街が嫌いで仕方ない
街側をとにかく屑にしないとこっちが悪者になるのに、その手のシーンは書く方も読む方も嫌だから大変ですね…ちゃんと話運べてるかなぁ
翌日には、オルタナはいつもの風景を取り戻しつつあった。恐る恐るルトと一緒に外に出てみると、昨日殺した四つ程年上の優男が中央塔の方へ歩いていて、シャルに挨拶もしてきた。彼はまだ幾分かはまともな相手だ。要するに、ミミルと同じような関係。
「おは~っすシャル。すげー戦闘だったみたいだな。友達ン家なんか中まで荒れてんの。俺自分家の屋根板が半分なくなってんのなんて初めて見たよ。これから並びに行くトコ」
「悪い、多分それやったの俺だわ」
手近な家の屋根をいくつか壊した記憶がうっすら思い浮かんで、ばつが悪そうに頭を下げてみせる。それを青年はお気楽に笑い飛ばした。
「ま、いんじゃね? 二度と元に戻せない訳じゃなし。んじゃな~。お前も意地張ってないで使えばいいのに。――さて知り合い何人位だったかな~片っ端から呼んでみるか~」
「あ、うん……」
ひらひらと振る手は青年が前を向き直ると同時に、拳として壁に打ち付けられた。鈍い音はいつもと変わらぬ喧騒に消え、ルト以外には聞こえなかった。
「シャル……き、きっとさ、悪気はないよ! ほら、あの人ルーズのこと知らないんだよ」
「確かにそうだ……だがこの差はどうだ、まるでゾンビの街じゃねえか」
もちろん、自分が甘んじて時球を使用すればいいだけの話ではある。だがそこにも受け入れがたい問題はある……彼はそれをルトに話し始めた。
例えば、父フェイは時間の流れは複数あって何本もの並行世界が存在しそこに生きている人を貰って来ることを蘇生と考えており、これではいかに同じ体同じ記憶を持っていても赤の他人であるという事実が強く突き刺さる。
一方、シャル自身は時間軸は一本しかないと考えており、過去と未来の相違は徐々に改ざんされる何らかの力が働いていると思っている。その根拠として、のちに生き返らされている人間の死体はある程度時間をおくといつのまにか空に溶けたように消えてしまう事があるのだ。
「俺達もルーズを生き返らせるのは簡単だ、だけどそれじゃあ昨日俺達の目の前からルーズがいなくなった理由は突然の行方不明って事になる……俺はそんなの嫌だ、戻ってきては欲しいけど昨日までのあいつをそんな納得のいかない曖昧な終わりで貶める事はしたくない」
沈黙が続く。そこまで聞いたルトは考えをまとめようとうんうん唸っていたが、じきに口を開き、第三の考えを提示した。
「ん、実はボクね……時間は枝分かれしていくものなんじゃないかな? って思うんだよね」
「どういう事だ?」
「はじめは一本なんだけど、誰かがどこかで何かを選んだら、そこで別の世界に別れるの。ボク見たことがあるんだけど、少し先の未来で転んだって子が足の怪我をなくしたいから今の自分を転ばないように注意してた事があるの。その子は転ばなかったけど、足の怪我はなくならなかった。その時、怪我をした世界としてない世界ができたんじゃないかなって……そうやって、何億個も何兆個も世界があるんだよ。きっと」
気が付けば、シャルは何度も何度もその話を反芻していた。それまでの自分たちはあくまで同一であって、ルトに出会ったのも、街が襲撃されたのもルーズがそこで討たれたのもここでこんな話をしているのも今無意識に息を吸ったのも、全てが分岐点なのだとすれば……。
「さっきの人みたいに性格とか大事な思い出が同じだったら……すぐ近くの世界だったら、誰にとってもその人とおんなじだよね。だって昨日のご飯がパンでも肉でも、ボクがボクじゃなくなる訳ないもん。もしうまく、そんな感じのルーズを引き当てちゃえば……」
「これまでのルーズには何の影響も与えず、昨日まで一緒だったルーズをもう一回呼び出せる、生き返った……って事になる……?」
シャルはそれに気付くと笑いが止まらなくなった。これほど笑ったのは初めてかもしれない。周りの目も気にならなかった。声をあげて体が反り返るまで笑った。
「お父さんの考え方と絶対一緒じゃないってまでは言えないんだけどね、そういう風に考えられないかなって思ったんだ」
「ああ、わかったよ。九十九パーセント本人で、一パーセントだけ他人なんだって、それで納得する事にする」
この論でいくと、時球は時の流れを縦、時間軸を横とした、枝分かれした大樹のような仕組みのうちで枝から枝を一時的に接続できるパイプのような道具という説が成り立つ。そして近隣で劇的な時代錯誤が聞かれない以上、中央塔にある小さな時球はそれほど遠くまで手を伸ばせないのだろう。もしくは、今まで誰もが無意識に相違の少ない時間軸を選んでいたに違いない。
ここまで考えて、シャルの迷いは完全に消えた。
「よぉし、中央塔に行くぞルト! 時球に頼んのは癪だが、俺らのルーズを取り戻せる!」
「おっけ~!」
