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消失は突然

「親父! 大丈夫か!」

 ルーズに合わせて息を整えつつだが街道を休みなく疾走してきたので半日足らずで帰って来ることが出来た。しかしオルタナは既に劣勢になりつつある。南門広場にはかつてない程の人数が侵入し、敵味方入り乱れて武器をぶつけ合う本格的な戦場に変貌を遂げていた。やりすごして東市街地まで抜けるのに幾つの死体に躓いたか。

 ちょうどザウバー家の前でも二人に挟み撃ちを掛けられた所で、少なくない人数がオルタナ全域に入り込んでいると思われる。

「ああ、今のところ家の中はね」

 そのため手遅れの可能性もあるのでは、という思いもあったが、父はいつも通りの落ち着きはらった顔で出迎えてくれた。

「よかった……親父、状況を教えて、くれる……かな?」

 シャルも走り続けるのは相当応えていて、話すのもままならぬ程に肩を上下させているが、今はそんな事で休んでなどいられない。一人でも多くの者が戦わねばならないこの状況でまず家へ戻ってきたのは、彼が腐ったオルタナを大切に想う一番の理由が、この父であるからだ。

「規模自体はいつもと大差ない。内通者がいたのか、外壁番のマンネリ化で襲撃を見逃したのか。多分後者だと思うけどオルタナ全体の反応が遅れたそうだ。戦う準備の出来た人から次々と繰り出してはいるけど、少し押され気味らしい」

 まずは槍を借りに現在の後方拠点となっている場所を探しに行ったルーズと、なぜか息ひとつ乱していないルトもそれに並ぶ位大切ではあるが、なによりシャルはもう肉親を失いたくなかった。

「はやく助勢に行ってきてあげてくれ。ただし、ケガをしたら無理せず退くことだよ。私はお前を時球で呼び戻す事はしないからね」

「もう聞き飽きたぜ、俺だってむざむざ死ぬような事はしないって。ルト、お前はここに残って、もし誰か入って来た時に親父を護ってやってくれな」

 ルトは抗議の声を上げるが、メイレンの宿で話した事を思い出すと聞き分けよく了解してくれる。

「えぇ~……あ、ううん、ボクはあんまり戦うなって言われたもんね。まかせといて。どんな奴が来てもお父さんと一緒に家を守るから」

 この三人を護るため。今自分は一人でも多くの敵を斬る必要がある。何に換えても護りたい人は両の指に収まる程だというのに、護るために殺す命がとても指を折っては数えきれない理不尽に改めて憤慨しながら、シャルは火の粉の舞う大通りを駆けていった。


「ハァ、ハァ……こいつでとどめだっ!」

 相手の剣をいなしつつ腕に蹴りを入れて武器を落とさせると、シャルは物言わぬ敵の胸を貫く。ぐげ、という息が漏れたのを最後に目の前の敵は動かなくなる。

 戦いは陽の落ちるのに合わせるように苛烈さを増していった。だが、所詮相手は考えて戦う事を知らない素人。日頃運動不足の大人達ならともかく、シャルの敵ではない。ルーズと背中を預けあって戦っている上、その長剣を大きく振るうだけで、ナイフや手斧、鎌などは届かなくなる。同じ長柄を持つ者が襲いかかって来ても、普段から技を磨いている彼は空が赤らみ始める頃になってもまだ無傷を保っていた。

「どしたどした! もう百人斬りは達成したぜ! ……この分なら俺達は最後まで戦ってられそうだな」

「ええ。ところでいつも思うけど、人数が多すぎない? クロク平野には数千人、いて一万の人口しかいないはずなんだけど……こんなに強盗まがいの人が多いのもおかしすぎるし」

「確かにな。南の海から来てるか、周りの岩山のどっかから外界に繋がってんじゃないのか? 今度三人で探してみようぜ」

 斜め上段から振り下ろす一撃に対して弾こうと剣を合わせる相手に、シャルは手の力を抜いて剣を体の横で縦に回転させ、戻ってきたところで持ち直して同じモーションで再び振り下ろす。タイミングがずれ無防備になった剣が叩き落とされる。またも雌雄は決した。

