アレスタリア
「ずいぶん長く寝ちまってたみたいだな……ほら見なよルト、快晴!」
城下町に手頃な宿がすぐ見つかって助かった。ベッドは一つでいいと言ったら大層驚かれたが、シャルは財布の紐は固い方であったし、ルトに今更気を遣う事など何もなかった。
「うぅ~ん、シャルが七人、六人……五……」
当人はまだまだ寝足りないようで、いくら揺すっても瞼を上げようとしない。
「それは寝る前だろうが、って俺減ってってる!? 何が起きてんの!?」
「邪魔するぞ若造共!」
前触れもなくドアが開けられるとそれまでしぶとく微睡んでいたルトがスパッと飛び起き、入口を埋める銀に光る軽鎧を纏った屈強そうな集団に向かって四つ足になって戦闘態勢をとる。
「シャル……この人、強いよ。絶対勝てないと思う」
「何だおっさん! 俺達はあんたらみたいな物騒な人たちの世話になるような事はしてねーぞ! 人違いじゃないのか」
「いぃや、間違ってなどいないさ、坊主」
黄色い腕章を付けた中年男性がほくそ笑んで指を差してくる。
「お前達が町の外から入って来た時から監視していたからなー。坊主が夜遅くにその嬢ちゃんに何をしたかまでずーっと見てたんだぞぉ、おっさん達は」
「こちらが変質者と疑われるような事言わないでくださいよ、団長。必要ないのにアンタが覗いてただけでしょうが」
「適当な事言って焚き付けないでくれ、俺らはいつも通り寝てただけだよ」
「んん? いつも一緒に寝てるのかい? ほほう。いつからだい? ん? 相当長いと見たね俺ぁ」
意地悪くからかう中年団長だが、ルトが全く警戒を解かずに自分達だけを見据えているのに少し驚いたのか、ようやく真剣な面持ちに切り替わった。
――悪い感じはしないのだがどうにもこのおっさん、ウザい。確かに傍から見たら自分達の様子はただのカップルにしか見えないかもしれないが、では実際何なのかシャルにも思い付かない。恋人と兄妹それぞれに近い距離にある何かだとは思うが、自分でも決めかねている所なのだ。
「団長、そろそろ時間が……」
「そうだな。若造共、ちょっと城までついてきて貰おうか! なぁに少々聞きたい事があるだけよ、まあ事の次第によっちゃあコレだがな。ハハハハ」
彼は口の端を持ち上げて、指で真一文字に空を斬ってみせる。下手に逆らわぬ方がいいと判断したシャル達は右も左も分からぬまま町の頂上にある城まで連行される事になった。
「おらガキども、この先にプリンセスがおりなさるからな、危険物はおじさんに預けてもらうぜ」
「今は女王様でしょ。つい先日その呼び方禁止されたばかりじゃないですか」
「危険物……か」
シャルは思案する。剣と矢は当たり前として、他に何か持っていただろうか。この場合の危険というと、扱いによってその場で混乱や戦闘を引き起こす……。
(ああ、持ってたじゃないか。すぐ隣に)
「どんな人かな、ってあれれ?」
「こいつが、一番の危険物です、っと」
ルトの腋を持ち上げて、ずいと差し出す。
「う。あははは、は~……そうかも」
「ああー成程、確かにそうだわ」
「うっ!? もう納得されてる~……?」
照れ臭そうに破顔したルトが一転しゅんと落ち込む。両手の爪は隠している。
「嬢ちゃんこの髪に結んであるの、こりゃ爆弾だろ? 最近の若い子の間じゃいつの間にかこんなんが流行るようになったのかい?」
――そんなのが流行ったら世の中色々おしまいだろう……?
「い、いやそれにはちょっと訳が……ところで団長さんはどうしてこいつが女だって思ったんだ? 自信持って見分けられない人がよくいるんだけど」
(お前もちょっとは女らしく見えてきたってことかもよ?)
