ハウルの昔語り
リアハイルの村は二十と少し、簡素な造りの家を二又に分かれた川に寄せ集めて、隙間に畑を敷き詰めただけのいかにもな田舎村で、土の匂いが心地いい。
「ヘー、こんな感じに……」
「さてどうする? 何の為に来たかって決めてなかったよな?」
確かに大きな目的があった訳でもない。ルトはシャルのもといた場所に興味があったのと、色々な場所を見てみたかっただけだった。
「えっとえっと、そうだ! どんな風に暮らしてたの? 昔の友達とかいないの?」
道端にしゃがみこみ掌で土を撫で回しながら、ルトはシャルの顔と村の景色を交互に見やる。
「家はもうねえだろうけど、確かあの辺で親父と母さんと一緒に……」
「あれ、おい! お前もしかしてシャルじゃねえか?」
村の中央、シャルが指さした辺りから彼に似た背格好の男が走って来た。
「そうだが……ええと、誰だっけ?」
「おいおい、そりゃ七年ぶりだけどよ。ほら、ハウルだよ!」
「ハウル! 村長の息子の!」
「そ。懐かしいな、何で会いに来なかったんだ?」
「いや、母さんの墓参りに年に一度は来てたけど……お前の方がいなかったんだよ」
「年に一回ってことは、命日か。実は俺の親父が次の年同じ頃にトゥルース近郊で野党にやられてな、俺もいつもそっちに。そうか入れ違いか~」
「シャル、早速友達見つかったね」
「ん? この娘らは?」
「えっとな、むこうで休んでんのがルーズ。行ってすぐの頃からの親友みたいなもんだ――でコレはその、なんて言うかな……ついこの間、妹になったルトだ」
「ん~? 話が見えねえんだが」
ハウルが理解に苦しんでいる隙に、ルーズが駆け寄ってきた。
「ね、積もる話もあるだろうし、私は適当に見て回ってるから終わったら声かけて」
「そうだな。ルトはともかく、除け者になっちまうだろうし、そうしてくれると助かる」
三人になったところで、怪訝そうにしているハウルに説明してやる。
「まあ普通の反応だろうな……別の時代から来たらしいが、なぜか一文無しでさ。知り合いもいないし帰る訳にもいかないらしいんで、住まわせてやってる」
「ハハ、お前それは妹にしたっていうのか? 単なる居候だよな」
「俺だって嫌だけど、こいつが勝手に……」
「お兄ちゃ~ん、まだ~? お腹すいたよ~」
「とか言い始めたもんだから、なし崩し的にな」
立ち話が長くなりそうなのにうんざりしたのか、ルトは抗議するように寄りかかってくる。
「……お兄ちゃん、か。懐かしい光景だな。あ~ルトちゃん、お腹すいてるのか~。ウチで何か食ってくか~?」
その様子にハウルは一瞬目を細めてから、綺麗な歯を見せてルトに笑いかける。見ていて気持ちのいい、屈託のない笑顔だ。
まあ、そう言われてルトが魅了されるのは分かり切っていたので大人しく付いて行った。リアハイルの中心には昔と変わらぬままの一際立派な村長宅が残っている。シャルも昔に戻ったような胸のすく心地を感じた。
「それにしても、だ」
出された軽食を一心不乱についばむルトを尻目に、客室でちゃぶ台を囲む。
「時間移動……か。オルタナの住民の生活は見た事無いけど、そんな便利な事軽々しく出来ちまうなら、そこの奴らだってロクな生活してないだろ?」
「ああ、オルタナはダメだ。人が腐ってる。ワガママを通して私腹を肥やすのが生き甲斐みたいになって。あいつらから時球とったら三日後には九割方骨になってるな」
「うん、ここに住んでてよかったわ俺。でもあれだ、お前はそういうズルイ抜け道とか嫌いだったよな。それに頼ってる奴とは喧嘩になったりとか、最初の頃はよくしただろ?」
「ああ、そうだな。全然うまくいかないよ……」
静かに目を閉じれば、オルタナで味わった嫌な思い出の断片が今でも心に残響しているのが聞こえてくる……。
そりゃあ俺だって諦めずに何度も歩み寄ったけどさ。
「みんなああ言ってるよ?」
