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ルト…強い!

 青年はすぐに風穴の空いた畜舎の前へと戻って来た。

「あれを見りゃ分かるだろ!?」

「ああ、恐れていた事が起きてしまったか……」

 傍らには父と思しき、初老のどっしりした男を連れて来ている。彼は羊を担当していたのか、鐘付きの長大な杖を携えていた。

「あの、あそこに何かあるんですか!?」

 状況が飲み込めないルーズが二人に早口で問いかける。

「お客さん、逃げた方がいい。あの部屋に隔離されているのは、本能のままあらゆる生物を攻撃する怪物……! 妻も奴を御し切れなかった。あれが産まれた時から、こうなることは分かっていたが、こんなに早く……」

「それって――あそこにいるのは……!」

「や~~~~!!! ど~すんのさコイツ~~~~!!!」

 トラブルメーカーが飛び出して来るのと一拍置いて、先程とは比べ物にならない轟音と共に壁がより大きく崩れ落ち、象くらいはあるかという巨大な羊が姿を現した。

「キメラ! あんなに大きなものが町の中にいたなんて……!」

 その頭には羊に似つかわしくない、鋭利な双角がたたえられていて、背からは燕の様に流麗な、しかし剛健な黒翼が広がっていた。

 すぐそばに突然見上げるような巨獣が現れたのだ、不運な馬たちは脱兎の如く逃げ出した。だが、一頭の子馬は少し走り出すのが遅れてしまった。あれがルトの乗っていた馬の子だとすれば、親を見失って混乱していたのだろう。

 それをキメラは見逃さなかった。動きこそ鈍重だが、一歩の価値が違いすぎた。今にも追い付かれるかと思われたその時、ルトを見守っていた二人の飼育員が怒号を挙げ立ち塞がった。はっきりとは聞き取れなかったが、よほど家畜に強い思い入れがあるのか、はたまたルトを馬に乗せてしまった責任を感じているのか。

 二人が巨獣を受けとめたおかげで仔馬は逃げ仰せたが、すぐにその双角が彼らの喉笛を貫いてしまった。本来なら草を食むその歯に、人がすり潰されていく。

「奴の角は自在に長さを変える。今までどんな獣を抑えに掛からせても勝てなかったんだ」

 あれには骨も臓も意に介さないらしく、まるで焼き菓子でも齧るように、死体が徐々に小さくなっていく。

「親父。何か手は?」

「鎮静剤の類なら持っている。問題は何に混ぜて誰がどうやって食わせるかだが……」

 父親は懐から注射器のような物を取り出し、悲痛な面持ちをしている。こんな物をあれに飲ませる手段など、問題だらけだ。

「何言ってるの!」

 ルーズはいつの間にか男性に掴み掛かっていた。相手は危険なキメラ。そもそも落ち着かせるだけで済ませようとしているのが解せなかった。

「問題を先送りにしたって駄目! キメラは極力殺す! それが当たり前でしょ!? 確かにあいつに勝てるかは分かんない。でもこのまま生かしておいたら、次に暴れ出した時どれほどの人が死ぬか! 大体何でキメラなんか匿ってたの!? 奥さんだってそれで死んだんでしょ!? すぐ人を呼んで殺してしまえばよかったじゃない!」

「皆そうしたかった。だがあいつだって産まれて数分は普通の羊だったんだ。こいつらを見てたら、何とか共存できないかと考えだしてしまって……」

 牧場主の連れていた羊は大方どこかに逃げてしまっていたが、二頭だけが残って、何を言うでもなくキメラの方を見つめていた。

 気持ちは分かる。ルーズはそれ以上責め立てる程非情ではない。だが……事は一刻を争う。

「もういい。私がやる。それ使わせて」

 彼は大人しく杖を差し出した。長年使ってきた事を示す様に持ち手が擦り減っている。ルーズはそれを見て一瞬躊躇したが、それでも次の瞬間にはごめんなさい、と呟いて杖の先をへし折った。木目に沿って真っ二つに割る。牧場主はそれには目もくれずにキメラを見つめている。

「なぜこうなってしまったのか……」

「ルト! 手伝って!」

 ルーズは割った杖の片方をルトに投げ渡す。彼女は自分たちとキメラのちょうど中間辺りにどうしようか迷うように座りこんで、流れた血が啜られるのを見つめていた。

(あの子、怖くないの……?)

