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ルトの秘める力

「あれ、二人ともちょうどいいところに! もう特訓はいいの?」

 森からは背負った網カゴに様々な狩りの収穫を詰めたあのルトがLサイズで滑走して出てきた。

「特訓も何も、元々同じだけの力はあるはず、分かってさえいれば簡単には負けないさ!」

「そう? んじゃ、遊ぼっか♪ いっぺんにきていいよ!」

 彼女は荷物を投げ捨てると、後ろ手にブーメランを引いてスライディングで突っ込んできた。玩具をもらった子供のように機嫌よく笑っているのがよく見える。そのまま体を横向きに捻りつつ低空に飛び出し、巨大な丸鋸となって襲ってくる。

「てぇい、まっぷたつ~~っ!!」

 その刃に爆薬が仕込んである事を知っている二人は地面に体を伏せ、危ないところでやりすごす。少しでも火花が上がれば最悪腕が吹き飛ぶ、絶対ガードする訳にはいかないが、弓や爆弾で迎撃しようにも外したり動きを止めるに至らなければ待っているのは胴体切断だろう。

「うわぁ、今の攻撃いいかも~! 今度練習してみよっと……でも今は。さあどうすればいいかな……」

(あれも新しい攻撃か……真っ正面からじゃ死にに行くようなもんだな、どうする、こういう時の打開策は……)

「いっくよ~~!」

 ろくに考える暇も与えては貰えず、再び激しいローラーの音を立てて近づいてくるルト。心底楽しそうに顔を綻ばせながら迫ってくる姿に慌てたシャルは……。

「っ、ルト! お座りっ!!」

(アホか俺。何でこのタイミングで……)

「「え!? はいっ。……あ」」

 ルト達はシャルを挟み込むようにしてぺしゃりと座った……こういう所はやっぱり同一人物だ。

「二人揃って本当にやってんじゃねぇよ!」

 流石にそれに対して剣を振りかざしたのは冗談の範疇だったが、自分を見上げるルトに凶器を振り上げるその構図に対して思う所があった。

(これで斬ったら俺ただの卑怯者だよなぁ……ちょっと待った、これで斬ったら……どうなるんだ? ルトは死んで、それから……生き返らせる時球なんか俺自身が今まで街に入れないように突き返してきたじゃんか。そうか、二年前まで戦ってきた相手とはもう訳が違う、本当の意味で人を殺す事に……? それだけは絶対にしたくない! ……ていうか、可愛らしくて斬れねぇってこれ!)

 なかなか動こうとしないシャルを訝しんでか、犬のように座ったまま指をくわえてこちらを見上げているもう一人のルトにしばし見惚れる。

「シャ~ル~? どうしちゃったの? ねえねえ、お~い」

 不思議そうに背中をつついてくるこちら側のルトに、ハッと我に帰る。二人の無垢な妹を前にしていきなりほのぼのとした空気が流れているのは自分が妙な事を叫んだせいだ。

「あっ、ああ……悪い」

「えっと……ボク、やり直そっか?」

「頼むよ、もう一人のルト」

 そして再び。

「いっくよ~~!」

 こっちにブンブンと手を振ってからダッシュしてくる。とても殺し合いをしている空気ではない。

「さーて、今度は……これしかないよな!」

 二人でブーメランを抱え上げ、素早く放り投げる。十分な回転は掛からなかったが、急に曲がれないのか彼女はそれを撃墜にかかった。空中で激突して、やはり爆薬を塗ってあるらしいLサイズの影響で大きく弾き飛ばされた二本のブーメランをそれぞれの持ち主は回収に、シャルはその妨害に走る。

「手加減はしないから……まともに当たるなよっ!」

(くっそ……今までの活躍見たらどう考えてもルトの方が格上なんだよな……こんな事言ってないで、殺す気でいかなきゃ駄目か!)

 時剣ロストセレスティは長剣の形を持ちながら今まで振ったどんなナイフよりも軽く、まるで刃のついていない柄だけを振るっているような感覚だった。だがそれ程の振り抜きのスピードを以てしてもルトは身を翻して寸での所で避けてしまう。肩を斬り下ろしても、腹を突いても、足元を薙いでも……ちっとも減速する事無く体を上下させてやり過ごされる。その度に風になびく明るい橙色の髪が、彼女の辿る軌跡を鮮やかに書き残す。楽しんでいるだけあって、とんでもない集中力だ。

(まともに、どころか……全く当たらねぇ!?)

 ルトに剣がかすりもしないまま、飛んで行ったLサイズの元へそろそろ辿り着く。ならばと思い、昔得意だった技「七閃一討」を……!