「結果を出したいなら努力しなくちゃ」
「シャルの将来見たぜー」
「あなたはそう思ってるかもしれないけど……」
「何でお前そんなに協調性ないの?」
「好きな人いる?」
「俺達には友情あると思ってたのによ~」
「痛いな、ちょっとは手加減しろよ」
「レディファーストは? あの娘には甘いくせに」
「世界はお前中心じゃないんだよ!」
「ならシャルやってよ」
「毎回戦ってるんだもん、実はこいつ俺達の事好きで仕方ないんだゼ」
「ほら言い返せないじゃん」
「自分から踏み出さなきゃ、何も変わらないよ」
常識。当たり前の事。そういうの、言っちまえばこっちはどう答えようが救いようのない人間に写るわな……。言われた時点で、そんな事を言われるような人間と扱われるんだから。
「もう、あんまりひどい奴らとはそもそも関わらない事にしちまったな」
「おいおい、逃げの一手はよくないぞ? 何があったかは知らんが……そんなに嫌だったのか」
すぐにルトがテーブルの上を綺麗にしてしまい、思い出したように二人の座布団の間に割って入るようにして座った。
「ねえねえ、ここにいた頃のシャルの事話して!」
「そうだなあ……はは、十年前だから日常的な事しか覚えてないけどな。思い出に残るような事が起きる村じゃなかったし」
俺が六歳、シャルが五歳になったばかりの頃に初めて会ったんだっけな。
ま、物心つく前から顔は会わせただろうけどな。
そんなに前から一緒だったのかぁ……。
「はうる?」
「お隣の、ちょっと大きな家の子だよ。おまえより少しお兄さん」
フェイさんが親父と相談して紹介してくれたんだったか。
「いっしょにあそぼ、はうるにいちゃん!」
「いいよ! おれおもしろいとこいろいろしってんだ!」
もうそれからはハウルの金魚のフンみたいになって、毎日夜まで遊びまわったな。
そうそう、俺が兄貴分で、色々悪戯したよなー!
「くそっ、またあの二人か!」
「ちょっと腹が減ったら他人ん家の物を何から何まで盗みやがって!」
「ああっ、水車が回ってない! 挽き直しになっちまう!」
「やーいやーい!」
「待ちなさいシャル~! 何度言っても懲りないんだから!」
で、その後いつも家で怒られてたんだね。
そうなんだよ、特にシャルは母親に毎晩絞られてたのが聞こえて来てな!
ああ、でもまあ村の手伝いなんかも子供にしては熱心にやってたっけ……。
「今日もオレのかちだー!」
「くのー、見てろー! こんどこそー!」
水汲みや家畜の餌係なんかの単純作業が、二人でやるといつの間にか競争になってて、気付いたら家事手伝いにはまり込んでたんだよなー。
「またあの調子だよ、あの二人」
「凄く役に立つんだが、その分迷惑も掛けられてっからなぁ……」
大人にはよく苦笑されたぜ……。
そうそう……あとは……あ、あれ。
へ~。あれ、シャル?
悪い、昨日の火の番が効いて、目まいが……。
おお、寝かしてやりなよ、俺もう少し思い出したから。こいつが八歳になるすぐ前だったかな?ちょっと遠出して南東の岩肌まで遊びに行ったんだ……。
「おっ、シャル何抱えてんの?」
「イノシシの子だと思う。そこの草むらにたおれてたんだ」
「へ~、オレイノシシなんて初めて見るよ。まだ生きてるな」
「ボク、育ててみたい!」
いつも肉と言えば兎か鳥だったから俺は食ってみたかったけどな。
あ、あははは……。ボクも多分そっちだなぁ……。
結局そいつは腹が減って倒れてただけで、引きずって帰って芋とかやったらすんなり復活したな。
「なんだこいつー! ハラへって動けなくなってたなんてマヌケだなー!」
「こりゃ驚いたね……親とはぐれてしまったのかな」
「お父さん、こいつウチで育ててもいいかな」
「ああ、構わないよ。二人でちゃんと面倒見るんだよ。名前は考えたかい?」
でな、なんとそのメス猪にシャルが付けた名前が……!
