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狼に溶け込もうとするルト

「つっかまえたああーっ!」

 包囲に成功した鹿が自分の方に向かってきたのを何とか組み倒し、爪で首を引き裂く。他の何匹かも残らず狩る事が出来たようだ、誇らしげな遠吠えがそこかしこから聞こえる。

「はじめからこれ使えばよかったなぁ、何で気が付かなかったんだろ」

 今のルトにそんな殺傷力のある爪が生えている訳ではなく、ゼザの手入れした爪の垢を貰って手の甲に括りつけているのだ、並のナイフよりも斬れる。これのおかげで他の狼達と想像したほど落差のない働きが出来ていた。

(ええっと、確か偉いのから先に食べるんだったよね……)

 自分とスノウに回ってきた時にはもうあまり食べやすそうな肉は残っていなかったが、スノウは平然と一緒に食べたし、ルトは納得していた。

 周りが表面的にいい思いをしているからといって自分も自分も、というのが通るのはそれこそ満ち足りた人の子供だけだ。関係がはっきりしているという事はこういう時は恨めしいが、責任も確定しているという事だ。それが証拠に群れに入ってすぐに大きな虎に追われた時、リーダーは率先して戦い、順位が下の者ほど優先的に上の者に庇われた。

(ボクは、こういうルールの方が人間よりずっと好きだなぁ……)

 誰かが傷つけば雄も雌も大人も子供もなく助け、老いた個体が倒れれば弔いを上げて自分達の一部とする。子供が間違って他の狼の縄張りに入ってしまい狙われた時には過失から見捨てる事は決してせず全員で一方が引き下がるまで戦う。

 はぐれぬ限りは群れは一匹の動物のように繋がっているのだ、気付いてみれば昔から人間の集団行動の時たまに感じていた不公平さやずるさを全く感じていなかった。


 ルトは狼達と行動を共にしていた事で時々狩りの失敗続きで栄養失調になったくらいでどうにか冬を越す事に成功した。雪さえ解けてしまえばフキノトウやツクシは食べられるしまともに泳げる温度になった湖で魚も捕まえられる。

「ぐ~……す~……」

「まさか本当に我の施しなしで生き延びるとはな、幸運で案外根性もあるものだ」

 今は久しぶりに湖で水浴びをし二、三ヶ月分の汚れを落としてすぐ、疲れから眠ってしまっている。もちろんスノウも重なって寝ている、狼が狩りをするのは主に夜だから、明るくなったらゼザの巣に帰って来るのだ。

 当然仲間が危険な時や気分次第では昼間も狼と過ごしているから、ゼザと話す時間は半分程になったと言える。

「だがもう本当に世間話くらいだ、最低限の知識は全てこやつは覚えきってしまったわ……ああ、そういえば勉強が最近止まっていたな」

 その夜、いやその昼間か。ルトは夢を見た。ここの所出来る限り腹を膨らませては死んだように眠ってを繰り返していたから、夢など久しぶりだった。

 理由や細かい所ははっきりしないが、自分が誰か数人の人と徒党を組んで楽しそうに歩いていた。どこかを旅しているのか、見慣れない街の中をずんずん進んでいく。自分はずいぶん可愛がられていて、どんなに妙な行動をしてもその影は自分を気味悪がる素振りを見せなかった。

 自分はやっぱり同じ人間の親しい者も求めているのだろうか。父や母と同じような、自分を否定しない相手がもっと欲しい、そういう考えがあるから夢に出て来たんじゃないかと思った。一番立派なシルエットがその自分を肩車したのを見て、何でも出来るゼザではああいう事は出来ないんだと、少しだけ寂しくなった。


 ある晩、またいつものように狼達に混じって獲物を追っていると、別々の相手を狙った班のうちの一つが一斉に吠え出した。収穫があったらしい。狼の狩りは十回やって一度成功すればいい方だから、最近は少々運に恵まれず肉にありつけていなかった。

 一人でスノウと一緒に動いていればLサイズ完成もあってそんな事はあまりないのだが、群れは安全でほとんど自分側の命の心配なく動ける。それもひとえに強い狼達が周りに睨みを効かせているからそれ以下の動物は自分から向かって来ない為だ。

「ほらスノウ、こっちだよ! 一緒に食べよ~」

 それほど大きな獲物ではなかったが七、八体はいたため自分達にもどうにか回って来た。既に骨ごとかなり食い荒らされているからどんな動物を仕留めたのか見当もつかなくなっていたが、空腹な時は何を食べても満足するものだ、さして気にならなかった。