「そうだね……ッ!? まずっ……シャル、避け……!」

 一方その瞬間。ルーズは完全に視界外だった屋根の上から飛び降りつつ振り下ろされた斧を辛くも受けたが、それにより槍が折れてしまった。とにかくとその敵を蹴り飛ばすが、確保した視界の真ん中にはこちらに突き出されるナイフが――。

「――くっ!!」

 止めを入れたシャルは、背中に重い衝撃と指先で突かれたような感覚を覚える。

「うわっ。どうしたんだよ、らしくない……ッ!? おい!!」

 ルーズに潰されるようにして膝をつき、周囲を薙ぎ払いつつ立ち上がって、シャルは目に電流の流れるような感覚に襲われた。幼馴染の胸の中心に、刃が根元まで見えなくなる程、深く突き刺さるナイフを見たからだ。

「う……ぐゥ……!」

 あまりにも唐突すぎた。シャルの頭に宿でルトに言った事が残響する。

 ――いくら強くたって、運が悪けりゃ怪我もするし死にもする。

 分かってはいたのだ。だがそれが実際に起こってしまった時、きっぱりと受け入れられる程シャルもまた大人になりきれてはいなかった。

「おい、冗談だろ……ちょっと、あんまり余裕なんで僕をからかってるんでしょ? ねえ、ルーズってば……」

 その答えが、ルーズの口から発せられる事は無かった。答えるのは、これまで数多くの命を啜ってきた石畳の染まる色。ゆっくりと、だがはっきりとした返答だった……。


 シャルの家に残されたルトは父と向かい合ってテーブルにつき、二人がどんな活躍をしているのかを想像しながら脚をぶらつかせていた。

「シャルとルーズってどっちが強いのかなぁ~、やっぱりシャルかな~」

「二人とも防衛戦には欠かさず参加してるからね、まだ子供だけどオルタナでは一番の戦力と言ってもいいと思うよ。そうだな……どっちかというとシャルかな。いつも何かしら武器を握って遊んでいるからね」

「あ~あ、ボクも戦いたかったなぁ~。そうだ、お父さんわかるかな、ルーズは何で戦ってるの? 一回聞いたんだけど、普通って言われちゃったからさ。やっぱり自分の家族のためとかそういうのかな?」

