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集落を捨てて…

「どこだ……早く二人と合流しないと……」

 人混みをかき分け、目を光らせるシャル。集落は大混乱に陥っていた。結局何十人ものエルミが石舞台に現れた龍に敗北を喫し、このままでは集落が占拠されてしまうという。無謀にも挑もうとする者、隠れ場所を探す者、それらを止めようとする者、諦めて自暴自棄になる者などで村じゅうごった返している。

 家の中にも片っ端から入って聞き込みをしているものの、どこも自分の事に手一杯でろくな会話にならなかった。


 やがて集落のはずれまで来て、この小屋にいなければ石舞台の反対側を探さねばならないと考えていると、鎮まり返った家の奥からすすり泣くような音がした。それを聞いたシャルは階段を探し地下室へ駆け降りる。

「バージニア!? 無事かって、うぅおっ……」

 絶望した若者達が運良く最後の晩餐を見つけてしまった、と言った所だろうか……吐き気がした。人という物に嫌気がさし、いっそ別の何かに変わってしまいたくなるような汚らしい惨状。

 服がボロボロに引き裂かれ、ぐったりと横たわっていたバージニアがこちらに気付き……腰が立たないのか身体を引きずって近付いてくる。

「シャルさん……私に、私に、新しい名前を付けてくれませんか、今すぐに……」

 虚ろな目で這いよってくる彼女にシャルは恐怖を覚えたが、彼女は独りで、自分がここで逃げたらどんな道を辿るか。その事で必死に頭の中を染め上げて、なるべく顔だけを見るように努める。

「気をしっかり持て、バージニア!」

 何かを求めるように、彼の脚に力なくしがみつく彼女。

 ――まただ。言葉が生まれてこない。諦めるな? いや、取り返しはつかない。僕が守る? 今だけの安い言葉にしか聞こえないだろう。

 自分はいつもこうだ。優しい言葉自体は喉まで出かかっているのに、論理的な考えがふさわしくないとして声にするのを許さない。

「今ここには、バージニアの敵はいないよ……はは……ごめん、もっと口が上手ければなぁ……これだけしか言えないや」

「そんな事……ありがとう、ございます……」

 誰が悪い訳でもないからこそ、シャルは一緒になって泣く事しか出来なかった。


 程無くしてルトも見つかった。バージニアと同じように別の家の地下室に拉致されており、毒牙にかけられようとしていたのだろう。だがどうやらこちらは未遂に終わったらしかった。

「……なんだこの状況」

「ルトさん、無事ですか……?」

「うぇ~……」

 はめた翼が焼け落ちている事から、あの後撃墜されて気絶して……という流れだろうが、泡を吹いて失神している一人のエルミの傍らでルトは嘔吐していた。

「何があったんだよお前には……」

「あの人が交尾しようとしたんだけどね、ボク今発情期じゃないからさ。先に交尾出来なくしちゃおうと思ったんだけど……全然味しないや、水っぽいし……」

 察しがついた二人はさっきよりも余程気分が悪くなった。

(また最初の台詞に困る行動を……)

「たく、ばっかやろう」

 それだけ言って、頭をばしゃばしゃと掻き回してやった。


 最初に訪れた、一際大きなドームに戻って来ると、既にエルミ達が大勢集まっていた。

「あの爺さんに強引にでも話を聞こうと思ったが……皆同じみたいだな」

「あああ、皆さんこんなに減ってしまって……!」

 バージニアは顔を両手で覆う。大体四十人位だろうか? 初めにここで見た自信に溢れたエルミ達が嘘のように、混乱し、ざわめきたっている。

「長ー! あの化け物はなんですかい!?」

「あんなのがすぐ近くにいたなんて聞いてないよ!」

 焦った彼らは一人また一人と、老人を質問責めにする。

「何で黙ったままなんだよー!」

 ぎり、と歯が鳴っていた。シャルは自分勝手な喧騒を睨み付けると、強引に中へ割って入った。

「シャル?」

「てめぇらがこの爺さんの口を塞いじまってんだろうが!!」

 叫び、剣を床に突き刺すと、一瞬空気が凪いだ。その隙は見逃さない。何百回と聞いたオルタナでの罵倒を思い出し、それを真似る。

「ついさっきまでの態度はどうした!? 敵わない相手となれば責任者に丸投げか!?」

 言葉がおかしくなっても構わない。相手が頭で反論を組み上げるよりも早く何か喋る。主導権を渡さずに畳み掛ける。汚い手だが集団相手には一番手っ取り早い。

「他人を盾にしようとすんな! 自分で決める! どうにもできないなら人に頼む! その答えはせがむもんじゃない、くれるもんだって、子供じゃねぇんだから分かってるだろ!?」

 その場にいた全員が、うなだれたまま黙り込んでしまった。これ以上はいらない。無意味に他人を貶めるのは、シャルの最も嫌う所だ。

「悪いな爺さん、勝手に」

「うむ……すまぬ。まず、そもそも何故我らが闘い合っているのか? そこから話さねばならんな」

 その言葉を聞いて多くの者が顔を見合わせる。本人達も深く気にしていなかったらしい。

 長はその場に腰を落ち着けて、遠い目をしだした。


 いつの頃かは正確には分からんが、奴は何の前触れも無く火山洞窟から現れると、岩壁を貪り、日毎に巨大になっていったと聞く。やがて集落に降りて来ては、目に付いた生物全てに暴虐の限りを尽くしたと言う。

 成程、キメラの特徴そのまんまだな……。

 ああ!? じゃ俺ら全員殺されちまうのか!? 