「ゼザ~、またお婆ちゃんの所に行ってくるから送って~」

「わかったわかった、これはしかし面倒で仕方がないな」

「まぁまぁ、帰ってきたらお婆ちゃんの料理火にかけて食べようよ」

 ゼザに掴まって超特急で森を飛び出した後、その日は空に一抱えの紙が舞っているのを見かけた。

「何だあれ?」

 風に舞い、遠くに落ちた紙をルトは拾いに走って、ゼザの顔の前で広げる。

「これは新聞の一面だな……日付は知らんが、まだ新しいぞ」

 その新聞はその日巣に戻った時、ゼザに一通り読み聞かせて貰った。ルトの頭では新聞は読めないから……。

「んっ!? ちょっと待って、今のとこもう一回!」

「む? そんなに面白い話でもなかろうに、だからな……これは……」

 それによると、大体こんな事があったらしい。

 オルタナの数名の少年達のグループが、以前行方不明となった友人の少女が町外れの森の方へ向かうのを目撃、反対する周囲の目を掻い潜って自分達だけで探索を開始したが、小規模なはずの森にも関わらず誰一人戻ってこないまま一週間が経とうとしている。

「どこか変か? このありふれた記事が」

「行方不明になってる子なんてあんまりいないもん、きっとリアだよ。一週間って言ったら……そうだ! ボク達こないだ何の肉か分かんないまま食べたのがあるよ!」

「はは、昔の友人を喰らったとな? それはさぞかし……残念であったな」

 ルトはその紙を丸めて食べてしまうと、暫くの間物思いに沈む。

「そっかぁ……あれイクト達だったんだ……でも、おいしかったなぁ……」

 だが感傷に浸る一方でここでの暮らしに慣れたルトは何故自分がそれを気にするのか疑問を持ってもいた。

(でも、狩られたのは運が悪かったからで、仕方ないんじゃ? それにイクト達を食べてなきゃあ、またボクは死にかけてたんだし)

 だが、何だか物悲しい。彼らが死んだからといって、ルト・セレスには何の害もないはずなのだが。

 それこそもしリアとして町に戻った時に見知った遊び相手がいない、というくらいしか変わりがないというのに、何故か全く身体を動かす気になれない。放心しかけたままのルトはゼザと会った時から隠し持っていた疑問を、彼にぶつけてみた。

「ねぇゼザ。どうして人は殺しちゃいけないの?」

「何を言い出すかと思えば……殺したいならば殺せばいいだろう」

 ゼザは淡々と返す。はっきり言って呆気に取られた。もっと小難しい答えが返って来ると思っていたのに、意外にもあっさり肯定されてしまった。

「じゃあさぁ……何で町の、リアの知ってるみんなは嫌な事があっても絶対人を殺さないのかな? すごくイヤな人だっているよ? 何回言われてもみんなのヤな事する人」

 ゼザは少しの間黙りこくった後、ルトの体をその手で掴む真似をしてみせる。

「そうだな……お前は、今何歳だったか?」

「えっと、十歳でここに来てどれくらい経ったっけ? 一年くらいかな? 十一歳になったのかな」

「その十一年、やり直せと言われたら?」

 ルトはその手にもたれかかって想像を膨らませる。そして、物凄い勢いで首を横に振った。

「やっ、やだよ、せっかくやっとここまで大きくなったのに! もっと前は一人じゃなんにも出来なかったし、勉強だって最初っからなんて絶対したくないよ!」

 ろくに勉強していないくせにそこはきっちり強調する彼女。

「そう、学はともかくとして、だ。当然楽しい事もあっただろうが、誰しもそれまでの人生で取るに足らない事も含めて無数の苦痛がある。十一年という時間をただ過ごすだけでも、まだ大人にならないのかと苦悩した事もあったろう。その全てを超えるだけの苦を他人からもたらされた事は、少なくともお前には無いだろう?」

「……うん」

「殺すと言うのは苦痛を与え、生きた苦痛を全て引き取る事だ。苦は死者からの恨みに変わる。殺したいと思うなら殺しても何ら問題は無い、ただ双方から見た因果を天秤にかけその差異を自分が受け止めきれるかどうかだ。みな同じだけの経験をしてきているからこそ、相手のそれを無にする事を一様に悪と考える」

 普段使わない言葉の大群に、ルトは目を回してしまう。

「いけないのは納得出来たけど……難しくって、よく分かんない」

「なに、考えてみれば単純ぞ。人を故意に殺すのは自分が殺された方がマシな事をされた時だけにしろというだけよ。でなければ周りから悪者扱いされて終わりだ。もちろん他人にどう思われても構わないのであればその時の自分の都合を優先するのもよいがな。何にせよ結果を考えればおのずと手は出なくなる、今のうちから深く考える必要はなかろう」

