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ノクテーリン

「どうだ……理解できたか?」

 それからシャルとルトは再び故郷の村リアハイルに来て、村長宅であるハウルの家を訪れていた。

「ん~、全然。俺らはそんな頻繁に時球に触れてないもんでさ、もう少し分かりやすく頼むよ」

 ハウルに同様の話を持ち掛けたのだが、言われてみれば彼らは時球の使い方そのものをよく理解していないのであって、いきなりでは分からないらしかった。

「大丈夫、ボクもあんまり分かってないから」

 慰めるようにルトがその肩に手を置く。ちっとも大丈夫じゃない。

「そうだな……いいか? 時球は指定した物を過去や未来に送れる物だ。もちろん、人間だって送り込める。でも過去に何かを遺して来ても今――自分にとっての元の時代には影響が出ない事もある。ここからルトが気付いたんだが時間の流れは数え切れない程あるみたいで、ここもその中の一本に過ぎない。いつ、どこで、何が、どのように、何をした、それらが行われた組み合わせの分だけちょうど大木が枝を伸ばすみたいに。つまりあの珠は過去だの未来の一つだの近い現代だの、枝と枝を繋ぐパイプのようなものなんだ。これを使ってオルタナの奴らは何かを失った時それに限りなく近い存在を別の世界から奪ってきてるって事になる」

「ほほ~でもさ、それじゃやっぱり別人なんじゃねぇの?」

「少し違うと言っても極端な話、世界の反対側で虫が一匹死んだ、とかそんなレベルでも世界ごと別の時間軸に分岐すると考えられるんだ。本人がこっち側とまるっきり同じ時間軸だってそれこそ無限にある。そこからって事」

「あぁ~、なるほどな。しかしどこまでスケールのでかい話だよ、お前って昔からよくそんな頭が回るよな。図面も引かずに」

「これを使えば、オルタナを制圧した後元の状態に戻せるんだ、何やったって倫理的な問題は微々たるもんだよ。こっちの被害も同じ要領でどうにかなるし、ついでにオルタナに置いてある時球がかなり減って今ほどは好き勝手出来なくなる」

 元々命が変化したものである時球を削減するのは悪い事だと分かってはいるが、今の状況のままにしたって同じだろう。

(それに、手元にある数が減れば不安になって自分達で勝手に規制をかけるかもしれないしな……)

 時球の浪費を止める手段は残念ながら自分にはない。今はそれについては細かく考えないことにした。

「へぇ、そりゃ願ってもない好条件だ、皆きっと二つ返事で賛成してくれるはずさ」

 ハウルの顔が大きく歪む。自分達の生活の心配をせずにオルタナに一泡吹かせられるのが余程嬉しいらしい。

「よし、次だ」

「えぇ~もう?」

 そろそろ平原を歩くのも飽きてきたルトが抗議する。前回来た時のように食べ物を出して貰えるのを期待しているのだろう。

「ゆっくりしていきたいのは分かるけど、ルーファス達をあんまり待たせるのも悪いからさ、我慢してくれよ」


 次に二人は件のエルミ達の住むノクテーリンを目指し、北西へ足を向けた。

「あっづ~~!!」

 すぐ傍を流れる溶岩流に警戒しながら歩を進めている内に、後ろを歩くルトが悲鳴を上げた。

「あ馬鹿! 足でも踏み外したか!?」

「あ、ちょ、ちょっと、水入れたらどうなるかやってみたらはねてきただけ」

「変な事して全身火傷しても知らねぇぞ?」

「油投げたらどうなるのかな!」

「やーめーろ馬鹿~!!」

 暑さで紅潮した顔から一気に血の気が無くなって、彼は重い荷を背負っているにも関わらず次の瞬間にはルトを抱えて大きく飛び退いていた。

 しかし少しの間なんの反応もないのを訝しんだルトが地面に突き立てた重斧の先端に飛び乗って様子を眺めていると、小袋を放り込んだ溶岩は次第に沸騰を激しくし、やがて爆発した。真っ赤に染まった溶岩は大きく盛り上がり次々と連鎖的に弾けて、辺りに火の玉の雨を降らせる。

「おっ前は何でこんな無茶を平気でやるかな~!」

 傾けた重斧を傘にした下でシャルはガードの上から加減なくルトを繰り返しひっぱたく。

「だってさ~、気になっちゃうんだもん」

 ルトは悪びれも怖がりもせずに、降り注いだ石をただ面白そうに眺めている。

「気になる事全部試してたらキリが無いだろ! 下手したら死ぬかも知れないとか思わないのかよ! あと油入れて起きるような現象じゃないし!」

 どうせ小袋を間違えてカバンに詰まっている爆発物を放り込んだんだろう。

「死んでもいいよ? やりたい事はみんなやってみる。それでたまーに死んじゃうのはよくあることだもん。ルーズが死んじゃったのは悔しいから仕返ししたいよ? でもその途中でもなんでも、やりたいことやってパタッてなったらしょうがないよ」

