楽しい時
リアハイルとは違い、メイレンはオルタナ程ではないにしろ相当な規模の町だ。家は全て石造りで、数え上げるには小一時間要しそうな数が隙間なく立ち並んでいる。市場には沢山の人と牛車が行き交い、そこかしこから肉や果物の焼ける匂いが漂ってくる。
「わあ~ねえねえ、ここはどんなとこ? おっきな町だね~」
「メイレンは北と南に拡げた畑に果樹園、牧場でクロク平野全体の食糧のうち七割以上を生産してる商業の村だね。あなたにとっては一番楽しい所かも」
それを聞いた途端、ルトはまるで金山でも見つけたように目を丸くした。実際、彼女にとっては宝の山だろう。
「ね、ねえシャル、お願いがあるんだけどど」
ルトは待てをくらった子犬みたいに舌を出しながら彼の腕を取って、ぶんぶんと揺さぶってくる。
「わかったわかった。二、三日は滞在して好きなモン食わしてやるよ」
「やったぁ! お兄ちゃん大好き~!」
もしルトに尻尾が生えていたなら、ウェストバッグを弾き飛ばす勢いで揺れていたに違いない。田舎上がりの娘っ子よろしく、どれを食べようかとそこらじゅうきょろきょろと物色し始める。
「ルート。調子乗って食べ過ぎちゃ駄目だよ? せっかくのスレンダーが台無しになっちゃう――まああなたは少しお腹を肥やした方がいいかもしれないけど」
ルーズは昔ここでひどい目にあったので、彼女が機嫌よく飛び跳ねるのに合わせてシャツから覗く可哀想なくらいへこんだ腹部を少し羨望の入った目で眺めている。シャルはその事には触れないようにして、自分の好きなアップルパイやらモンブランやらに充てる分を財布の中からより分けていく。彼にとっても久しぶりの楽しい羽やすめだ。ここで少しくらい散財するのも悪くない。
翌日。
シャル達はメイレンの東端の簡単な宿を出て、巨大な十字路の形をした大通りを中心に向かって目下食べ歩いている。市場は昨日と今日ですっかり品揃えが一新されており、散々お金を使った次の日でも飽きを感じさせなかった。活気のある証である。
「ふ~もう幸せ~」
焼き鳥の串をひょいひょい髪の毛に差し込みつつ、ルトは胸をさする。桃の蜂蜜漬け、苺のタルト、リンゴ飴、フレンチトースト、クレープにソフトクリームにもちろん綿あめ。この小さな体のどこにそんなに入るのか、ルトは遠慮なしに屋台料理に舌鼓を打っていた。
「お前さぁ、俺の財布の事考えてる?」
好きなものを、とは言ったものの、四方八方町のどこを見ても食べ物を売る店が何重にも広がっている中で、食べたくなった物を片っ端から(ほぼ甘系統なので高い)ねだられてはこんな甲斐性の無さそうな台詞が出ても仕方ないだろう。
「はあ……こりゃ帰ったら雑貨屋のアルバイトに通い詰めるようかな」
「あっそうだ、シャル時々お店番に行くよね。ボクもやってみたい!」
「だめだめ、お前には任せられないって!」
子供でもできる外壁番と違って、ちゃんとした働き方をするには色々面倒な責任が出てくる。ルトならちょっと目を離した隙に何かつまみ食いもするだろうし、それでなくても知り合いに大幅値下げしたりも考えられる。申し出はありがたかったが、少ししょんぼりさせてしまったか。幸いいつもやる気には溢れているから、街に戻ったらそろそろルトにも稼ぎどころを用意してやるべきだろうか。
そんな事を思った矢先……。
「あっ、見て見て。ルトが好きそうな所があるよ?」
「なになにどこどこ?」
「賭博場だね。ほらそこ。久しぶりだな~」
ルーズが人混みの先に指さしたのは、硬貨の鳴る音が少しうるさいゲーム場。
「賭博? ダメだよ! ボク知ってるよ。賭けはみをほろぼす、って!」