「えい☆」

 Z字の斬りも躱され、四段目の勢いを付ける回転の段階で背中を押され、並走しながらだった事も手伝ってあえなく転倒してしまう。そこへ容赦無く回収されたLサイズが飛来する。間に合わないと思った時、傍らでローラー音がした。

「あぶないっ!」

 守るべきルトに引き起こされた次の瞬間には体が勝手に動き、共にセレスティアルスターを盾にしてLサイズを受け止めていた。鋼の刃と時球で出来た刃部分がちょうどぶつかって、厚い木の向こう側で爆発が巻き起こる。突き立てたそれの端から漏れて来る熱風で足が悲鳴を上げる。

 その時、スタンという着地音と共に背後に気配が感じられた。盾の下をくぐっていく影が二人の足元を掻っ攫っていく。爆風に押された直後だったので簡単にバランスを崩し、二人は頼もしい武器の下敷きになる。

「あうっ! 重……いんだってばこれぇ……」

 人が三、四人は乗っただけの重圧はあるだろうか、骨が軋み、呼吸もおぼつかない。さらにそこへルトは跳び乗って来る。いよいよトドメか、呆気ないものだと思ったが……。

「やったね! これでボクが星一つ! はい、まだやろ~」

 そう言って端っこをちょっと持ち上げて助けてくれる。そうするとLサイズを拾いにまた遠くへ走っていく……。完全に戦い自体が目的にすり替わっていた。

「もっと頑張ってよ~この間会った時はボクあんまり遊べなかったんだからさぁ~」

(嘘だろ……こいつ強すぎるって。好きこそものの、とは言うけどどうにもなんないのか!?)

 まだもう一人の自分に再会してもいないというのに、早くもシャルは絶望にも近い危機感を覚える。ルトも表情から余裕が消え、どうすればいいのか必死で頭を働かせていた。そんな二人の様子を見ると彼女は不満げに先程投げ捨てた荷物の所まで行き、何かを探し始める。

「ねぇ。シャルの限界は知らないけどボクは時々頭を真っ白にできた時はもっと動けたと思うよ。でもあれってやろうと思ってできないよね。だからさ!」

 ルトに向かって何やら紙袋のようなものが放り投げられる。ルトはしゃがみこんでそれをひっくり返す。人の拳くらいある、綺麗な曲線を描く白い爪らしきものが落ちるのを見ると、普段あまり動揺を見せないルトがわなわなと震えだした。

「あ、うあぁ、あぐぁあわぅあぁああ、あ……!」

「ど、どうしたんだよ……それは、何なんだ……?」

 事態の掴めないシャルはその美しい爪の正体を問うが、その時向けられた焦点の定まらない眼に只ならぬものを感じて引き下がった。今まで見てきたどんなキメラよりも、目の前でうなだれるルトが恐ろしく見えたのだ。

「…………シャル、下がってて。危ないから……」

 一つ一つそれをかき集めて、鞄に大切にしまいに行くのをあちらのルトは最後まで待つ。

「どうして、出てきちゃったのさ……ううん、分かってる、怒ってくれようとしたんだよね」

「この辺だとボクが戦って楽しい相手が見つからないんだもん、あんまりヒマだから、ゼザに相手してもらったんだ。けっこう簡単だったよ、あの森があったからそこで」

「動物をたくさん殺せば、止めてくれるもんね」

「そ。さっすがゼザだよね、面白かった~、何回もこっちが死ぬかと思ったよ。でもボクも木で……」

「やめて」

 新しい武器を手に取って、その場で回転を始める。それを見て同じ動きを始めるもう一人。加速が乗り、二人同時に放つ。

 そこから異変は起きた。目の前にいるルトの全身の毛が逆立ったのだ。目は普段からは想像も出来ない位傾いて血走り、髪は水の中でもないのに炎のように揺らぎ始める。怒れる狼……いや、龍のような身の竦み上がりそうになる唸り声を響かせ、彼女は土煙を爆発させて駆け出した。

「よくも…………よくもぉぉ!!!!」

「そうそう! スゴイよ、これならボクも勝てないかも!」

 四足の動きが見えない程の速度で走るルトは自分の投げたブーメランを追い抜いてしまい、Lサイズを躱して瞬く間に相手の足元に手をついたかと思うと体の天地を逆転させて疾駆の勢いを乗せた踵落としを相手の胸に叩き込む。