「! よ~し、いっくよぉ~!」

 上手くキャッチし、ルトもルーズと同じく前方に走り出す。

「ちょっと! 真面目にいかないとどうなっても知らないよ!!」

 ルトは杖をバトンのように弄んだり、前傾姿勢で後ろ手に目一杯伸ばした両腕で杖を掴んで走ったりしている。余裕を見つけてはおかしな動きをしたくなる性質なのか。

「とにかく、あいつをどうするかね……ルト! 絶対正面に出ないようにね! あんなのに捕まったら助けてはあげられないから」

「やっつけちゃお~う!」

 ルトはより一層スピードを上げて左から回り込んでいった。ルーズもじき間合いに入る。

 手持ちの杖は割ったことで先が鋭利になっているものの、せいぜい三、四度も突けば肉を貫けなくなるだろう。

(前は危険。こんなんじゃ毛を剥がせないから……えぇ、脚しかない?)

 こちらを狙って突き出された角を右に倒れ込むように避け、踏ん張っている前足を正確に狙って腕を突き出した。しかし切っ先は空を斬る。槍の心得ならあるのでうっかり外すとも思えなかったが……飛び退いてみると状況が掴めた。

(なんというか……ほんとにとことん常識を無視するんだから、この子は)

 キメラが悲鳴をあげ、大きくのけ反っている。何故かというとルトが翼にしがみ付いて思い切り身をよじり、根元から捻じ切ってしまったから。キメラは相当な激痛だろう、二人の事を忘れて滅茶苦茶に暴れ出した。苦戦を予想していたルーズは呆気にとられてしまって、味をしめたルトは毛を伝っていき、もう片方の翼もすぐにもぎ取ってしまった。

「あなたねぇ、普通は土壇場でそんな事思いつかないって。確かに言われてみれば一番手っ取り早いけど……」

「へっへへ~」

 流石に激昂したキメラが大きく咆哮を上げて後ろ脚を振り上げた。ルトはたまらず耳を塞いだが為に前方へ放り出される。踏み潰さないと気が済まないのか、後ろ脚が地面を掻きだした。突撃の前兆だ。

「む。私の事忘れてなぁい!?」

 ルーズは一歩身を引くと、隙だらけの前足を深々と貫いた。全体重の乗った理想の槍撃に足を奪われたキメラはもうルトを殺せば何でもいいとばかりに、再度角を伸ばした。怒りは力か、瞬く間に遙か彼方のルトの眼前までそれは到達する。

「ルト! 危ない!!」

 立ち上がったルトはその双角が迫るのを見て――間一髪で跳躍してかわした。そればかりではない、返っていこうとする角の先をしっかと掴んで頭からキメラに突っ込む形でこっちに戻って来る。

「ひゃー、やってみたかったんだこういうの!」

「あーあ、私が戦うはずだったんだけど、おっかしいなぁ」

 ああしてしまえば、あとは角が勝手に顔の前まで運んでくれるという寸法か。

 彼女は槍を構えたまま眼前まで迫ると、勢いを活かしてキメラの眉間に押し込む! その威力たるや、一メートル程の槍が半分以上キメラの頭蓋に沈みこむ程であった。

 しかも、それだけでは終わらない。ルトは刺した槍を足場にして容赦なく大ジャンプする。間違いなく即死だろう、その反動で槍の穂先が脳髄を突き破り後頭部から顔を出した。

「ルーズ! トドメ! もう一本!」

「あなた戦いの天才なんじゃないの? はい。どれだけ身軽なのよ……」

 常識破りまくりのルトについていけず、先の潰れかけた槍を力なく放り投げるルーズ。ルトは前方宙返りを二回決め、先端の鐘を渾身の力で叩きつける! 鐘はボロボロになったキメラの額を捉え、カラァン――と命の終わりを告げた。

 こうして、本来小さな軍隊を組んでようやく討伐される大型のキメラは、ルトの手によって容易く、まさに完膚無きまでに叩き潰された。

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