名前が……?
「ルト!」
ちょっと、それボクの名前だって!
それからすぐになついて、第三の遊び相手になって毎日駆け回って……というよりルトに乗せてもらうのが楽しくてしょうがなかった。
う~、名前のせいでおかしな響きに……。
「行け~、ルト~!」
ルトの突撃は凄くてなー、自分の三倍はあるような熊なんかも蹴散らせたぜ。
「やったなルト! こいつの皮があればもうじき冬が来ても平気だね!」
「もともと大人になりかけだったんだな。この半年でやたらとでかくなって……これ以上いったら家に入れてもらえないぞ」
も、もうやめてよ~!
ああ、もう終わるんだなこれが。
え?
家に入れるのが難しくなってきて、外で夜を明かすようになってすぐ、でかい鳥にやられちまってな……。
「ああーー! ルトがー!」
ええーー!? ルトがー!?
「どした? こんな時間に……う~わ、こりゃひでぇ……」
朝シャルが見た時、ちょうど殺されたルトが十数匹の野鳥に食い荒らされてたとこでな、そりゃひどい有り様だったさ。
…………。
皆で弔った後、こいつは人が変わったように沈んじまったのをよく覚えてる。
「……な、おい……ちょっとは元気出せよぉ……もう一週間だぞ。……そうだ、俺ん家の後ろの川でさ、釣りでもやってさ……?」
「ゴメン……今はちょっと……」
「そっか……わかった。俺の事は気にしないで、早く立ち直れよ?」
その期間は正直寂しかったな……。
友達が二人ともいなくなっちゃったんだもんね……。
ちょっと飛ぶけど、一月くらいして、シャルも元に戻ってきたんだ。でもな、あれはタイミングがなぁ……。
なになに!? まだ何かあったの!?
……あのさルトちゃん、田舎の昔語りって、面白い?
え? うん、面白いよ?
そ、そう……まあいいけど。
「久しぶりに森にでも行くか、ハウル」
「ああ!」
そういえばあの辺りから今みたいな口調だったかな。
「うーわ、さみーさみー。もう冬も本調子出してきたな」
「ああ……こんな時、ルトがいたらな……」
「それはもう言うなって。あ~でもあの時獲り溜めた毛皮、持ってくりゃ……」
俺らが適当に兎狩りでもしようとした時、近所のおっさん達が血相変えて走ってきてな。
「ハァハァ、オーイ悪ガキどもー!!」
「リコリスが倒れた!」
「母さんが!?」
シャルの母親が本当に突然、体を壊しちまったんだ。
あ! この前ルーズが教えてくれた! お母さんが肺を痛めて。
ああ、死んじまった。それでますます塞ぎ込んじまって、見かねたフェイさんがどうにか都会に家を都合したんだ。気分を一新して欲しかったんだろうがどうやらいい結果にはならなかったみたいだな……。
へぇ~、ハウルお兄ちゃん、ああ言ったのにちゃんと覚えてるんだね。
話しだすと割と思い出すもんだな。それじゃルトちゃん、シャルが起きるまで適当にくつろいでてくれや。出てるモンは全部食っていいからさ。
わぁ、ありがと~!
ちょうどその頃、一通りリアハイルを回り終わったルーズが手持無沙汰になったところだった。
(思ったよりすんなり時間は潰せたわね。そろそろ向こうも終わるといいけど)
小さな村といっても定期的に少しずつ割り当てられる時球、何より閉じられた地形――このクロク平原の関係で六つの人里の協調性は良く、どの村にもそれなりのものは揃う。ただしオルタナから他への仲は酷く一方的なものだが。
そのため普通に作物を作って、それなりの家畜を持って、慎ましく生活していればまず不自由なく暮らせる。当面の生活が安定しているのならいくらかの娯楽も揃っているのが常というもので、退屈な時間は過ごさずに済んだ。
満足して何気なくフラフラと出歩いていると、家が特に集まった辺りの一角に何かを見つけた。