 そして綺麗に受け身をすると同時に右後方へ大きく飛び退く。元々涼しい顔して人を跳び越えたりも出来ていたその跳躍も、ゆうに十メートルを跨ごうとしている。

「痛ったぁ……!! 何あれ、ホントにボク!? 速すぎ……でも、一回ジャンプしたら避けられないよねっ!」

 あちらのルトも流石と言うべきか、追撃とばかりに自分を襲うブーメランを回転の下に潜るようにして取っ手を捉えてうまく投げ返した。

「いけるっ」

 計算してなのか、それとも感覚がそうさせたのか。ちょうど戻って来る所だった懐かしのLサイズを空中でキャッチ、回転の勢いに負けつつもそれを投げつけて衝突させる。刃のぶつかり合う不協和音の後、またも小爆発が引き起こされ、武器が左右の空に舞い上がる。

 二人がそれに向かって走る。異常な速度で移動するルトはLサイズに飛びつくと、着地と同時に水平に投げ放った。

「どこ狙ってるのさ、この水色のLサイズはボクがもらっ……あっ!?」

 舞い上がる時刃セレスティアルスターを追いかけて跳び上がり、あと少しで手が届くといった所で……ほんの数秒前まで遥か後ろにいた相手が彼女と武器の間に現れた。何をされたのかも分からない内に地に叩き付けられ、Lサイズがすぐ目の前を通過する。さしものルトも喉を鳴らした。

「ちぇっ、外した」

 すぐには投げつけず、上方へ放り上げる。その反動で素早く落下したルトが、消えた。

「えっ……!?」

 が、次の瞬間にはシャルの背中をあの荒ぶる髪が撫でて行った。速過ぎて見失っただけで、本人は既に方向転換を終え、相手が飛び起きるより早く仇敵の元へ驀進していた。

「せぇーえのぉ……! や、あぁぁぁあぁーー!!!!」

 嬲る、とはこういう事を言うのだろうか、ちょうど紙に文字を書き殴るようなレベルのスピードで。敵を中心に縦横無尽に駆け回り、体勢を立て直す隙も無く打撃を叩き込んでいく。一発一発は非力なものだがその打撃数たるや、ルトがどこを走っているのかも全く分からないまま足の爪で削り取られたであろう土埃がつむじ風のように舞い踊る。

 次第にLサイズが軌道を描き終えてルト達の位置に返ってくる頃になると締めのサマーソルトを決めながら彼女は空中に飛び出した。中空で掲げた両手には、先程投げ上げた水色の刃が加速度をもって降りて来る。

 満身創痍のルトも咄嗟に飛来するLサイズを掴み取り、あの危険な鈍色の刃を盾にする。

「ダメだルト! そいつに刃物を当てたらまた前みたいに火傷するだけだ!」

「みんなの痛みぃ……受けて、みろーー!!!!」

 体を弓なりにして振り被り、親の仇とばかりにセレスティアルスターを叩き付けたその瞬間。時球の刃が眩い水色の光を振り撒いた。三人が思わず目を閉じると同時に、特大の爆発音がして辺りに地鳴りが起きる。

 光が消えた後そこには刃ごと断ち切られ、三つに分断されたLサイズが転がっていて、その中心に熱を持って赤々と輝く刃を目の前にして腰を抜かしている十五歳の方のルトがいた。

「え、ウソ……。斬れた、の……?」

「まだまだぁぁ!! あっ……んんっ、くのっ……抜けない、なっ……」

 相手の武器を斬り裂いた勢いで地面に深々と突き刺さり煙を上げている、もはやブーメランと言っても誰も信じないであろう武器。それがこれ以上の戦闘を拒むように地面に噛み付いて離さず、引き抜こうと頑張っている内に段々いつもの姿に戻っていくルト。頃合いと見たシャルがその手を掴んで制してやると、その場にぺたんと座り込む。彼女の体からは軽く蒸気が立ち上り、力を全て出し切ったとばかりに肩で息をし始める。

「もう十分だろ。あれがどんなに大事なもんだったか知らないけど、お前の完勝、今回はこいつを殺してどうなる問題でもないんだからさ」

 もう一人のルトはすっかり戦意を失い、夜遅くまで出歩いて帰ってきた子供みたいに居辛そうに目を泳がせている。

 結局ルトはあれだけ強かった戦闘狂の自分をたった一分足らずで屈服させてしまった。自分は果たして狂っていた頃の自分を超えられるのだろうか。新しい剣を持ったとはいえ、その真価を発揮する方法は教えてもらえず、外界で特に何をしてきたでもない。ルトと二人がかりでも勝てないんじゃないか……というかこれだけの能力を見せたルトが一人で倒してしまう可能性の方も不安だったが、ここまで進んできてやっぱりやめるなんて選択肢はなかった。

(大丈夫、今度は心の準備が出来てるし、俺だってあいつと同じだけ前線でオルタナを護って来たんだ、そんなに腕の差はないはず。きっといける、そう思わなくちゃ)

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