 だが、ある日偶然その場に、奇怪な姿の少年が居合わせた。その少年はその小さな拳で硬い外皮を砕き、溶岩を潜航する彼奴を身一つで泳いで追い詰め、打ち負かすと、こう言い放って山の中へと押し込めたそうだ。

「黙らせたけど、こいつは何百年もして傷が癒えたらまた目覚めると思う。今度はアンタらが頑張って追っ払うんだよ!」

 な、なんだって! あれを子供が一人で!? 溶岩の中に入れる人種なんているのか!?

 ええい鎮まれ、そこは問題ではない。もう研鑽を続けてきた理由と必要性は分かったな? やれやれ、その間に一度でもオルタナが移住を許可してくれれば済んだのだがな……奴らは集落の場所を移す事すら認めなかった。厄介事は我らにずっと抱え込ませるつもりなのだ。

 ……。

 結論から言うと、奴は倒せん。立ち向かったエルミを見ただろう? 充分な実力をつけた者には事情を話してあったのだが。仲間内での闘いでは恐怖に耐える心は備わらなかったと言う事か……。

 なら……そういう事ならボク達がやるよ!

 ルト? お前一番怖がってたくせに何言ってるんだ!

 一人二人では倒すに至らん。あれは、溶岩に潜り眠る事で身体を再生出来ると聞いている。事実大昔の戦いとはいえ、先程の奴の身体には傷一つ無かっただろう。

 その子供みたいに圧倒的なのが現れるか、強い奴が束になって一気に終わらせなくちゃいけないのか……。


 そこまで話した長の顔からは、もう迫力がなくなってしまった。

「余所者よ、すぐにここから出ていくべきだ。我らは集落と心中するしかないらしい」

 心中……心中か。シャルはひとしきり考えを巡らせる。これはかえって好都合かも知れない。

「ちょっと待った。諦めんのは早いぞ。俺はそもそもあんた達を連れ出しに来たんだ」

「どういう事だ?」

 シャルは横でぴーぴー騒ぐルトに時々台詞を譲りながら、全部話した。自分の今までの暮らしぶり、オルタナ民の腐りっぷり、ルーズの死、時球の仕組みの仮説、そして、自分が結果的に復讐に近い形でオルタナを壊滅させようと人を集めている事。

「終わったらあんたらエルミが制圧した事にしてもらって、適当に脅せば集落をどこかに移すのも可能になるだろ?」

「面白そうじゃねえか! 俺は乗るぞ!」

「オルタナの奴らをぶっ飛ばせば、どこへでも行ける! 外の人間も嫌な奴らがいなくなって何も言わないさ!」

 エルミ達は満場一致で賛成の意だ。

「族長、あんたは?」

「しかし例え上手くいっても、女が殆どいない現状はどうしようもなかろうて。加えてあの龍にかなり殺されてしまった、どの道我らは間も無く滅ぶ」

 そうだ。元々エルミは滅ぶ寸前であるのだから、このままでは結果は変わらないだろう。悩んだシャルは、自分でも驚くくらい恐ろしい提案を彼らに投げかけていた。

「あーそっか……ちょっと非人道的だけど考え方を変えれば別人なんだし、元に戻す前の、つまり皆殺し段階であんたらが適当に女捕まえといて、事が終わったら好きにしていいよ。自分が人を取り戻す為の考え方と逆の事勧めるのは変な感じだけどな」

 空気がシンと張り詰めた。みなシャルを恐ろしいものを見る目で見ている。こんな残虐な提案を口にできるなど、頭がイカれているんじゃないかと視線が物語る。しかし、一番そう思ったのは他ならぬシャル自身でもあった。

「シャルさん……本気で言ってます?」

 バージニアが刺すような目で見てくる。もちろん自分も心が痛むが、エルミ達の存続だってかかっていて、他に手も思い付かないのだ。

「そりゃあれだけどさぁ……使いようによっちゃ沢山の人を救える物をくだらない事に浪費してる奴らだぞ? しかも知ってていつもそれが当然だと言ってる。報いだろ?」

 口をついてどんどん無慈悲な意見が出てくる。自分はオルタナにそこまでする権利があるのかと自問する――そんな事が許されるはずはない。彼は自分の正しい人格と暴走している人格がはっきりと自覚できていたが、一方が強すぎて勢いが止まらない。それに同意しているルトの考えはともかく、ここにきて自分の心が虚ろに壊れていっているのが感じられた。

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