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新たな街まで、二年

 顔にむず痒いものを感じて目を開けると、視界が明るいオレンジ一色に染まっていて、どうやらルトの髪に包まったまま朝を迎えてしまったらしい事が分かる。当の本人はシャルの背中を抱え込むように眠っていて、気恥ずかしかったが彼女が起きるまでそのままでいてやる事にした。

(こんな薄着で……寒い思いしてなかったかな……)

 出来るだけ動かないようにして虚空を見つめていると、昨晩とは違ういい意味で頭が空っぽになって、落ち着いてこれからに目を向けられた。何も知らない皆は付き合ってくれるだろうか。そんな不安もなくはなかったが、事の良し悪しを決めるよりも自分がしたい事を疑わずにやり切ろうとする精神は背中で寝息を立てている妹に散々見せ付けられたので、思い切った選択をしてみるのも悪くないかと思った。


 やがて少しづつ逃げ延びた人が集まってきて、自分が何と言い出すのか待っているような空気を醸し出し始める。何度かの逡巡の後ミミルが切り出す。

「シャル、これからどうするかとか、アテはあるの?」

 もう決心はついている。決めてあっても以前の自分なら言い出す事が出来なかったろうが、今の自分には横で呆けた欠伸をしているルトの影響が大きかった。

「時球はほとんど消滅したみたいだからさ……これ以上オルタナの都合で浪費するわけにはいかない。第一、時球一つで町一つ元に戻したっていつかまた俺みたいのが現れて同じ事が繰り返されるに決まってる。皆には責任取って元通りにしろって言われて、俺ももちろんそうする気だったけど。上手く言えないけど今回みたいな事って、絶対起きちゃいけない事って感じがするだろ? 普通は起こり得ないことでさ。だから俺、先のためになる事をしたい。昨日までの四つの町村の人達を見捨てるのがどんな罪になるか分かってない訳じゃないけど、俺は新しく、時球に頼り過ぎない人間らしいオルタナを創るって形で責任をとってみたい」

「うん、うん……でも素人の集まりじゃ難しいんじゃないかな? 人数だって数える程だしさ」

「最初は立派なものじゃなくてもいいよ! やってみよう!」

「ま、やるしかないか。でも……」

 ミミルは他の大人がどう出るか不安そうにしていたが、彼らはどこまでも単純で、安全な場がなくなると縮こまって、道が拓かれた方についてくる。それが一番楽な生き方だから。

「新しいオルタナを創る事にするのか……我々にできるだろうか」

「俺もそういうのは素人ですし、今回の事で自分がまだまだガキだって思い知りましたから、色々面倒をかける事もあると思います……でも、これが俺の贖罪だから、俺は絶対途中で投げ出したりしません! 一人でもやってみせる……もし気が向いたら手伝ってくれるだけでもいいですから」

 シャルはまだ思い悩む大人達にそう言って頭を下げた。ほぼ初対面の彼らが今まで時球をどれだけ使って、どんな生活をしていたのかは全く分からない。だがどんなに堕落した者だったとしても、今回の件ではみなシャルの被害者である事は同じだ。

「一人じゃダメだよ! ボクも共犯なんだからね、二人でやる!」

「ルト……でも、お前は自分の時代の事はどうするんだ? きっと、長い作業になると思う。お前がいてくれたら心強いけど、大丈夫か?」

「やる……やらなきゃいけないよ! ボクが全部吹っ飛ばそうって言ったんだもの、シャルに全部押し付けて帰るなんてあんまりだよ。えっとそれに、お父さんが学んできて欲しかったのってあの怖いオルタナを見てくる事だったのかも。だったら何が起きてたのかはお父さんに聞くとしても後始末くらいはしてから帰らなきゃ逆に怒られちゃうよ」