いつにも増して大行列になっている中央塔の最後尾に陣取り、シャルはあれだけ嫌っていたこの施設を頼みの綱とする事に複雑な思いを巡らせていた。そのうちに、後ろにも十人、二十人と人が連なっていく。
ところが、いくら待とうと列が進まない。普段は一分で三十人ちょっと回せるくらいなのだが。
「おかしいな……。ルト、悪いが場所取っとくから前の方見てきてくれ」
「うん」
行き交う人をスイスイと避け、楽しそうに後ろ手を伸ばしてルトは走り去った。
「シャル~!」
「どうだった?」
「壊れた物とか多すぎるせいかな、横入りとかのトラブルがたっくさん起きたらしくて、前の方はただの人混みだよ! 皆ケンカしてる!」
「そっか……まったくふざけた奴らだよ。「自分に関係あるか」が判断の最初にくるんだから。とりあえず気長に待つしかないか。ほら、隣」
ルトが列に入ろうとすると、後ろに並んでいた女に遮られてしまった。
「ちょっと待って。その子は並び直し」
「何でだよ、あんたさっきまでここにいたの知ってるだろ」
「そーだよ! こっちは人が死んだんだよ!」
「そんな事どうだっていいじゃない。私は早く前に進みたいの。それくらい分かんない?」
「どーでもなんかよくないよ! それに一緒に来たんだから入っても同じだし……あ、あれ? シャル? 顔がコワイよ……?」
シャルはルトをその場に押し倒した。
「わわ、なにすんのさ! っあぐ……」
当然すぐに起き上がろうとするルトの胸を、シャルは手加減もせず踏み潰す。
つまり、「何が何でもしばらく伏せていて」欲しい。
「――今……何て言ったよ」
喜びにかき消されて薄れていった怒りは、何度目かも分からない町民への失望をきっかけとして、在留する悲しみと共に爆発した。ルトの胸をギリギリと踏み締め、腰に手を持っていく。
「クスッ、何それ? どうせカッコ付けばかりで本当には出来ないでしょ。あーあー、その子かっわいそー。アンタもさっさとどいてくんない? 目障りなの、そーゆうの」
「フゥ……駄目だな」
横薙ぎに、一閃。
行列の一画が血渋きに染まる。怠惰な蛇は引き千切られたのだ。
「シ……ダメだよ! せっかく……わっ」
解放されたルトも痛みを忘れて飛び起きるが、それよりも早くに手を取られて強い力で引きずられていく。
「アーハッハッハッハ!!」
ひとたび右手を振るえば、周囲の人間の胴は軽く断ち切られる。いつもとは一線を画する力が出た。激昂した時特有の、肩や頭が蒸すような感覚に身を任せる。後の事など考えられない。シャルはただ、「今」を追い払いたかった。
「また真っ赤になって帰ってきたもんだね……」
結局あのまま行列を逆走するように斬り進み、人が途切れたところで持ち直したルトに思い切り蹴り飛ばされて我に返り、家に戻っては来たものの……。
「ど~お~す~んの~さ~。もう外歩けないよ~?」
シャルのやった事は最早ただの大量虐殺だ。昨日の件も相まって、シャルは町民にとって狂った殺人鬼でしかないだろう。常識的に考えれば町民の日頃の態度が悪いのだが、シャル側の事情をよく知っている者など数えるくらいしかいないうえに、彼らにとってはあれが普通なので言論の余地は全くない。正義はあちらにある、手を出した方が悪なのだ。
(大体ここの人間は多い=正しいと思ってる奴が多すぎる……もうやってけないな)
「シャル。これからどおするつもり?」
「とにかくルーズを連れ戻して……俺は嫌われたままでもいいよ」
(は? 俺は何を言ってる? それじゃ俺だけが貧乏くじ引いたままで……それに、もう時球も使わせてもらえなくなってるかも)
彼は泣き寝入りを選ばんとそっけなく返すが、まだもやのかかった頭では理不尽に反発する心が蠢く。
「ホントに? それだけ? ねぇねぇ」
「――仕方ないだろ」
(何をするにもあの屑達を気にして……! 排他的な会話に腹を立てて……!)
ルトはそれを見抜いてか、わざわざ引き伸ばすようにしつこく聞き直してくる。
「それじゃボクの気がおさまらないンだよ~! シャルはよくこんな町で七年もガマンしたと思うよ。そりゃいい人もたくさんいるけど……他のみんなは子供っぽいよ! シャルもボクとおんなじこと考えてると思うからウソなしで言ってよ。これからどうしたいの?」
「……仕返ししたい」
口をついて呟いた言葉に、自分でも驚く。かなわないなと思った。ルトの前では、何より自分に嘘をつく事が許して貰えない。
「でしょ? いい考えがあるんだ! みんな生き返っても呼ぶ時より後のことは覚えてないよね? んで、いつのその人を呼んでくるかは自由なんだから……」
「――あ」
「じゃあいっそ、全部フッ飛ばしちゃお! そのあとでボク達で元通り片付ければいいんだよ! きっとオルタナの外で探せばおんなじこと思ってる人いっぱいいるよ。今度はボクも戦うからね!」
「そうだな、このままなんてゴメンだ! 行けるとこまで行ってみるか!」




