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子供に人気のあるテオリア

 何となく、視線を感じてルトの意識が戻ってきた。でも、上が眩しくて目がうまく開かない。瞼を閉じたまま手探りをすると、何かが崩れるような音がした。これは……卵? やがて光に慣れた目を持ち上げると、それは嘴を振り上げる。

 ドスッ。

「ぐあっ……!」

 先の大鷲が自分の胸の肉を奪い取っていく。ここはその巣か。状況を把握した時にはもうルトに抵抗する力も時間も無かった。自分は狩られる側に回ったのだと納得はしても、体を食い破られる度遠のいていく意識は、ちょっとさみしかった。


 何となく、視線を感じてルトの意識が戻ってきた。でも、上が眩しくて目がうまく開かない。瞼を閉じたまま手探りをすると、何かが崩れるような音がした。これは……本? やがて光に慣れた目を持ち上げると、心配そうに覗きこむ兄の姿があった。

「おい、大丈夫か? うなされてたみたいだけど……」

「キャーーーー!!!」

 ドスッ。

「ぐあっ……!」

 ルトのケンカキックが首元に入り吹っ飛ぶシャル。壁に打ち付けられた彼と自分に、その振動で本が雪崩れ落ちてくる。

「んぅ? ……やっぱり雄だねー。くくく……」

 黄色い声に反応して目を覚ましたテオリアがにやつきながら、ルトの顔に陽が差してきていた大窓を器用に尻尾で開け放つ。紙の臭いに包まれた部屋に新鮮な空気が吹き込んでくる。

「違ぇ! 何すんだいきなり! どんな夢みたか知らねぇけどこんな強く蹴るなよ! 爪も切れ!」

 兄は足の爪で斬れたのか少し出血する首元を押さえて憤慨している。

「ぷはっ、えーと……夢かぁ」

 本の山から顔を出して、やっと記憶が繋がる。自分達はテオリアの家に泊まったのだった。シャルはまだ首の座っていないルトを見て、ちょっと不平を漏らしながら外に出て行ってしまうし、テオリアはまだ体を起こす気はないようで、頭上のハンモックでだらけている。さて、何をしようか。

(お腹減ったな……そういえば昨日は途中でとられちゃったお菓子が最後だったっけ)

 さすがに雪は入らないよね、と腹を鳴らしながら昨日の事を一つ一つ思い出していると、上から網越しに尻尾が伸びてきた。馬のようなそれが差す方には昨日食べそこねた……。

「あっ! 肉に……わた飴!」

「昨日かすめ取っちゃったからね、悪いかなと思って明け方にひとっ走り買ってきたんだ」

 ルトは棚の中の好物に昨日の恨みも忘れて飛びついた。


「よっ、くっ……っと」

 どうせテオリアが起きなければする事も無いので、シャルは二年ぶりに素振りをしたり丸太を都合して打ち込んだりを朝から地道に繰り返していた。息がすぐ上がる以外は特に変わりなく、感覚を思い出してしまえば以前の通りに動けた。

「あっシャル、剣の修行ってやつ?」

 少し口の周りを脂っぽくしたルトが家から出てきて、水から上がった犬のように体を震わせて髪についたホコリを飛ばす。

「とりあえず、体力だけは少しでも稼がないとと思ってな」

「よーし、ボクが相手するよ。足も鍛えないとでしょ?」

 自分が的になるというのか、ルトが間合いに入って準備運動しだす。

「んな無茶な、今真剣しかないんだぞ。せめてもう一本剣がなきゃ」

(そうだ、ルトの武器を何とか手に入れないと始まらないんだった)

「全部避けるからへーきだってば」

「な、なんかそれも腹立つ……やっぱ駄目、終わる頃にはショートカットになってるって」

「そ……それはやだやだ! やっぱりいい!」

 いつも寝癖だらけでくしゃくしゃ、引き摺って歩いて時々踏ん付けて転ぶくらいなのに、前から何度言っても絶対にルトは髪を必要以上に切ろうとはしなかった。何かこだわりがあるのかも知れなかったが、開けっぴろげな彼女にしては珍しく理由は教えてくれない。もっともシャルも、ルトの身体を覆い隠せる程の髪は大好きだったから、切りたくないならそれでいいかと納得していた。ただ一言で言えば、長い「男の髪」なので他人の目は痛いけれども。