「あの娘は人の為に、特に直接的に何かをするのに昔から積極的だったからね。ルトの周りにも一人くらいはいただろう? 誰かの支えになる事に至上の幸福を覚える人が」

「……わかんない」

 会話が一段落して沈黙が戻って来た頃、扉を蹴るような音が聞こえた。

「「――ッ!」」

 一気に空気が張り詰めたものに変わり、さしものルトも表情が引き締まる。役目を果たさんと不釣り合いに高い椅子から飛び降りた。

「えっと、落ち着いて……ボクが何とかしなきゃね」

 押し入られたら力で負ける……開けた瞬間で決めるしかない。

「せ……せぇの!」

 そう決めたルトは片足に力を込めながら恐る恐る扉に近づくが、こういう時に限って体が硬直するもので、玄関の段差を踏み外してすっ転び、扉にがこんと頭をぶつけてしまう。

「つっ! あ、や、ヤバヤバ、どうしよどうしよ」

「何やってんだよお前……透かして見えるようだぞ」

「え? シャル?」


「ルーズ! ねぇこれ大丈夫なの!? 助かる!?」

「これは……手酷くやられたな……クソッ」

 二人とも負傷したルーズを見るや、明らかに平静さを欠いていた。

「話は後だ。親父、どうにかなるか!?」

「くっ……難しいな。臓器を貫かれていたらお手上げだぞ」

 施しうる全ての処置はしたが、家庭用の救急箱の中身ではとても出血に追いつかない。ルーズの顔から生気がこぼれ落ちていくのが見てとれる。

「駄目だ、血を止めるだけでも専門の施設でもなければ……」

「そんなもん、オルタナにねえよ!」

 手詰まりになって押し問答をする二人の耳はしかし、背後からした消え入りそうな呻きを聞き逃さなかった。

「――く……ゥ……」

「! 気が付いたか!」

「そのまま意識を保つんだ! 今追加の包帯を貰ってくるから」

 フェイが近所の家々に助けを求めに走り、二人はベッドのルーズに駆け寄る。

「ルーズ、痛い? 負けちゃヤだよ、ボク、ルーズといると、のどの奥が熱くなるんだ。ボクが帰れるまで、一緒にいてよ……!」

「ごめんね、ルト。多分……もう間に合わないよ……。目まいが酷くて、ろくにみんなが……分からないの」

 ルーズが諦めかけているのを聞いたシャルは彼女に覆い被さるようにして叫ぶ。

「駄目なんかじゃないよ! 僕を置いてかないでよ、あきらめないでよ、ねぇってば!」

「シャル? いつもと話し方が……」

 その様子にルトは一瞬、驚きを見せる。彼の口調からどんどんよそよそしい凄みが剥がれ落ちて、小さい頃の大人しい少年の顔が見え隠れする。シャルは本心にそのまま従って、彼女の腕に泣きついていた。

「分かって……もう、痛みもないの。……残念だなぁ、シャルの、ことちょっと……いいと、思ってたのに……」

「そんな事言っちゃだめだよ! 死なないでよ、お願い……だから……!」

 彼の呼びかけも空しく、再び意識を失った幼馴染みは、次の瞬間には鼓動を止めていた……。

「~~~~! シャル、なんで、どうしてこんな事になっちゃったの!?」

 黙って涙を堪らえる事ができそうになくなったルトは、今度はシャルの胸にすがりつく。いくら強い者でも、時にはこんなにあっさりと命を落とす。それは二人もルーズも分かっていたのに、いざその不幸が降りかかってみれば納得するのは不可能に近かった。

「わからない、急だったから……。俺らは背中合わせで戦ってたんだけど」

「……ねぇシャル、ルーズの得物は?」

「ああ、折れちまってたから置いてきて……あ」

「じゃあこうなったのは、シャルの背中を守って……?」

 ――自分の、盾になってくれた……?

 それを聞いてシャルは横殴りの突風を食らったような感覚に襲われた。直接でないとはいえ、自分自身が幼馴染みの死の原因となったと思うと……。


「くっ、もう少し押し返せれば……」

「誰か何とかしろ! 私は今の暮らしを手放したくない!」

「ならアンタがやればいいだろ! 俺が怪我したらどうすんだ!」

 低次元な言い合いを始めるオルタナ側に対して、雄叫びのほかには終始無言を貫いている賊軍がより一層士気を高め町へと散らばっていく。

 一部の者はそれを見て町を捨てて逃げ出し、なけなしの戦意が目に見えて消えていく。諦めが伝播していく中、不意に市街地の方で家の屋根が砕け、屋根板が崩れ落ちた。

「あれは……なんだ、あいつかよ。ハァ……」

「俺は今までこんな奴らの為に先陣切って……! 畜生、あんたらなんか護りたくも何ともねぇよ! みんなまとめて潰れちゃえーー!!」

 瓦礫に乗って落ちてきたシャルの体は、一見しては彼と見分けが付かない程に赤黒く染まっていた。敵味方の区別もせずに密集地に落下させられた屋根の瓦礫は、悲鳴を上げる間も無く数十人を叩き潰す。

「うりゃあああ! 食らえぇぇ! 死ねぇぇぇぇ!……えへへ」

 先ほどとは違い、もはや防衛などどうでもいいとばかりに滅茶苦茶に戦場を駆け回りながら見境なく長剣を振り回し続ける。斬り裂いた中には顔見知りも多く混じっていたが、シャルはむしろ彼らの肥え太り弱った体を両断していく事に言いようもない快感を感じていた。

(ふふ、ここにいるのは自分の為に略奪をする馬鹿と、自分が楽に生きてく事しか考えない屑だけ! 考えてみれば誰殺したって困らないよね! 決まり決まり!)

