ほとぼりが冷めるまで
「お父さ~ん! みてみて! もう全然大丈夫だよ!」
綿あめを食べ終わったルトが階下に飛び降りて、フェイの前で右に左に回転したり大げさに逆立ちしたりしてみせた。
「そうか……うん。ではルト、少し話をしようか。シャルとルーズも一緒に」
それを静かに見ていたフェイはおもむろに立ち上がって、三人に集まるように告げた。
「どうかしましたか? いきなり」
四人で卓を囲んで、ルーズが尋ねる。
「ルト。君は通りで囲まれた時、自分とシャルの悪評が広がるのを案じて攫われたのだと言っていたね」
彼の真剣な面持ちをそのまま写し取ったように、目に力をいれて頷くルト。
「それはよく我慢したと思う。褒めるべき事だ。しかしその結果、君の立場はこの街でかなり悪いものになってしまった」
ルトを除く三人の目が陰る。何が起こったか不明であるとはいえ、突如一つの建物が原因不明の火災を起こして、死者が出て――彼女一人だけがまったくの無傷だったのだ。今街ではルトは恐ろしい放火魔もしくは得体の知れぬ化け物であると囁かれている。
「ボクは悪い事してないよ! してない……と思うんだけど……」
「もちろんここにいる全員がそうだと思うし、君が覚えていないと言う期間に何かあったかもしれない。どちらにせよ傍から見れば一番恐ろしいのは君だった」
「そっか、そうだよね……」
ルトは下を向いて黙ってしまう。
「なんつう理不尽だよ……!」
シャルはテーブルに拳を打ち付けて虚空を睨みつける。ルーズもまた、ルトの背に手を置いて悔しそうな顔をしていた。
「そこでなんだけど」
フェイは口調を明るくして言った。ルトもテーブルに突っ伏しながら顔を上げる。
「家の事は私がなんとかするから、しばらくの間街を出てみないか? ここら一帯の平原には町村がオルタナを入れて六つある。君もこの街がお気に召さないだろうし、ちょっと遊びにいく感覚で時間を潰しておいで。人の噂は広まるのも早いが薄れるのも早い。いい気分転換になるはずさ」
「おぉ、いいな! 俺もついてくよ。俺が姿を見せてたら、やっぱり連想されるだろうしな。もう一緒にいないのかって」
「適当に理由つけちゃって、シャルこそ街を離れたいくせに」
「ルーズは行かないの? あ、でも二人がいなくなったら街の守りは大丈夫かな……」
ルトが心配そうに尋ねるとルーズは冗談めかしく笑う。
「もちろん行くわよー。ここの人達だって、たまには腰を上げて自分達で戦えばいいのよ」
そもそも襲撃自体が稀な事もあって(ルトが来てからはまだ一度もない)反対意見は出なかった。それからは三人であれこれと旅行計画を立てる、どこにでもある家族会議になっていった。
「馬車はいらないよな? 結構高いんだよあれ。俺も、たぶんお前も長時間じっと座ってられるタイプじゃないし」
「うん!」
「歩いていくんだったら道中危ないよ、大丈夫?」
「ああ。よほどの事がなければ俺がなんとかするって」
「よし、門は空けたぞ。しばらくは留守にするんだな?」
「そうだな、適当に日を空けるつもり。悪いなおやっさん」
翌日、外壁の南門をガディウスに開放してもらい、ルトの買ってきた食べ物と簡単なテントなどを持って三人は出発する。シャルはさっき調達したとでまかせを言って、お気に入りの剣を下げてきた。
「あんまり気にするんじゃねえぞ嬢ちゃん。怪我がなくてよかったとしか思ってない俺みたいなのだっているんだ、いつでも帰ってこいよ」
「は~い! いってきま~す!」
方々の移動はそう何日もかかるような旅でもない。三人はごく軽い気持ちでオルタナを後にした。