「ローブの兄ちゃ~ん! 次のお話出来てる~!?」

 シャルの額に汗が浮かんできた頃、家を囲む急勾配の上から何十人かの子供が顔を覗かせてテオリアを呼ぶのが見えた。

「見て、家の前に誰かいる!」

 こちらに気付くと子供達が大挙して雪崩れ降りて来る。大体十歳くらいの子が多いが、中には大人も何人か混じっている。

「あ、あの……えっと……」

 面と向かったはいいものの、どの子も見知らぬ二人にどう声をかけたものか悩んでいるように見える。大きい子や付添いか何かの大人も、シャルの顔に染み付いた不機嫌そうな表情と長剣を見てオロオロしている。自分がその子らよりちょっと上の頃はひどい引っ込み思案だった為、気持ちはよく分かる。シャルは速やかに長剣を足元に置いて苦手な愛想笑いを浮かべようと頑張ってみた。

「安心していいよ、ちょっとお世話になってるだけだから。ローブの兄ちゃんだったら中でまだ寝てるけど、起こしてこようか?」

「あ……はい! お願いします!」

「おねがいします!」


 テオリアがやっと腰を上げたのでシャルは外に出て、年長者達の中から物腰の柔らかそうな青年をつかまえてみた。

「あの、この団体ってなんなんすか……?」

「あ、先程はすみません驚かせてしまって。ここの主人、といっても顔も名前もはっきりしないんですが、昨今珍しく定期的に紙芝居をやってるんです。他にも色々子供達と遊んでいるみたいで、結構知ってる人には人気あるんですよ」

「顔と名前が……」

「はっきりしない……?」

 二人は顔を見合わせる。

「あなた達も最初は驚いたでしょ? 滅多な事ではローブを取りませんから」

「ううん? 名前はねテ……」

「ルト待った!」

 慌ててルトの口を頭ごと抱え込むように塞ぐ。テオリアは姿を隠して子供の相手をしているようだ。キメラだというのはもちろん、彼は小さな少年の姿をしているのだから無闇に正体を明かして舐められるのも面白くないのだろう。

「テ……?」

「あっいやぁ何でも、もうてんで分かりませんね! どんな名前なのかな!」

「お兄さん、旅の人? どこから来たの?」

 横から数人の子が自分らに興味を持ってくれて助かった。このまま自分達の事に話題を変えよう。

「旅って程じゃないけどさ……オルタナからね。知ってるか?」

「えぇ~あそこの人~? なんか昔すっごくイヤな町だったって……」

「こら君達、どんな所から来てたって初対面の人をそんな風にとっちゃダメだよ」

 どうやら外の方でもオルタナは嫌われている。本当に中の人間がいい気になっていただけだったんだと、複雑な気分になる。

「お前も?」

 一人の男の子がルトを指差して言う。

「お……ボクもお姉さんでしょ~!? もう十七なのに!」

「ハハ、お前だって、お前……いいじゃん、歳以上に可愛いってさ」

「あんまり嬉しくないよ~! あ、でもお姉さんでもなんか変なんだよね……」

 そのうちテオリアが分厚い画用紙の束を持って出てくると、子供達は一斉にそちらに流れていく。

「おまっとさーん、最終回だから気合いれて描いたぜ~」

「きた~! 早く読んでよ~カイはどうなったの!?」


 テオリアは庭先にしゃがみ込む子供達の前で彼の手製だという絵を披露し始める。今読んでいるのは男の子に人気の高い、勇者が魔龍王を討伐する英雄譚らしい。

「おお……あれが本当に絵か……? 真正面から見たら現実の風景にしか見えないな」

「僕も絵を見に来ているようなもので、すごいですよね。話の方も童話らしくまとめられているのに説得力があるんです、まるで見てきたみたいに」

 青年とシャルは最後尾に立って、テオリアの絵の見事さに感嘆する。魔龍王の宮殿を突き進む勇者の足元の階段から頭上のシャンデリアに至るまで、本物の風景を切り取ってきたかのような精密さで描き込まれている。凄まじい技術だ。行く所に行けばこれだけで一生食べていけるだろう。