「死ぬとか、お前……!」

 顔面に叩き込もうとした拳を、寸前で止める。

 よくよく考えてみれば、自分だけでなくルトもショックが大きかったに違いない。この言動や先程の行動自体は馬鹿そのものだが、襲撃の際にルーズの制止を聞かずに行動していれば、違った結果になったかも知れない。それを考え、ルトの中で元々高かった自我の価値という物が更に上がったのだろう。

(そっか……あの時ルト、何もさせてもらえなかったもんな……)

「? どしたのシャル? 急に考え込んで」

 自分はどうだ? やりたい事に皆を付きあわせているじゃないか。

「いや、何でもない。ルト、これからはお前の好きなように動いていいよ。よっぽどの事じゃなければ、俺が護ってやるからさ」

「ウソ!? ホントに!? ありがとうシャルお兄ちゃん!」

「お兄ちゃんはやめろってのに」

 何だか自分の台詞がひどくクサくてありがちな物になっている事に気付いて、からかわれるかもという不安から背を向けてしまう。

 ――違う。こいつは本気でそんな事はしない。

 日頃から他人を見下して安心感を得たがるようなオルタナの腐った人間とは違うのに、ちゃんと輝く目をまっすぐに向けてきてくれているのに、自分は無意識に恐れを感じてしまう。

 ルーズといる時だけは、こんな事は無かった。絶対の信頼を寄せるのに多くの時間を必要とするようになってしまっている自分に、また少し怒りを抱く。

「あ、あの……」

 ――そうだ。振り向いてちゃんと応えよう。こんな感情が出来たのは自分が何を為しても罵倒しかしなかったオルタナの若者達のせいだ。自分の倫理観を壊しちゃいけない! まともな人だって何人かいたのだ、彼らの事だけ考えて……。

「その、あれだ……分かった! 俺に任せとけ、本当の兄にしたつもり……ってうわ! だ、誰だお前! いつからそこに!」

 いつの間に。ルトの隣にはもう一人、不釣り合いな大荷物を背負う、華奢な体をした犬顔の少女が立っていた。

「ひゃっ、すみません! あ、あのあの……お邪魔しちゃった、でしょうか……」

「いやそんな事ないから! 全っ然大丈夫だから! 深読みしなくていいから!」

「ちょうど今声かけられたとこだよ。シャルってばボーっとしてて気付かないんだもん。あ、バージニアっていうんだってさ?」

(うわぁ、弱そう……戦闘民族って聞いたから、もっとごついの想像してたんだけど)

 ちょっと失礼だが、そんな事を思う位このエルミは華奢でおどおどしていた。

 エルミは闘い合う事が趣味のようなものだと聞き及んでいたが、違ったのだろうか?

「それでシャルさん、さっきのは一体? それにお二人ともエルミではないみたいですけど……普通の人間さんに見えます」

「なんつーかな、こいつ――ルトが溶岩流に危険物を放り込んだだけ。巻き込まれてなくてよかったよ」

「でもシャル、ちょうどよかったね。バージニア、エルミのみんなにお願いがあるんだ。だれに言えばいいかな?」

「……ちょっと待った」

 シャルは話を進めようとするルトを制する。自分達の用事も勿論済ませたいのだが、それよりもこんな――ルトよりも一回り小さな女の子が大荷物を背負って通りかかった訳の方が気にかかる。

「何でお前こんな所を一人で歩いてた? 親はいないのか?」

「う……それはえっと……ここで言わなきゃ……いけません?」

 バージニアが俯いてそわそわし出す。

「あぁ……察しはついた、もし言いたくない事なら……」

 触れないほうがよかったかと思ったが、バージニアは続けた。

「……両親が討死しまして……私一人でもなんとか暮らしてたんですけど、最近はよく男の人が押し入って来ようとするんです。ひどい時は扉を壊されて、村じゅう逃げ回らなきゃいけない事もあって……」

 これはいきなりキツイ話に出会ってしまった、とシャルは顔に手を当てた。つまりこの娘は夜逃げしてきた所だったらしい。

「……行くアテはあんの?」

 言葉は返って来ない。エルミはいまいち外界との交流が薄い為、大抵の人はシャルと同じように――戦闘狂の半犬半人、程度の認識しかしていない。一人で飛び込んでも怯えられるか反発されて終わりだろう。