シャルはルトに耳打ちする。しかしルトはそんな筈はないとばかりに首を捻っていた。
(ん~……背がちょっと伸びたくらいだと思うけどな~……)
「どうしてって、普通男でこんなに髪伸ばしてる奴いないだろうに?」
至極単純な答えが返ってきた。特殊な例など頭に浮かばない、そうだとしても気にしない豪快な気性なのだろうが、十七だというのにルトはまだまだ先が長そうだ。
「連れて来やしたぜプリンセスステラ様っ、この二人で間違いねぇでしょう!?」
ノックもなければ入室後のそれらしい儀礼も全く行わずにその騎士団長はズカズカと玉座の前まで進む。そこに座るステラと呼ばれた煌びやかなドレスを身に付けた少女と脇に構える身なりのいい老人達のうち何人かが顔をしかめるが、それを除くほとんどの者は「ああ、またやってるよ」というように微笑ましげだ。
「ええいアイゼン貴様もう少し型と言うものを……うっ、何じゃこの鼻に突く臭いは!」
「えーそんなんしますかねー?」
「それは多分この子の硝煙の臭いでしょうね、ほら爆弾持ってたじゃないですか団長」
後ろに並んでいた若い騎士たちが物珍しそうに周りをキョロキョロしているルトを立たせてみせた。その立ち姿を見てステラはますます怒り出す。
「んなっ……! 近くで見てみれば何じゃそのはしたない豆ダヌキは! そのような状態の者を城に入れるなど……! 非常識だとは思わなかったのか!?」
ところどころ焼け焦げた服に、急に飛び起きてすぐに連れて来られた為いつにも増して寝癖だらけのルトは王城という場にはとてもふさわしいとは言えなかった。
「いやぁ全然気が付きませんでしたね、めんど……ゴホン、朝一で連れて来いと言われてたんでそれを優先した次第で」
「ぐぐ……これだからそなたは……もういい、そちがいると本題に入れぬ。さっさと戻って稽古でも何でもしておれ、じきにまた領土を奪いに掛かるそうだからの」
「あいさ、今日もお国の為に頑張るとしますかね」
アイゼン団長は軽く一礼だけ残して、肩を鳴らしながら部下と共に出て行ってしまった。
「まったく聞いててヒヤヒヤしますよ。減給くらっても知りませんよ?」
そんな軽口が遠ざかっていく扉を睨みつけ、ステラが大きなため息をつく。
「やれやれ、あやつのおかげで部下まで軽くなってしもうて……常勝軍の代表とは思えんの。あんなのがいるくらいじゃ、そなたらも少しは楽にしてよいぞ」
「あーはい、でも油断しない方がいいと思うんすけどね……俺はともかく、非常識さでは負けてないのがここに……いや、あそこにいるんで」
ルトはいつの間にかその場から忽然と消え、窓にへばり付いて城下を見下ろしている。街の最も高い位置に建てられた城の窓からはなかなか見事な景観が広がっているようだ。
「……そこな豆ダヌキ、ちょっとこちらへ参れ」
「さて、では何から話したもんかの」
「まずはお客人がどの程度この町を知っているのかをお聞かせ願えますかな?」
すぐ隣に立っている面倒見のよさそうな老人がこちらに手を差し伸べてくる。どこにでもいそうな、姫の保護者的な老人だろう。
「どの程度も何も来ようと思って来た訳でもないし、名前すら分かんないんすよね」
「ふむ、左様か。ここはアレスタリアと言って、我がヴィンスフェルト家が代々治めておる。主に南東にかけて広い領土を勝ち取ってきたここら一帯の主要国家じゃ……というのは子供でも知っておる常識なのだが、それを知らんとするとそなたら余程辺境の人間か、もしくはクロク平野からのものだな?」
なるほど昔のオルタナでさえ比較にならないほど大きな市街にシャルも驚いていたものだが、外の世界には更に大規模な町村が点在していてこの町はその大元の一つと言う訳か。何度も確認するが、本当にオルタナの住人は井の中の蛙だったのだ。
「……二年前から新オルタナのリーダーみたいのをやってた、シャル・ザウバーです。こいつはルト、そうだな……妹みたいなもんかな」
「ね~これ外してよ~、じっとしてるからさ~あ!」
罪人でもないのに正座で両手両足縛られているのが痛々しい。
「ほう! そちがあの腐れたオルタナを町ごと消し飛ばしたと噂のシャルとな? 確かにひねくれた顔つきではあるがもっと凶悪な男を想像していたわ。まあ、もしそうなら再建しようなどとはせんか。してそれが何故こんな所に流れて来ておる?」
「俺達も詳しい事情は分からないんだけど、実はついこの間……」
「うう……足が痛いな~……」
「くっくっく……ドッペルゲンガーにとって代わられたとな、なんと馬鹿正直な奴らめ。とにかくそういう事なら問題ないじゃろう、あの旗を」
「承知しました……オルタナ領主、お納めください。これがあれば町の出入りが自由となりますゆえ」
「あ、こりゃどーも……おらルト、大人しくするって約束出来るか?」
いい加減見かねて縄を解いてやる。
「さて本題に入りましょう、あなた方は何故時球に当たっても何も起きなかったのですか? 特に妹さんは何度も直撃したというのに」
「あれ撃ってたのおじいさんだったんだ……あれってどうなってるの? なんで鳥が消えちゃったの?」
「誰しも訪れて欲しいという時間を気付かない内に頭に思い描いているもので、時球には強く対象に叩き付ける事でそれを読み取り、意思に関係なく転移させる性質があると私が発見したのです……あの鷲はおそらく腹でも空かせていて、獲物を巣に持ち帰った時まで跳んだのでしょう」
「あ~、それじゃあそっちのボクは今頃二匹の鷲に食べられちゃってるんだ……」
「何でそれが効かなかったんだろうな、ルトは最近まで時球の存在すら知らなかったからそんな事意識してなくても不思議じゃないけど……俺は……」
(もしかして、今が一番楽しいと思えてんのかもな)
「まあ分かってなければそれでもよいわ、てっきり人に化けたキメラかと思ったものでな。見た所そういう訳でもなさそうじゃ。時にそなたら、急ぐ身でもないのじゃろう? 一つ頼まれ事をしてもらおうぞ」
ステラがちょうどいいカモを見付けたというように意地悪く笑っている。面倒事を押し付けられる気配を感じたが、今回の情報料だと思う事にする。
「何をしろって?」
「昔から城下に人の形をとった怪物が出没するという話があっての、ローブを着た男だと思ったら鋭い角が見えただの尻尾が出ていただの。時々思い出したように食い物を盗んだりする位で大きな害はないが、捕まえようとすると風のように消えてしまうとやらで臣民がちょくちょく怯えさせられておる、まあ十中八九ただのキメラじゃろう、討伐してたもれ」
「はあ……出会えるかは分かりませんがやってみます」