「そうか……分かった! ありがとな、今日から忙しくなるぞ!」


「ルト……あのね」

「ん、どうしたの?」

 ミミルは折をみて、他の皆に聞こえないようにルトにアプローチをかけた。

「やっぱり……私の事……許して貰えない、かな?」

 これから少人数でやっていくにあたって、いつまでもルトに怯えたままでは仕方がないと思ったのだ。

「許す? えっと、なんの事だろう……?」

 しかしルトは全く心当たりがなさそうにきょとんとしている。

「ほら、私あなたの世話もしてシャルの事好きだ好きだーってうるさく言ってた癖に、実際はいじめてる側についてたじゃない。あの時あなた凄く怒って、殺して首を持ってくるーとか言ってたでしょ」

「あぁ~、あの時かぁ。あれはボク、シャルが裏切られてすごく傷ついたと思ったんだ、シャルはそうして欲しいと思うに決まってると思ったの。だからボクはそうするのが一番いい事だって考えたから追いかけようとしたんだよ」

 特に強い声色ではないが、トゲだらけの解説にミミルは気落ちする。

「でもその後シャルはいつもの事だって流してたからね、そこまでする事でもないかな~って。ボク自身はミミルには感謝してるよ。なんにも出来なかったボクに色々教えてくれたんだから。許すとか許さないとかはボクじゃなくてシャルが決める事だよ」

 一回言い切るたびにたどたどしく考える時間を挟むが、意見そのものは芯の通った強固なものだ。どっちつかずのミミルはそれが羨ましく感じた。

「そっか……ありがとう、話してくれて。何だか気持ちが軽くなったわ。これから皆で気兼ねなくやっていけそう」

「えっ、どうしてこれで安心するの? シャルに聞いてからじゃない?」

 ルトは自分に嫌悪感を持っていないと知って安堵したミミルだったが、ルトは不思議そうに小首をかしげている。

「今分かったのはボクが何も思ってないよって事だけで、ボクはシャルに合わせるつもりなんだよ? もしシャルがほんとはすごくイヤがってて、できれば殺してくれって言われたらボクはすぐ首を引き裂きに来るし、目でも潰してくれって言われたらちゃんと潰しに来ちゃうよ?」

 尋常ではなく鋭い両手の爪と犬歯を見せて無邪気にそう言い放つルトに、やはりミミルは恐怖を覚えた。ルトとの関係性が壊れる事はなさそうだが、自分にとって恐ろしい存在になり得る事は変わりないらしい。

「う、いやまさか。流石にそこまで言う人はいる訳が……」

「今聞いてみる? シャルー!」

「ま、待って! まだ心の準備がー! いつか絶対ちゃんと話をするから!」


 そして生き残った数十人のオルタナ復興が始まった。メイレンで必要な物を買い揃えつつ、その東の森で木材を調達し、みんなで試行錯誤しながら少しずつ組み上げていく。最初はテントがいくつかしか用意出来なかったが、不格好でも形あるものができる度に全員が素直に喜び、また普段ではなかなか出来ないそんな作業を楽しむ余裕も出てくる。

 始めは文句ばかり言う者ももちろん多かったが、単なる一人の町民ではなく「自分」として何かを出来る事に気付いた途端、みな人が変わったように能動的になった。少人数でいる事を強制されて、つい甘えてしまう後ろ盾が減った事も大きいだろう。

 シャルは精力的に動きつつも隙あらばまだ言い寄ってくるミミルをあしらいながら、言われないとあまり動けない大人達がいれば仕事を振り分けてやり、自らもまた労力のいる作業を進んでこなした。初めは責任感からよく動いたが、次第に自分が頑張れば人間性を取り戻したオルタナが出来るかもしれないという希望が濃くなっていき、夢に向かう子供のような気分でいた。

 ルトは力仕事は本当に駄目だったのでそれ以外の工作と、メイレンで売り子をこなすメンバーの一人となった。最初は皆彼女に務まるものか心配だったが、目立てば勝ちの客引きをやらせた事で体を覆い隠せる程のオレンジの髪が強力な武器になり、資金面で役に立つ。たまに森の方へついて来れば、動物の肉を切り出すのが上手くキメラに出くわしても大抵は撃退してくれる上、素直で人懐っこい彼女は皆の精神面で大いに貢献していたと言える。


