間に二人だけで狩りをするにも、鼻に脚に牙。頼れる相棒となっている。
「いや、度々別の時代に寝泊まりしているからな、お前からしたら大体三年と考えていいだろう」
木々を縫って感覚のまま進むうちに、よく目立つ銀毛がすぐ横に付き添っていた。
「あっゼザも帰り? そっかぁじゃあボク十三歳かあ……でも何も変わんないもんだね」
今まで歳も季節単位で数えていたくらいだ、自分が成長したかと改めて思った事もなかった。周りの全てと比べて自分がちっぽけな事は変わらなかったから。
「まあ、区切りとなるものが特にないからな。だがお前も最初と比べて大きく育っているとは思うぞ? 髪の長さには流石に追い付いていないがな」
今までも相当だったがもう絵本で見た「王様のマント」並になっている自分の髪。それに紛れて実感がなかったが久し振りに二つの足でスクッと立ってみると、確かに一段高い所に登ったような宙に浮く感じがする。
それに気付いてみると、急に笑いが止まらなくなった。ゼザがとうとう頭がいってしまったか? と面白そうに顔を寄せて来るのも全然気にならない。はっきりした成長を見て誇らしげになったからか、全く気付かず生活していたおかしさか、目の高さが変わった景色が新鮮だからか、色々と混じって一口では説明出来ない理由で腹を抱えて笑った。
そうしていると突然、背後から遠吠えが聞こえた。
――クオオォォーーン……!
「リーダーの声だ! 何だかまずそうだよ!?」
「ガウッ!」
二匹はパッと身を翻して駆け出す。
「もはや狼の声を大方判別出来るのだな……果たしていいのか悪いのか」
「ゼザは先帰ってていいからね~っ!」
狼の問題にはゼザを引き込まない……いまだ律儀に守っているのには感心したが、ゼザの方は不穏な空気を感じ取っていた。
「む、これは……普通ではないな。待てルト! あまり突っ込むな!」
「え~!? 聞こえ…ぃ…~…」
遠ざかって行く返事に舌打ちをするゼザ。慎重に気配を辿りながら、彼もすぐに招かれざる客のもとへ足を向けた。
「ぅわ……ひどいや……どうしたらこんなんになるの……?」
群れの強い者から順番に、過ぎ去る景色の中にその大部分を食い千切られた死体が散乱していた。だが助け起こす事はせず、スノウもルトを乗せたまま立ち止まらなかった。
頂点の個体に始まって五匹、十匹、二十匹、三十四十……いつしか仲間もずいぶん増えていたものだ、それらが一匹残らず頭や腹を奪い去られていた。少しずつ未熟な狼も混じって草陰に倒れている。
ルトは胸の内に爆弾を抱えたように息を詰まらせ、手足の感覚が無くなった。スノウも次第に走る速度が落ちていく……二人は頭で考えるはもちろん、本能的に怖かった。このまま行けば、この血染めの絨毯の末端を締め括るだけなのではないか? ただ単に怖いと言う感じはこれまでドジを踏んだ時に何度も味わったが、この時の二人は確実に――怯えていた。
(うぅ……ヤだ、行きたくない、帰りたい……!)
だが、逃げられない理由があった。ルトは歩みを止めかけているスノウを一度なだめ、自らが走って彼を先導する。
「キュィ~……」
「こ、こわがっちやだゃめだよ、スノー。まだ少しだけ役にたてりゅかも、だからさ」
自分はこの白狼の主人だ。スノウが怯えていればそれを引っ張ってやらなければ。震える声で強引にまくし立て、ルトは自分達よりもか弱い仲間を一匹でも救うため狼達の屍を踏み越えていった。
「まぁてまてぇ~!!」
やがて前を走る影に追い付いた! 樹の陰で暗くてまだよく見えないが、後ろ姿は豹かライオンか。二人はそれ目掛けて同時に体当たりと飛び蹴りを食らわせて注意を自分達に引き付けた。それを機に、出会ったばかりのスノウよりもずっと幼い子供オオカミがバラバラに逃げていく。
(あれと、あの子と……やた、三匹間に合った!)
もう二匹は、群れの最下位ではなかった。生まれてきた何匹かの子供達は、今まで上の者に護って貰っていた分だけ、自分達も助けてやらなくてはならなかった。そうでなければよくしてくれた仲間は、自分達が無駄に痛めつけていたのと変わらないからだ。
「…………ッ……!」
「ひゃ……っ!?」
声もあげずに振り向いたそれはとてもまともな動物とは言えない。本来頭があるべき場所から、六尾の大蛇が生えてきていた。その蛇に目は無く、それぞれの口は体の三分の一程まで引き裂かれたように割れている。
「あぐぅぅぅうぅ……」
向き合っただけでルトはまさしく蛇に睨まれた蛙のように上手く動けなくなる。やるべき事を済ませた今頭の中は逃げる事で一杯だが、確実に自分が捕食対象になっているであろう事で緊張が限界に達し、脚が震えて曲がらなくなる。涙も意思とは関係なしにとめどなく溢れてきた。
ほとんど転がるのと同じ動きで迫る首から逃れようとするが、すぐ手足を踏み敷かれてしまった。視界一杯に六つの赤い口が広がる。
(あぁ、ボクこれでお終いかぁ……せっかくだからせめて大人にはなりたかったなぁ……)
「待て、下衆が! ここは我が世界ぞ、消え去れ!」
しかしそんな事はゼザがそう簡単に許しはしなかった。木々を避けながら追い付いてきた彼の爪でその生物は一瞬にして二つに両断され、ゼザはそれを尻尾で貫くと空へ向けて火を吐き燃やし尽くしてしまった。
「無事であろうな!?」
「ぎづづづ……胸踏んでる踏んでる~……!」
「……すまん」
今度は圧死しそうになったのから解放されたルトは、つくづくこの銀龍が強大な生物である事を思い知る。もしこれだけの力を持つゼザが人間の敵として世に出たら、どうなってしまうのだろう。そんな事はありえないと確信しつつも、胸の内では時々考えてしまうのだった。