「……しょうがねぇな、何が何でも急がなきゃいけない身でもないんだ、出来るだけは味方してやるか。いいよな、ルト?」

 巨大ブーメランに座ってあくびをしていたルトは、さも当然という顔をする。

「ん? だってバージニアがいないとどこに行けばいいのか分かんないでしょ?」

「ぐっ……悪かったな無計画で!」

 確かにしらみ潰しというのも骨が折れる、どの道誰かしらの協力は必要か。

「本当によろしいんですか? 私なんかのために……」

「こんな調子だしさ、見て見ぬ振りも寝覚めが悪いし」

「くふふ、シャルは優しいからね、ほっとけないんだよ」

「余計な事言うなってば!」

「あ、ありがとうございます! あ、でも……」


「腕に自信はあるか?」

「は? いや俺達はそういうんじゃなくて……」

「そちらの常識がどうであれ、ここでは実力を示せない者にはあらゆる権利は存在しない」

 バージニアに送ってもらってノクテーリンの奥の、いかにもその辺の岩を組み上げただけ、といった感じのドームに行ったものの、歓迎はされなかった。その場のエルミ全員目を尖らせてこちらを窺っている。まるで敵の力量を測り知ろうとしているようだった。その人混みの中心に胡坐をかいている大柄な男が、今にも飛び掛かろうとする何人かを手で制し、そんな事を告げてきたのだ。

「……お偉いさんと話す権利もか?」

「左様。毎日正午、石舞台を訪れよ」

 犬顔では歳ははっきりしないが初老の、迫力ある声だった。シャルの倍に届かんばかりの背も相まって、有無を言わせぬ雰囲気を放っている。

(ちぇ、融通効かない頑固爺さんの臭いだ……こりゃ腹括るか)


「すみません、こういう所なんです……」

「いいよ。ある意味、まるっきり想像通りだし」

「あの、やっぱり諦めても……私、なんとかやっていってみますから」

「どの道エルミに頼みたい事があったんだ、お前が気にする事無いって。戦うなら少しは自信があるし、それに男の性欲に追い出されたって状況が気に食わない。そんなの普通、有り得ねぇ理不尽だろ」

 シャルは酷い時には気配だけで体が拒絶反応を起こすほどの女性恐怖症を患ってはいたが、それは何をされるか分からない不安感からの症状であって、円滑に歩み寄る事ができたバージニアに対しては心の奥底にある騎士道精神が放っておけないと燃えていた。

「ね、今度はボクも暴れたいんだけど、い~い?」

 初めて来る場所をきょろきょろ見回っていたルトが、ブーメランをぺちぺち叩く。

「まあわざわざ命までとるような試合じゃないだろうし、いいんじゃないか」

「よぉし、やるぞ~」

「……そういえばルトさん、シャルさんのそばにいなくていいんですか?」

「だからそれは違うっつってんのに」

「いえ、私は離れないようにしてるから安心して歩けてるけど、ルトさんあっちにふらふらこっちにふらふら……」

「……まずい!!」

 ぞっとしてルトを見やる……と、何故だか誰も彼も鼻歌歌いながらトコトコ歩いている彼女に見向きもしないでいる。

「分かりました! ルトさんってあんまり女の子っぽく――」

 一応、彼女の口を力なくふさぐ。髪が長いのに女に見えないという事は、それ以外があんまりにも中性的すぎるという事だ。

「ん?」

「……ま、俺はそのおかげで付き合いやすいんだけど」


「ここか……」

 ノクテーリン中央に陣取るその石舞台は、もう舞台と呼べるような物ではなかった。向こう側が見えないくらい広大な黒々とした石材には至る所に地割れの如き傷跡が刻まれ、放置された骨もそこかしこに散乱している。

「何だ、チビっこい坊やが二人だけかよ。相手にならねぇな」

「踏み潰されんなよ? 特に髪のバカ長い方。そんな見上げるような武器不相応さ」

 長身痩躯、青い毛並に包まれたエルミの若者達がここぞとばかりに挑発してくる。せせら笑われて、ルトは肩を落とす。

「むむむぅ……シャールー……」

「お前強いんだろ? そいつで吹き飛ばしてやればいいじゃんか」

 ルトは黙って重斧をさすり始めた。少し意地悪な言い方になったか。早々に石舞台の脇に張り付いているバージニアの顔からは何種類もの不安が見て取れた。

「……何をしてもいいのでとにかく沢山の人を降参または意識不明にすれば段々評価されると思いますけど……」

「成程、俺達にはうってつけの修行場だな」

「それじゃあシャルさん、そろそろ始まるみたいです。私こっそり応援してますから!」

 言って、バージニアは客席の陰の方へそそくさと隠れてしまう。シャルはかなり緊張を感じつつも、長剣を二、三度振って心を落ち着かせようとする。刃は大分傷ついているが、もうかなり手に馴染んだ道具だ。その重みを確かめると、緊張と同じくらい自信も湧いてきた。

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