 そして気付けば二年の時が過ぎていた。まだまだ以前のオルタナとは比べるべくもないが、クロク平野の外から来た人達が少しづつ住み始めて、色々な考え方を持った人が受けいれられる多文化な町が出来つつある。

 シャルはこのオルタナのまとめ役をしていて気付いた事がある。今まで知る由もなかったが時球は平野の外の何十種類もの町からも頻繁に届けられるのだ。シャルはその訳を問い詰めた。すると言葉の通じるほとんどの相手が口を揃えてこう言った。

「これが増えすぎると皆傲慢になってしまうからです」

 情けなかった。今まで自分達は搾取している側だと思っていたが、本当の所は不必要な分を押し付けるための倉庫として扱われていたのだ。

 何もかもが少し考えれば分かるはずなのに自分達はそんな事気にも留めていなかった。あんなぐうたらな町がよそから物を巻き上げる事が出来ている事に誰も疑問を持っていなかった、生まれてからずっとそうだったから。

 たまらずシャルはそれらを突き返して、むやみにドッペルゲンガーを消し去らないよう努力して欲しいと頼み込んだ。何もこちらを時球に変えようとするものばかりでもないだろう。

 そうして自分の育った小さなリアハイル以上に使用数が少なくなるほど、なるべく時球に頼らないように頼らないように再建を進めていると、不思議な事にあの崩壊の日以来一度もオルタナは喋らない盗賊の襲撃を受けなかった。

「シャル、ただいま~」

 作りこそほぼ同じにまで高まったが、父と住んだ家ほど掃除が行き届いていて物が揃っている所ではない、しかし十分生活を楽しめるくらいにはなった新しい家でくつろいでいると、鍵のない薄い扉が甲高い音を立てながら開いた。

「ん、おかえり、今度は割と長かったな? 一週間くらいか」

「お店の人と宿の女の人達がとってもよくしてくれるから帰りづらくって。でも同じくらいの友達はなかなか出来ないな~……」

「そうだ、お前ずっとメイレンで色々働いてくれてるけど、そのやる気はどこから来てるんだ? お前にとってオルタナ自体はそんなに大事でもないのに」

「ん? ボクはやりたい事やってるだけだよ? それにこっちに来るまではやらなくちゃいけない事なんかなくって、ただ遊んで食べて寝て、だったから。それも楽しかったけど、意味がある方がうれしいよね」

「なるほどな……あとは、稼いだ後の買い食いも大きいか?」

 地につくほど長い髪に所々刺さっている綿菓子の棒や、結び付けられた果物の芯などを取って捨ててやると決まりが悪そうに口を緩めるルト。

「シャル~! ちょっといいか~!?」

 外に何人かが集まって自分を呼ぶのが見えた。間の悪い来客に舌打ちしつつ、そちらへ気を移す。

「はいはい、なんスかね~!?」

「ちょっと気になる話を聞いてな、このオルタナが気に入らない奴らがいるらしいんだよ」

「えぇ~、どうして? いい所になったと思うけどなぁ」

 今ではオルタナは内も外も友好的な雰囲気に包まれていて、不便ながらも皆不満に感じる理由はないはず。それは今まで手綱を握っていたシャルがよく知っている。

「何がしたいのかは分かんねぇけど、もしヤバそうな連中が集団作ってたら自衛手段の少ないここはひとたまりもないからな、この事が本当なら早いうちになんとかしないと」

「分かった、じゃあまず確認も兼ねて俺が説得に行ってみるんで、その結果次第だな」

「ボクも行くよ、一人じゃ危ないかも!」

「いや~そういう連中だった場合お前がいるとますます乱闘になる見込みが強いんだが……久し振りに剣を引っ張り出しておくか」

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