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ふるさとに向かう

 オルタナを出た先に広がっていたのは、一面芝生の平野。オルタナを北辺中央に据えた南向きの半円状に並んだ人里一体は、高山に囲まれた盆地になっている。少なくともオルタナ周辺はずっとこのような景色で、所々に小規模な森林があるくらい。もう少し離れた所にはもっととんでもない地形もあるが。

「……なの。とことん簡単でしょ?」

「ほえ~。それをひたすら歩いていくだけ?」

「それがねぇ、その時々ある森にはちょっと問題が……まあその時になってみれば分かるよ。シャルがどうにかしてくれるみたいだし」

 ルーズはシャルの背負っている立派な長剣をチラリと見やった。彼女の槍はいつも街の借り物を使っていたから、彼に守ってもらう形になる。

「ま、それまでは特に何もないな。で? どこに行く?」

「はいは~い! ボクシャルの生まれ故郷に行きたい!」

「お、知ってんだな。ならまずリアハイルの村に行くか。オルタナからは南東にあるから、左手に向かって真っすぐ行けばいい」

「よーし! レッツゴー!」


 シャルは田舎にいた頃、毎日の糧を得るために常に走り回っているのが普通だった。畑と井戸の往復はもちろん、気を許した友と村中を駆け回って、時には羊も追いかけた。

 あの頃の解放感は忘れない。そんな自由すら感じる事の出来なくしてしまう、過剰な自由の下に生まれる当事者同士の緊縛に満ちたオルタナに対する嫌悪が、楽しかった故郷への歩を進める度にますます強まっていくのが感じとれた。

 成人し一人立ちしたならば、すぐさま腐りきったオルタナを変えるための抗議運動に身を尽くしたいとすら思っている。父に迷惑は掛けたくないので、それまでは我慢の時だ。

 それまでにルトはもとの時代に戻っているだろうか。半年もしない内に戻っていくかも知れないし、シャル自身もすぐに帰れるなら帰るべきだと思う。やはり自分の手元に置いておきたい欲求はあるが、彼女にとってはここは本当に住むべき時代ではないのだ。

 だが、ルトはここで何かを知った上で帰らなければならないという。それが見つけられなければあと四・五年どころか、もっと長くそばにいるかも知れない。

(その時はどうすっかな……こいつなら迷わず一緒にいるって言い出すだろうが、今回みたいに大人数の反感を買ううちに何かあれば親に顔向け出来ない……いやいや、強引に押し付けられたようなモンだ、どうなっても文句は言えないだろ。もう、そんな先の事考えるのはよそう)

 シャルは目の前で揺れる多すぎる髪から強引に目をそらした。


 空が赤くなるまで歩いてもリアハイルが見えないので、適当な時間にキャンプを張って夜を明かす事にした。

「ふう、つかれた~」

「そりゃずっとスキップしてりゃな! もう陽が沈むぞ、とんでも無い体力だな」

「ところでさ、えぇと、リ……リアル村の他にはどんな所があるの?」

「リアハイル。そうね、東にあるのから順にパリフェア、リアハイル、メイレン、トゥルース、ノクテーリンかな。広くはないけどのどかで、いい所……まあ典型的な田舎ね」

「行ってみればわかるさ、でも期待するほどのとこじゃないぞ? さ、小テントはあるから早いとこ杭を打っちまおう」

「ボクたきぎ集めて来るね~」

 ルトはシャル達がテントの用意を始めたのを見て足早に近場の小さな林に駆けて行ってしまった。彼女のこと、力仕事から逃げた訳ではないだろう。

「何かいたら呼ぶんだよ~!」

「わかってる~!」

「大丈夫かな、一人で? キメラにでも出くわしたら……」

「あいつなら逃げ切るだろ。それより燃える物を持って来るかの方が心配だ」

 こっちだって暗闇で野犬にでも囲まれたら怪我では済まない。ルトも責任重大だったが、枝を拾い集めるくらいわけないだろう。

「心配なら行ってきてもいいんだぞ?」

「えー、別に。枯れ枝を選びだすのは目が疲れちゃってちょっと。それにルトなら、何とでも友達になっちゃう気がするもの」


 ルトは家事を学んでいた頃とは別人のような手際できちんと薪を集めていた。ちゃんと煙の出るものは避けて、腰を曲げたまま林を疾走する。が、手にした袋一杯に枝を拾った頃、妙な物を見た。

(……うん? なんだろあれ、石が歩いてるよ?)

 所々陽の差した固い土の上に、大量の枝と共に点在している天然の枯山水の一つが、地面を滑るようにして小刻みに移動している。

 思わず近寄って、少し小突いてみた。石の動きは止まったが、ちょっと気になる。

(ひっくり返しちゃえ!)

 身の丈程もある大岩だったが、丸っこい形が手伝って、さほど苦労はしなかった。

「わっ! ダンゴムシ!? あ、ヤドカリかな……?」

 その裏面は白い石でも黒い土でもなく、透き通った腹膜に灰色の足が蠢く虫のそれだった。目立たぬだけで生物としての器官は確かにあるのだろう、思わず跳び退ったルトに体を起こして素早く向き直ると、しつこく体当たりを仕掛けて来る。

「イタッ、うわっち! もぉ~、ゴメンって~! この~……」

 上手く逃げるが、荷物があっては限界がある。不意に横っ跳びに転がって、太い倒木を抱え込んだ。

「それくらいにしなよぉ~! それっ!」

 振るというよりは体ごと回転して、真正面から思いっ切り叩きつけてやる。それでも応えた様子は無かったが、もう諦めたらしく拗ねたように元の位置に戻ったきりピクリともしなくなった。

「もうこない? それにしてもこんなの初めて見た……。森では小さい時から遊んでたのになぁ」


 持って来た携帯食と菓子を適当につついた後はシャルが火の番を買って出て、二人には早いうちに寝るように促した。

「変な気起こしちゃダメだからねっ、ミミルが悲しむよ」

「な、あいつが勝手に言い寄って来てるだけだっつの! 早く寝ろ!」

「…………?」

 ルトは言っている意味が分からないという風に首を傾げている。

「ル~ト~、こっちにおいで~。いい事教えてあげるからね~」

 さっさと毛布に横になって彼女を手招きするルーズ。

「あんまりいいかげんな事は吹き込むなよ」


 シャルも動かずにいると背中が痛く感じるようになった頃、テントの中からガサガサと耳障りな音が聞こえて来た。座りっぱなしで脚をほぐしたいのもあって、様子を見に行った。

「鼠の類でもいるのか? ……おい、開けるぞ」

 特に何かいた訳でもなく、ルトが何故かリュックを抱きかかえて眠っていてお菓子の袋が擦れる音だった。

 何の気なしにそれをどけてすぐ、変な事に気が付いた。

 今まで興味もなかったルトの寝顔を見ていると、不思議と微かに嬉しくなる。もちろん女としてどうこうではなく、もうだいぶ前からその顔を知っていたような気がする。何か理由があってこの顔を望んでいたはずだが、それが分からない。

(本当何なんだろうな、こいつ?)

 さっさと外に出てルトの拾った薪を、半ば投げつけるように火にくべていく。素人が集めたのとはとても思えないほどそれらはよく燃えていた。

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