 なんの迷いもなく近寄る者を斬り捨てていくシャルを前にして、その場にいる誰もがただ恐れ慄き、逃げ惑うしか出来なかった――。


 その頃ルトとフェイは、ルーズの手を取ったまま、どうすればいいのかわからずにいた。

「……ルーズ、死んじゃったね」

「……そうだね」

 徐々に冷えていく手は、こちらの生気をも奪い去っていく。

「……しょうがないよね」

「……そうだね」

 フェイにとってはもう一人の子のような、ルトにとっては母に近い存在だった。

「……生きものが死ぬって、よくあるもんね」

「……だが……」

 信じたくない事だったが、今ここにある感覚が、現実を突きつける。

「……でも、涙、止まんないね」

「……」

 どのくらいそうしていたか。そしてルトの中でも、何かがプツンと切れた。

「しょうがなくなんかないよ! ボク見てたよ、ルーズにはシャルしか本当の友達いない! うわべだけの付き合いはいっぱいいるけど、いじめられてるシャルを助けて、それでみんな離れてっちゃう! 大人の人も、二人が戦わなかったらどうなるか分かってるのに、それが当たり前みたいに! 二人ともかわいそすぎるよ、こんなの!」

 ルトはシャルの後を追おうとキッチンの包丁だけ持って玄関の扉を蹴り破るが、フェイはそれを許しはしなかった。

「手、放してよ!」

「ルト、お前も同じ事になったら、シャルは? この倍の悲しみを押し付けるのか?」

「ボクは強いよ! ルーズにだって、多分……負けないよ……!」

「そうだとしても、その短い刃一本で何が出来る。感傷に流されるな!」

 初めて、ルトはフェイに怒鳴られた。玄関口に座り込んだまま、何も出来ない、何もしてはならない境遇を恨むしかなかった。

「だってだって……だってさ、身近な人が死んじゃうの、こんなに辛いと、思って、なかったんだもん……」


 しばらくして、家の前にシャルが現れた。

「うわぁ! どうしたのそれ!?」

「……ただの返り血だよ。お前もこの前こんなになっただろ」

 自分が羊キメラの血溜まりにダイブした時よりも数段酷い。

 シャルの体は髪まで血が滴り、ところどころに脂を吹き出す肉片がこびり付いていた。大半の人は吐き気を催しそうな姿。泣きじゃくっていたルトも一発でそちらに意識を持って行かれた。一体何人が腹いせに消えたのだろうか。

「親父、俺……僕」

「生きて戻ってさえくれたんだ、どんな姿でもいい。お前はこういう時、自分が死ぬか敵が全滅するまでやめようとしないから」

「やりすぎて腕が動かなくなってさ……でも、もう大丈夫だよ。あの場に立ってる人間はみんな……殺したから」


 その晩、シャルは胸に風穴が空いたような気持ちで、まだ血と脂の匂いが取れない自分の右手を呆然と眺めていた。

(僕、こんなに怒ってたんだな。どれくらい……殺したんだろう。でも、皆すぐ戻ってくるんだよね。さっき僕が殺す……少しだけ前の記憶を持った皆が)

 寝付けない。何も考えられない。震えながら自分に抱きついて毛布をかぶっていたルトを寝かしつけてから、窓の外を見る。

(次に出会う皆は……いつも通りか。じゃあ僕は結局、ただ皆の街を守った事に? あんな屑たちを……自分の大切なものだけは失って?)

 家族が死んだ、知り合いが戻ってこないと奔走する街の人々を睨みつけ、骨が軋むほど強く歯ぎしりをして壁に拳を打ち付ける。

「気に入らない――気に入らない!!」

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