「う~ん、そういう時が来たら勝手に分かるもんなのかなあ……」

(でもボクもう一人殺しちゃってるんだけど……)

 まだ考え込むルトに、ゼザは進路を示す。

「無論感情で天秤は容易に狂う、それを安定させるのが人里で言う大人になるという事だろう? 自信がないならこの後の経験を無駄にするな、成長するのだ」

「……やりたいように、でも後の事を考えて、って事かな……」

 まだ全部を理解は出来ないものの、ルトの中で命の扱い方が少しはっきりしてきた。彼女にとって、依然命の価値は平等なままだ。しかし殺すという行為の代償が異なるという事を頭に刻みつけて、ルトは自分の細い胴を抱きしめてみた。


「は~疲れたぁ~、夜じゅうず~っと走りっぱなしだったからもう脚に力が入んないよ」

 ルトは朝方巣に戻るなりぺちゃっと潰れるように身を投げ出す。

「はっはっは……いいではないか、その分腹は膨れただろう?」

「ま~そうなんだけどね。最近ちょっと大変になってきて……う~夕方まで寝とかないとついていけなくなっちゃう……」

 もうすっかり暖かくなって、少し探せば獲物はいくらでも見つかるようになった。それは喜ばしい事なのだが、すぐ獲物が見つかるという事はろくに休憩しないままそれを追いかけ回さなければならないという事で……。

 群れに入れてもらって、もちろん楽しいし安全でいいのだが、生活から少し自由さが減った。それまでのルトの暮らし方はお腹が減ったらあるものを食べ、目を開けていられなくなったら寝たいだけ寝て、その日気まぐれに何をしたくなったかでゼザと話し込んだり湖で何時間も泳いだりLサイズを削ったり巣の大樹の枝の上でまどろんだりして、とにかく大小様々な欲求を満たしていくまさに時計の無い生活だった。

「……んだけど今は、夜は狩りって決まりが一つ出来ちゃったからなぁ」

「ん? そういえば何故毎日そうまでしてついて行くのだ? お前は好きな時だけ同行していいというのに」

「だってさ、少しでも行かなくなっちゃうとどっちかがズルしたみたいになっちゃうんだもん。ボクがそう思っちゃってるだけかもだけど」

「ズルい? どの辺りを指してそう言う?」

 ゼザは首を傾げて訊ねる。説明はたどたどしかったが、ルトの弁はこうだ。

 余程余裕のある時期以外群れは常時獲物を探し求めているが、毎日充分な食べ物が得られる訳ではない。それで、例えば自分が数日ぶりに行動を共にして、うまく大量の獲物を捕らえたとする。それまでの狩りが失敗続きだった場合、その苦労を経ていない自分が回ってきた肉を食べてしまっていいのか?

 もしかしたら逆もあり得る。自分のいない時に限って食べ物が入って、彼らは何も思わないだろうか。更に言えばしばらく収穫がないまま自分が別行動を取って、その日も収穫が無かったら。自分ごときでもその時その場にいれば万が一にも違う結果だったかも知れない。だから簡単に出たり入ったりを繰り返していると、そのうちどこかにこじれが生じてきてしまうのではないか。

「だから毎日欠かさず通うと……お前がそこまで考えているとはな」

「入ってみればパッパッと思い付く事だったよ?」

「その自他に隔てのない平等性は見上げた物だが……そうした問題が起きない為に順位と言うものがあるのだろう? お前がいなければお前を守らずに動ける者が出る。第一そんな事をいちいち気にする程温かい環境ではないし、そんな事を気にする程希薄な関係でもない。しかし、ここでは自己の意思を曲げる必要などどこにもない、お前がそうしないと気が済まないと言うなら好きにするがいい」

「う~ん……うん、ボクいつもみんなと一緒に行く! ……でも今はもうほとんど動けない……毎日そうしてたらちょっと狩りに飽きてもきちゃったし……」

 ゼザは大きく溜め息をつくと、ルトを改めて見定めるような目を向け始めた。

「やれやれ、仕方のない……悪い意味での可愛らしさは発揮する環境が違うのだがな。そうだな……何なら、暫くの間一瞬の旅に出かけてみるか? 初めはただどこかで体を休めるだけでもよかろう」

「えっ? 旅? どこに行くの?」

「さあ何処に行くとするか……まずはうんと昔にしてみるか。では乗れ、間違っても振り落とされるでないぞ。魂が腐れるからな!」

 ゼザはルトを首の上に投げ上げると、眩しい水色をした光子を纏い始めた。

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