「そうなの? ルトの時代では行き過ぎる人が多いのかしら?」
誰かから聞いたのかカタコトの正論を主張するルトだが、二人は心配ないと笑う。別に腐臭の漂うようなギスギスした所ではなく、この町では本当にちょっとした遊び場だった。
「はは、少なくとも俺達の知ってる限りギャンブルは十を越えた位の子供がやってる、単なるゲームさ。生活に困るようなことは滅多にないし賭けでもしなきゃ買えないような物なんて、そうだな家くらいか。だからちょっと遊びに行って、運が良けりゃ小遣いが少し増えるくらい。昔から二人でたまに来てるんだ」
心配ないと分かると面白そうな事にルトが反応しない訳はなく……。
「あっ、これ面白そう! やり方教えてシャル~」
「何で最も本格的なもんに目を向けるかな!?」
四人で卓を囲んで役を揃えて……の、早い話が麻雀だった。ルールと役だけ書いたメモを渡してやる。少し年上に見える相手側の三人は快く迎えてくれて、ルトはそこに混じった含み笑いには気を留めなかったようだ。
(さーて、じゃ俺はどうすっかな……)
食い入るようにメモを見てのめり込んでいくルトからやがて目を外して、少々酸素の薄いホールの壁に寄りかかる。
その時突然、耳鳴りのようなものが襲ってきた。
「う……何か頭痛ぇ……!」
「空気にあてられたんじゃないの? どこか適当に座ってなよ」
そうする、とルーズに荷物を預けて、邪魔にならないような隅の方で腰を落ち着ける事にした。
(ん……うわ、結構ぼーっとしてたみたいだ……)
様子はどうなったかな、とルトの所に戻ってみる。ルーズがついてればほどほどで止めてくれてるだろうとは思ったが、ちょっとその光景にはショックを受けた。
「やた~また大三元~!」
恐ろしいまでの飲み込みの速さと運の良さでルトが大勝ちしていて、席に大量の小銭が積み上がっていた。目立ち過ぎてルーズもどうするべきか迷っているが、相手の子達がみな一様に屈辱に燃えテーブルを殴りつける。
「くっそ、もう一回! 初心者に負けたままでいられるか!」
どうもしばらくは帰して貰えそうにない。シャルは何だか体が重いのを感じていてそろそろ宿に戻りたかったが、結局日暮れまで長引いてルトに奢ったぶんのお金はその日のうちに返ってきてしまったのである。
ルトは宿に帰り着いた途端に入浴だけしてベッドに入ってしまった。ずいぶん満足げな寝顔に胸がすっとしたものである。
「もう寝ついた?」
「ああ、疲れが出たんだろ。俺らも早いとこ休むか」
「ねえ、さっきのルトがハマってたゲーム、覚えてる?」
「昔、お前がよくやってたやつだろ? でもやたらと負けてると思ったら、イカサマにやられてたんだったな。あれで合計いくら損したんだろうな?」
痛い過去を突かれたルーズが珍しく顔を赤くして少し声を荒げる。彼女はルトとは逆に、あの手の遊びはてんでダメだった。
「な、悪い事ばっかり覚えてるわね、もっとこう、あんたもよくやってたんだから、懐かしいとか何とか……」
「何か怪しいからって一晩中トリックを考えて暴かされたのは俺だぞ? 覚えもする」
昔を懐かしんで、二人は夜遅くまで談笑していた。ルトが来てからというもの二人にとって楽しげな時間が増えた気がする。結果的にだが、彼女は色々ときっかけを与えてくれる存在になっている。もしこの出会いがなかったら肩身の狭いオルタナでひたすら自我を押し殺しつつ、いまだに淡々と日々を消化していたであろうシャルは、三人でのんびりと歩くこの旅行がずっと続けばいいのにと思いながら段々と重くなる体を横たえたのであった。