「紙芝居の他にも、少し大きい子には物語を書いては安く売ってくれたり、勉強を見てあげたりもしてるみたいですよ」

「へえ~……すごいなルト……ルト?」

「一緒にいた彼女ならほら、あそこに……」

 ルトは子供に混じって前列でしゃがみ込んでいる。見事な溶け込みっぷりだ。それよりもシャルが呆気にとられたのはテオリアの絵は、子供に次の展開に関する予想を求めて次の絵をめくるとその通りに勇者が魔法で雷を落としたり扉を吹き飛ばしたりする所が描いてある。誰が何と答えるか大まかに分かっていないとあんな芸当はできない。

 それから暫くの間およそ紙芝居とはかけ離れた世界が展開され、小一時間ほどかけて主人公と悪役が観客の望むままに激闘を演じた。

(いったい何枚あるんだよあの絵は)

 絵のクオリティは下がる事がなく、めくってもめくっても尽きる事を知らない。人間とは掛けることができる時間の桁が違う事がよく分かった。

「自分に掴みかかる手をすり抜けたカイ。そのまま龍王の身体を駆け上がる!」

「首を斬るんだ!」

「聖剣ならできるよ!」

「「終わりだーー!!」カイの渾身の一撃はきれいに龍の首筋を捉え、王の首を斬り落としました。「馬鹿な、かような事がっ!?」長い戦いもついに決着、しかし頭だけになっても魔龍王は死んではいませんでした。カイは鎧を脱いで、その隣に腰を下ろしてこう言います、「龍王、勝負は付いた。これで幕引きにしないか?」」

「おおっ!?」

「「どういう風の吹き回しだ?」龍王は驚いて、その魔力で自分を小さな少年の姿に作り変えてそれに応じます。「お前は確かに世界征服を果たした。その手下にも悪虐の限りを尽くす者もいた。でも、お前自身の意思で人間を屈服させる以上の破壊や搾取をしていたのを、俺は見た事がない」」

「そういえばそうだったような……」

「「何故だ? お前は人に勝って、何がしたかったんだ?」彼は懸命に問いかけますが、王はそれには答えたくないというように、首を振って立ち上がってしまいます。「人間には分かるまいな……我が求めていた物など。いや、我を打ち負かす程に強くなった今のお前なら、これから思い知る事になるのかも知れぬ。覚悟しておく事だな」やがて魔王を包むように小さな光が集まってきて、それっきり魔王は姿を消してしまいました。残ったのは彼の力を象徴していた、雄々しい肉体だけでした……と。ストーリーはここまでさ。魔龍王の気持ち、カイの未来も、お前達が自分の中で創るんだぞ」


「今日もありがと、兄ちゃん! またお話出来たら呼んでね~!」

「おう、それまでちゃんとお母さんのいう事聞くんだぞ~! ……ふ~、皆行ったね。今回は頑張り過ぎたかな~っと」

 早々にローブを脱ぎ捨てて肩を鳴らすテオリア。

「すごいんだねテオリア、最後だけなのに面白かったよ! 絵がすっごくて」

「……なぁ、あの魔龍王って……」

 最後の展開の意味が少し気になったが、言うを許さず背中をバシバシと叩いてくる。

「やだなぁシャルルん、フィクションだよ? よくあるもんじゃん」

「ん? どういうこと?」

 ルトはきょとんとしていたが、彼は小屋に戻っていくテオリアの後ろ姿に目を奪われたまましばらく動く事ができなかった。

 魔龍王の変身した少年というのが、どことなく今のテオリアに似ていた気がしたからだった。

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